22 お姉さまの決断
「っていうかさー。それって、そもそもアンジェちゃんには関係なくね?」
深夜のお茶会。
あれから直に、玄関であったあの執事がやってきて、お茶を出してくれた。
ワゴンに乗せたお茶のセットや、小さなサンドイッチを含むお茶請けたち。さながらアフタヌーンティーのようだけど、これらをどうやって、この階まで持ってきたのだろう。
疑問に思いながらも、飲むお茶は美味しい。
アイスで飲む事の多いアールグレイも、ホットだと香りもより立って爽やかな香りが、先ほどの事から闇の気配を引きずった室内を、清浄なものに戻してくれた気がした。
「ホットのアールグレイは好き嫌いに別れるけど、大丈夫?」
「大丈夫です。チャイティーとかも好きですし」
匂いの強いお茶は好みが別れる。それを心配してくれたお姉さまに頷くと、目の前のサンドロが顔を顰める。
「俺が言った事、まさかの無視かよ」
「無視したつもりはないけど、それ以上の懸念事項があったというだけよ」
「アンジェちゃんのお茶の好みが?」
「重大な懸念事項でしょう?アンジェの口に合わなかったら、淹れ直させなきゃいけないし」
「人の執事を、自分の家の執事みたいに使うなよ。大体このアールグレイだって、お前の好みに合わせただけだろうが」
「次からはアッサムを。アンジェはミルクたっぷりのアッサムが好きなの」
「へいへい」
サンドロが頭を掻き、大きくため息を吐く。
手間をかけさせて申し訳ない。
そんな気持ちで「ごめんなさい」と下を向くと、彼は笑って手をひらひらと動かした。
「アンジェちゃんのせいじゃないでしょ?全部このイカレタ『おねーさま』が好きでやっていることなんだし」
「自己満足な部分は認めるわ。でも、サンドロ。先ほどから気になっていたのだけど、誰の許可を得てアンジェの事を『アンジェちゃん』などと呼んでいるのかしら?」
微笑んでいても、苛立ちは伝わる。というのに………。
「え?駄目なの?え?アンジェちゃん、俺アンジェちゃんの事、アンジェちゃんって呼んでもいいよね」
「え?え?え?」
「俺マジ、アンジェちゃん気に入ったからさー。あんな俺見ても、全然引かなかったのって、組織の奴を除いたら、アンジェちゃんだけだし」
「?何で引くんですか?」
サンドロはサンドロのできる事で、協力してくれていただけなのに。
それに才能は凄いと思うし。
「………」
彼の言った『引く』の意味が本気でわからなくて、首を傾げると、サンドロは一度口を閉ざし、それからゆっくりと破顔した。
「まいったなぁ。マジ好き、アンジェちゃん。いいよね、アンジェちゃんで」
「?あ、は、はい」
身を乗り出して、グイグイ迫って来るサンドロの勢いに負けて、つい返事をしてしまったわ。
あああ、お姉さまが……お姉さまの目が怖い……。
「ハイ決定!」
明るくにっこりと笑うサンドロとは対照的に、お姉さま……怖すぎです。
それでも私が返事をしてしまったから仕方ないと思ったのか、お姉さまはこれ見よがしな大きいため息を吐き、空気を変えるように髪を背に払った。
それを期に、サンドロは笑顔を消して、真面目な顔に戻り、少し前のめり気味にソファに座りなおす。
「でー、さっきの話に戻るけど、この話ってアンジェちゃんに関係なくね?遊びに行ったのは、別の奴らで、何か拾ってきたのも、そいつらなんだろう?」
顎の下で両手の指を組み合わせる彼に、お姉さまが頷く。
「そうなのよね。私の意見としては、放って置けば亡くなるんだから、婚約破棄もスムーズにいくし、何もしないほうは一石二鳥なんだけど」
「?何そのお馬鹿さん、アンジェちゃんの婚約者なの?」
サンドロの声がぎょっとしたように跳ね上がる。目も丸くなっているし、そんなに驚くことかしら?
「うわっ、怖っ!そいつ、このまま死なせてあげる方が親切ってもんじゃね?」
「え?」
なんてことを!
