表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/34

24 怪異その1の結末

「動くな」


 その一言で、次の攻撃のタイミングを計って、カサカサと動いていた怪異の動きがぴたりと止まる。


 何か特別な呪文があったわけではない。強いて言えば、彼女…いや、彼の言葉自体が呪なのかもしれない。


「まあいつもなら、このままコイツを粉砕すれば終わりなんだけどね」


 動きを止めた怪異に傲岸に言い捨て、彼はゆっくりと側に積まれた骨を見る。


 本体がアレということは、アレを無くしてしまえば消える、ということなのだろうか。


「とはいえ、『想い』が残るとまずいそうだし。困ったね」


 本当に困っているのだろうか?どちらかというと面白がっているような口調で、すっかりお兄様になったお姉さまが左手を差し出す。すると、そこに例のコインペンダントが現れた。


 その途端、先ほどまでピクリとも動かなかった怪異が、何とか自由を取り戻そうと身じろぐ。しかし、呪の力の方が強いのか、動きは小さい。


 怪異の様子を確認し、お兄さまは満足げに頷くと、誰かを呼ぶように虚空に呟く。


「水鏡」

「!」


 言葉と同時に現れたのは、畳一畳分程度の鏡……ではない。一体どういう仕組みなのか。四角く区切られ、地面から数十センチの所に浮かぶ鏡らしきもの。しかし、その中にゆらゆらと揺らめいているのは、どこからどう見ても水。澄んだ水面が四角く切り取られている。そんな不思議な物体。


 お兄さまは影に向けた印はそのままに、その水の中にぽい、とコインペンダントと骨の欠片の一つを放り込んだ。


 そして。


「過去だ。お前も久々に見るだろう?」


 穏やかで甘いとも言える声。荒野で悪魔に会った人は、きっとこんな声を聴いたのだろうと思わせるような。そんな声でお兄さまが怪異に囁き、空いた手で水鏡を指さす。


 水鏡は一度光り、それから何かを映し出す。


 それは穏やかな村の景色。どこかはわからない。けれど、何の変哲もない普通の村だ。


はしゃぎ、遊ぶ子供たち。忙しく、でも笑顔で働く大人たち。何頭かの家畜。教会らしき建物。目まぐるしく変わる景色。それが、ある瞬間に止まる。


 若い女性の姿だ。


 黒く長い髪、明るい茶色の瞳。顔立ちが綺麗というより、笑顔が可愛いタイプの人。


「!」


 彼女の胸に、例のコインペンダントを見つけ、息を飲む。


 コインペンダントは昔から珍しくないものだから、違うかもしれないけれど、もしやこの人が例のペンダントの持ち主だったのだろうか?


