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悪夢の日々2(ラウロ視点)

 アンジェリーナとの婚約解消は、意外なほどにスムーズに終わった。


 元々親同士が決めた事だったから、本人たちの意思など関係はない。親同士の話し合いは知らぬ間に行われ、決定してから俺はその話を聞いた。


 親が言うには、今回の事が侯爵家で問題視され、アンジェリーナは侯爵家を出され祖父の籍に入ったのだそうだ。


 侯爵家に目を付けられた女性を、そのまま妻にすることはできない。


 今後の禍を恐れ、両親は解消を快くうけいれたそうだ。


 その話を聞き、俺は彼女に対し少し申し訳なく思った。彼女は何も関係ない。ただ、俺への愛の為に、行動してくれただけなのに。


 だが、詫びの連絡すらも許されず、とにかく今は療養を……と、ベッドに縫い付けられていた。


 しかし、ただ寝ていただけで、呪いが解けるわけはない。


「せめて自分の手で終わらせておけば、呪いも薄れたでしょうけど……。これで終わる事ができなくなったのには、同情しますよ」


 アンブールグラディウス次期侯爵の言葉が、耳に張り付いて取れない。


 自分で終わらせなかったから、呪いは終わらないのか。


 アンジェリーナは自分で終わらせたから、何もないのか。


 毎晩やってくる、影の中の何か。


 床に伸びる影から、今夜も顔が浮かびあがり、俺を見て笑う。満面の笑みで。


 お前もこちらに来いと……。


 影には手はあるが、足はない。俺は腕を失ったが、こいつは足を失ったのか。


 いつまで続くのか。終わりはあるのか。何故付きまとうのか。どうしたら…許してくれるのか。


 何度か、震える声で問いかけてみたこともある。だが、そいつは答えない。答えず、その度にただ歯を剥き出しにして笑うだけ。そして、笑うだけ笑うとまた影に潜っていくのだ。


 ただそれだけの話で、別に直接何かをしてくるわけではないから、いつかは慣れるのかと思ったこともある。けれど、そんな日は訪れる事はなく、耐えきれずに叫び出した事も一度や二度ではない。


 いつまで、こんな夜が続くのか……。


 そんなある日の事。その日は朝から腕が痛んだ。腕は酷く腫れ、色も青黒く変色している。不安に駆られながらもどうすることもできず、迎えた翌朝。起きると自分の右腕肘からの下がなかった。


 違和感から、急いで飛び起きて布団の中を見ると、自分の腕が転がっていた。まるで。人形の腕のように。


 現実味のない光景に、俺の思考は暫し停止した。再び動き出したのは、世話をするためにやってきた侍女が悲鳴を上げたから。


 侍女の悲鳴に家族もやってきて……。両親は言葉を失い、エリスは一言も発することなく、その場に倒れた。


 呪いは続いていたのだ。


 改めてそれを自覚した。


 その後は、何事もなく過ぎて行った。


 精神的には不安定ではあったが、新しい線などもできず、暫くは怪異すら現れなくなった。


 その事に安堵しつつ、やはり胸に巣くうモヤモヤは晴れない。


 これですべて終わったのか、呪いはまだ続くのか。答えがわからないから。


 気持ちが晴れなかった理由は、腕を失った事により、俺は完全に騎士の道を失ったこともある。隻腕では片手に盾、片手に剣を持つことができない。騎士の道は諦める他なかった。


 そんな俺に剣の代わりにと与えられたのは、膨大な量の本と資料。騎士になれない以上、生活の糧を他で得る必要がある。それに、領地の問題も。


 当初の予定では、俺は騎士となり、アンジェリーナと結婚して、領地の問題は彼女に任せるつもりだったし、両親もそのつもりでいた。彼女自身もそのつもりで勉強していたとあって、俺はその時まで領地経営について学んでいなかった。けれど、彼女との結婚はなくなった今、誰かがそれを学ばなければならない。


 次の婚約者なり、妻がいれば、その相手に任せる事もできたかもしれないが、騎士としての道が閉ざされ、尚且つアンブールグラディウス家に泥を塗った俺の元に嫁いでくれると言う人は少なかった。


 稀に婚約まで話が進む事もあったが、その相手にエリスが嫌がらせをするため、すぐに破談になってしまう。


 エリスは、俺が妻を迎える事で、自分の生活が崩れる事を恐れているようだ。


 婚約を潰して回る彼女に苛立ちを覚えつつ、改めてアンジェリーナがどれほど我慢してくれていたのかを痛感する。それほど、彼女は俺と結婚したかったのに、そんな彼女を裏切ってしまった。しかし、後悔しても現実は変わらない。


