表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

過去

 楠シズ家元が風邪で寝込んだという知らせが入ったのは、その日の昼休みだった。  放課後、僕たちがいつものように和室へ向かうと、そこには家元ではなく、一人の女性が凛と座っていた。


「あら、あなたが柊弦君ね。母から聞いていた通り、いい面構えだわ」


 楠冴子。舞の叔母であり、舞の母親の妹だ。彼女が顔を上げた瞬間、僕は思わず息を呑んだ。目元や柔らかい物腰が、あの日の記憶の中にいる「舞のお母さん」に酷いほど似ていたからだ。


「さ、冴子叔母さん……。今日は、おば、せ、先生の代わり?」


 舞が、珍しく弱々しい声を出す。彼女もまた、母親の面影を強く残す冴子を前にして、いつもの「ディスコ・モード」を起動させる余裕がないようだった。


「ええ。母が『舞が羽目を外しすぎないよう、きつく締めてきなさい』って。……でも、そんなに怯えなくていいわよ。今日は基本のお浚いをしましょう」


 稽古が始まった。冴子の指導は、家元のような威圧感はないものの、どこか『正解』を突きつけられるような鋭さがあった。舞はまたもや借りてきた猫のように大人しく、指先まで神経を尖らせてお茶を点てている。一通りのお稽古が終わり、たまたま用事のあった倉本と佐々木は先に部室を後にした。


「弦君、少し残ってくれる? 片付けを手伝ってほしいの」


 冴子さんに呼び止められ、僕は「はい」と短く答えた。舞も残ろうとしたが、冴子さんが


「あなたは先に帰って、お母さまに林檎でも剥いてあげなさい」と優しく、けれど拒絶を許さないトーンで促すと、舞はどこか不安げな視線を僕に残して、和室を去っていった。


 和室には、茶釜から上がる細い湯気と、西日のオレンジ色だけが残された。いつもなら大好きな静寂が、今は重い。僕は畳を拭いていると、冴子さんが口を開いた。


「……柊……弦君」

「はい?」

「あの日のこと、教えていただけませんか」


 拭く手が止まる。冴子さんが言いたい『あの日』がいつのことか、もちろん僕にはわかっている。

 僕は今日まで、冴子さんにこの話をしていなかったのだと、改めて実感した。

 僕が思案を巡らせ、次の言葉を探している最中、待ちきれなかったのか冴子さんが再度口を開いた。


「私の姉……舞の母親の最期を見たのは弦君ね」

「そう、ですね」

「姉の最期はどうだった?」


 冴子さんの声は、先ほどまでのお稽古の時の凛とした声とは全く違う、か細い声。僕は意を決してこの質問に答えた。


「舞のお母さんは、旦那さん、つまり舞のお父さんに刺し殺されました。そしてお父さんは自殺しました」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