 映像は一瞬そこで止まり、また動き出す。


 男の人が何人かで揉めている。そして……。


 夜。大勢の男たち。馬。切られていく村人。そのほとんどが男性だ。


 その中に三人、若い男性が足を切られ、傷口を焼かれた後、次々に井戸に放り投げられた。


 女性や子供は別に集められ、教会に押し込められ……。


「はーい、そこまで」


 余りにも残酷で恐ろしい映像に固まってしまい、閉じる事も出来なかった目が誰かの手で塞がれる。


 それまで見ていた陰惨な光景とは真逆な、明るい声のこの人は。


「?サンドロさん?」

「せいかーい。一日ぶりだね、アンジェちゃん」


 語尾にハートマークでも付いていそうな軽い口調。間違いなくサンドロなんだろうけど、一体いつここに来たのか。


 素朴な疑問は、口に出さずともわかったようだ。私の目を手で塞ぎながら、彼は喉の奥で笑いを堪えるような声で教えてくれる。


「今だよ、今。今来たの。君のおねーさまに呼び出されてね。まったく、いつも急に呼び出すんだから」


 いや、今はお兄さまです、と突っ込む間もなく、やんなっちゃうよねー、と言いながらも彼の手は私の目元から外れない。


 映像は映像。音が無いので、彼やお兄さまが何を見ているのかはわからない。


 時折サンドロの「えっぐー」とか、「あー…そらそうなるわな」といった声が聞こえてきて興味を引かれるけれど、彼は内容を教えてはくれない。


 そんな状態が少し続いた後、ゆっくりとサンドロが手を離す。明るくなった視界の中、すでに水鏡はない。


「あ、あの…」

「ごめんねー。あれ以上は15禁だったからさー」

「私、16なんですけど」


 因みにもうすぐ17。


「………じゃあ18禁ってことで」


 ようは、それ程残虐なシーンだったという事か。


「でも、まあ。呼び出されたおかげで、アルベロコリーナの謎も解けたかな?」

「………」


 四百年以上も消えない呪い。消えない恨み。今とは違う昔の倫理観を合わせても、かなり残酷な事が行われたのだろう。私に見せられないくらい。


 相変わらず怪異はお兄さまの前に蹲っている。その怪異をそのままに、お兄さまは不機嫌な声でサンドロの名前を呼んだ。


「いつまで私のアンジェにくっついている。さっさと仕事を始めろ」


 声が完全に男のそれなんだけど。


「はいはーい。んじゃ、アンジェちゃん、ちょっくら行ってくるから」


 後ろ手に手をひらひらとさせて私から離れ、サンドロがお兄さまの近くへ移動し、両手を一度合わせる。


 パンっという軽い音が辺りの空気を振動させ、周囲の木の間を縫って集まってきた煙っぽい何かが、同時に昨夜と同じように、石の床の上に魔法陣を描いていく。


 相変わらずの不思議な光景。


 やがて、陣が完成すると、お兄さまはいつの間にか落ちていたコインペンダントを拾い、サンドロに投げる。


「できそうか?」

「前と違って媒体があるなら、ターゲットも特定できるし問題ないっしょ」


 短いやりとりの後、受け取ったコインペンダントを、サンドロが出来上がった魔法陣の中心に放る。


 くすんだコインペンダントが石の床に落ちると、その場にふわっと白い煙みたいなものが上がる。土の上に何かを放ると、土埃が舞い上がる。そんな感じで。ただ、投げたのがコインペンダントみたいな小さなものだった割に、煙は高く大きく広がり……。次第に人の形を形成していく。


 小柄な体、柔らかな体の線から、女性というのは判別できた。長い髪、古い時代の衣装。ただ、全体に魔法陣と同じ青白い色をしているから、髪の色はわからない。



 誰なのか。

 考えている内にも、煙は形を作り続け、やがて、鮮明な画像を作り出す。


 一人の女性。その顔を私は知っていた。というか、さっき見たばかりだ。


「やっぱり……。あの人のものだったんだ……」


 驚きから息を飲んだ私とは対照的に、お兄さまもサンドロも平然としている。まるで最初から答えがわかっていたみたいに。


「骨と一緒だな。何だか妙に形を保っていると思ったんだ」


 お兄さまが、陣の中央にあるコインペンダントを見ながら呟く。


「これだけ長い間『覚えている』んだから、まあ、そうなんだろうね」


 その声を引き継いで、サンドロは肩を竦めた。


 長い時間その姿を保っていられたのは、呪いに負けないくらいの強い想い。或いは願い。


 彼女は永い眠りから急に目覚めた人のように、暫くの間目を瞬かせながら辺りを見回し。やがて、その視線が怪異の前で止まった。


 怪異は怪異だ。人の形を成していても、その姿は異形。生前の面影があるかどうかもわからない。それなのに、彼女はその怪異を見て、嬉しそうに破顔した。


 彼女が怪異に向けて両手を差し伸べる。まるで恋人に会った人のように。これこそが、彼女の『想い』だったのだろう。


 そのタイミングで、お兄さまが銃の恰好で怪異に向けていた手を下ろした。


 途端に自由になった怪異。私は一瞬、それが再びお兄様を襲うのでは?と危惧した。しかし、それはもうお兄さまを見る事なく、さわさわと、相変わらずの虫のような動きで魔法陣に近づく。


 そして、魔法陣の縁ギリギリの所まで来ていた彼女に抱きしめられた。


 彼女の目から涙がこぼれる。でも口元は嬉しそうに微笑んでいる。


『ごめん』


 突然頭の中に流れ込んできた男の声。お兄様でもサンドロとも違うから、多分これは怪異の声?


『ごめん』


 繰り返される謝罪の言葉。その言葉に彼女が首を振る。散った涙がキラキラして綺麗、と思った時。


 ぱあっと、魔法陣と同じ色の光が辺りに広がり、彼女ごと余韻を残して消えていく。


「…………」


 残されたのは例のコインペンダント。


 怪異はそれを大事そうに拾い上げ、ぎゅっと握り締め、それからゆっくりと手を広げる。崩れていくコインペンダント。所々往時の面影を残した金の部分が、崩れ、砂金のようにさらさらと石の床に落ちる。


 それが全て落ちた後、別の場所でパキっと乾いた音がして、そちらを見ると、置かれていた骨が崩れていく。一気に押し寄せた、四百年という時の圧力に負けたのだろうか。崩れた骨が粉となり、吹く風に攫われていく。少しずつ、少しずつ。やがて時を置かず、風に攫われ、雨に流れ、無くなってしまうだろう。


 それは怪異も同じ。もう自由になっただろうに、その場を動かなかったそれは、骨が崩れるのと同時にその姿を粒子に変えて消えていった。


 穏やかな空気だけを残して。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