「絶対その方が、そいつの為だと思う」
「ええ?」
何でそうなるのか。
「アンジェちゃん、世の中には死んだほうがマシっていうことが多々あるんだよ」
「はあ……」
何故、サンドロがそう言う結論に至ったのかはわからないけれど、取り敢えず婚約云々はともかくとして、知っている人間なので見殺しにすると、寝覚めが悪い。下手をすると一生引きずってしまうかもしれない。
お姉さまにした説明を、今度はサンドロにすると彼は少し考えた後に「そういうことなら…」と納得してくれた。
ということで、彼の方は彼の方でもう一度、アルベロコリーナの事を調べなおしてみてくれるということなので、お願いして本屋さんを去る。
その帰りの馬車の中で、お姉さまは私の隣に座り、少し難しい顔をして何かを考えていたけれど、やがて一つため息を吐いた後こちらを見た。
「明日、アルベロコリーナに行ってきますわ」
「いいのですか?」
まだ、何もわかっていないに等しいのに。それに、ラウロたちは昼間にそこに行って怪異を見たという。そんな危ない場所に行って、大丈夫だろうか。
「ええ。『見なければ』大丈夫よ。多分だけど『見る』或いは『認識する』というのが、一つの発生条件なのでしょうね」
そう言えば四人で同じ時間、同じ場所にいたというのに、エリスやフィオナは怪異にあっていない。いや、正確にはエリスは会っている。けれどそれは、『自宅で』だ。その差は一体何だろう。
「見る、と言うのは呪いに関して結構重要なのよ。認識するか、しないかと言う話になった時、他のものに比べて一番受けるインパクトが強いから。想像でしかないけど、婚約者とかいう男が見たのは、右目だったんじゃない?そして、婚約者にくっついていた女も、邸の中で見たのは右目からだった。ってところじゃない?」
「?右目で見るのと、左目で見るのは何が違うんです?」
「反応するか、しないか」
「反応するとどうなるんですか?」
「内緒」
お姉さまはそう言うと、人差し指を自分の唇の前で立て、悪戯心っぽく笑った。くうう、色っぽい。
「とにかく、一度行かないと話が進まなそうだから、明日にでも行ってくるわ」
「私も行きます」
私が持ち込んだ話なのだから、当然だろう。お姉さまだけを危険な目には遭わせられない。
意気込んで言った私に、お姉さまは一度眉を上げ、それから微笑む。
「ありがとう。でも、私は慣れているし。正体もわからない相手と対峙するのに、貴方を連れて行けないわ」
「……足手まといですか?」
お姉さまのいう事もわからないではない。何の力もない自分が気持ちだけで付いて行っても、万が一の時は足を引っ張る事になるだろうから。
「それもあるわ。けれど、それ以上に、好きな子を危ない目に合わせるのは嫌なの」
きっぱりと言い切り、お姉さまは私の頭を撫でた。
「私もお姉さまの事、好きですよ?」
「知っているわ。そうなるように、頑張っているんだから」
「?」
「今回の事もそうだけど、もっと依存してもらわないと。ね?」
意味深長に笑い、お姉さまが話を切り上げようとした。その時。
「え?」
と、声を漏らし、唐突にお姉さまが眉を顰める。
?どうしたのだろう。まるで、誰かに話しかけられた時の人の反応だ。
「お姉さま?」
話しかけても、彼女は私の肩の後ろ辺りを見て、こちらを見ない。
そこに誰かいるのだろうか。
そう思ってちょっと振り返ってみるけれど、当然そこには誰もいない。なのに。
「いや…でも……。ああ…わかるけど」
お姉さまのイマジナリーフレンドでもいるのかしら?存在自体が不思議な方なので、何がいても驚かないけど。
「ああ……わかったよ」
ややあって、お姉さまが渋々とした様子で頷く。そして。
「アンジェ、無理を言うけど一緒に来てくれる?絶対に、何があっても守るし……ってわかってる。貴方がいるから大丈夫って事だろう?」
前半は心配そうに優しく、後半は多分私以外の人に向けたものだろう。いつもの淑やかさをかなぐり捨てた乱暴な言い方で、相手に言い捨てる。
本当に、誰とお話しているのだろう。
首を傾げても、お姉さまは教えてくれない。その代わり
「アンジェ、その顔は反則だ」
そう言って、私の額にキスをする。
「お姉さまっ?」
いきなり何を!嫌なわけじゃないけど。吃驚した。
「前金だよ」
私が嫌悪を表さなかったからだろう。彼女は今までの微笑みとは違う、チェシャ猫みたいな笑顔でにっこりと笑って、もう一度音を立ててキスをする。
「うまくいけば、色々とリミッターが外せそうだ」
「………リミッター?」
「そうなったら、遠慮なんてしないから」
真っ直ぐに私の目を見て、お姉さまが宣言する。
意味が分からない。わからないから、もう一度首を傾げると
「だから、反則だって」
と言って、今度は頬にキスをされた。
もしかしたら、お姉さまはキス魔というやつだろうか?スキンシップ大好きだけど、我慢していたとか。
人にもよるけど、お酒が入るとそういう行為に走る方もいると聞くし、お姉さまもそういうタイプの方なのかもしれない。
まあ私としては、他の人ならともかく、お姉さま相手なら嫌悪も何もないから構わないけど。
………後々それを言ったら、サンドロにもお義父様にも危険すぎると怒られたけど。