 だったらエリスを妻にして、彼女にしてもらったら……とも考えた。


 彼女だって今は違っても、元は貴族だ。他の家に養女として入れさせてもらえれば、貴族に戻れるし、俺との結婚もできる。


 そう思って一応両親に提案してみた。けれど、あれ以来、彼女自身が精神的に不安定な事と、実は彼女が従妹ではないということで、両親は首を縦に振ってくれなかった。


 従妹でないなら何なのだといえば、彼女は母の不貞の末の子供だという。つまり俺の異父妹。だから結婚はできない。また、母の実家はすでに没落していてなく、子供に罪はないからと温情で面倒を見ている父も、親戚の手前、彼女を自分の一族に加える事はできないのだそうだ。


 だからお前がやるしかない。


 そう言われてしまえば仕方ない。


 俺は渋々ながらも、領地経営や商売に関する勉強をしだした。


 実の妹と一線を越えていたという事実は、呪いの事と同じように重く心にのしかかっていたが、終わった事からは逃れようがない。気持ちを切り替えて前を向かなければ。


 そう思い、エリスと一緒の家には暮らしているが、それまでの関係からは一線を引き、むしろ悍ましい事実から逃れるように勉強に集中した。


 そして、父や母からのサポートを受けつつ、実務を取り仕切るようになる。


 最初は上手くやっていたと思う。それなりに成果も出ていた。 


 のだが。


 大きな商談など、何故か上手くいきそうになると、話がなくなる。毎回毎回そうだ。誰かが妨害しているというわけでもなく、上手くいき、ようやく肩から力を抜くことができる、と思う頃に自然に契約が立ち消えていく。


 まるで海岸で砂の城を築いているように。


 何度『徒労』という言葉を苦く噛み締めたか。


 続く失敗に、ある程度の貯えのあった家も、次第に余裕がなくなっていく。


 これも呪いなのか。


 やはりこの呪いからは、逃れられないのか。


 再び始まる悔恨の日々。そんな折、思い出したのはアンジェリーナの姿だった。


 あれから数年。


 一度は祖父の籍に戻された彼女だったが、先頃結婚したと聞いた。


 相手は、あの時彼女と一緒にいた美貌の次期侯爵。


 どうやら、問題行動が原因で祖父の籍に戻されたわけではなく、結婚するにあたって戸籍上の問題で籍に戻されていただけだったらしい。ということは、婚約解消を求めてきた段階で、次の結婚が決まっていたのだろう。


 そこに彼女の意思があったかどうかはわからない。


 俺の事をあれほど思ってくれていた彼女の事だ。もしかしたら、家の事情で泣く泣くあの男に嫁いだのかもしれない。


 それを申し訳ないと思いつつ、彼女の結婚式の話は聞かなくても俺の耳に入って来た。


 彼女の嫁ぎ先であるアンブールグラディウス家は、国内随一の商会を持つ家だ。結婚式は、王族も顔を出すような盛大なものだったらしい。


 一時期、街中がその話題ばかりで、エリスが悔しそうにしていたのを思い出す。


「何であんな地味な女が幸せになるのよ!あんな大金持ちの家に養女に入ったっていうだけで、ムカついたのに!あの家を出されたって聞いた時は、ざまあみろって思ったのに!」


 両親を失い、貴族という身分を失い、引き取られた家でも養女になれなかったエリスにとって、片親でも母親の再婚で裕福な家の娘になれた彼女は妬みの対象だったのだろう。


 その上、彼女の婚約者である俺を奪ったと有頂天になっていたら、彼女は顔も身分も財産も、将来性すら俺なんか比べ物にならないくらいの相手と結婚したのだ。それは悔しいだろう。


 エリスの気持ちもわからないではない。


 だが、俺は一度思い出したアンジェリーナに接触しようとした。


 とはいえ、不貞を望んでの事ではない。


 彼女の夫になった次期侯爵。彼のあの口ぶり


ならば、何か呪いについての事を知っているのでは?このたて続けに続く不幸の連鎖を断ち切る方法を教えてもらえるのでは?と考えたからだ。


 しかし、彼女に接触しようにも、婚約解消から数年。その間、俺と彼女の間に接点はなくなっていた。


 婚約していた時は、互いの家に関係がある家もあったはずなのだが、いつの間にかそれらの家とも縁が切れてしまっている。


 接点がなければ、直接会いに行くことができないばかりか、手紙を送る事もできない。相手は自分より身分の高い家で、しかも既婚者だ。強引に会おうとすれば、要らぬ問題事に発展するかもしれない。


 だとすれば、方法は一つ。夜会で偶然を装って声をかける。これしかない。これならば、エリスも邪魔はできないだろうし、俺が声をかければ、アンジェリーナだって話を聞いてくれて、夫君に渡りをつけてくれる。


 騎士見習いという立場だったのに、自身が怖いからと言う理由で婚約者を危険な目に合わせた男。さらにその婚約者を浮気で裏切った最低男。社交界での不名誉な俺の噂は知っていた。それに伴い、友人も失った。さらに、体の事もありあまり夜会にはでないようにしていたのだが、そうも言っていられない。


 彼女の夜会の予定は知らないけれど、新年最初の国王主催の夜会なら出席するだろう。


 ならばその時に。


 そう考えて出席した夜会。そこで俺は数年ぶりに彼女の姿を見る事になった。






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