第75話 式部の敗北覚悟の反撃、熱の肉体と絶対零度の月伏と世界
ゲームのNPCと人間であるプレイヤーの意識が入れ替わった世界の話。ゲームマスターの思惑によって全ての仮NPCはダンジョンカジノでの命を賭けたスキルを使った能力勝負が始まった。第2戦として峰未雨はネガティブな月伏廃人とタッグを組んで対戦相手を殺さなければならなかった。月伏廃人は不運のカードの能力を得たのち峰未雨とともに対戦相手、獅子川一行の血潮見、式部と鉢合わせ勝負が始まった。月伏廃人の2段階以上強化されたスキルの圧倒的な力によって式部は自身の過去と向き合わなくてはならなくなった。昔、式部は周りの冷ややかな言葉から自身の心を守るために筋肉を鍛え続けていたのだが…。
努力は裏切らない。
その言葉だけを信じて、毎日を積み重ねた。
結果、体は変わっていった。
腹筋が割れ、腕が太くなり、肩が盛り上がる。
それは誇らしい変化だった。
しかし同時に、式部は気づいていた。
筋肉が増えるほど、人と距離ができていくことを。
彼にとって筋肉は、強さの象徴であると同時に、孤独の壁でもあった。
筋肉を見せると笑われる。
隠しても、結局笑われる。
そのどちらにも救いがなかった。
高校三年の冬、式部は進学をあきらめ、働くことを選んだ。
学力も自信もなかったし、何より筋トレ以外に誇れるものがなかった。
工場で働きながら、夜にジムへ行く。
汗の匂いと鉄の音に包まれている時間だけが、現実の痛みを忘れさせてくれた。
ある日、ジムの鏡の前で、ふと気づいた。
俺、笑ってないな。
鏡の中の自分は、立派な体をしているのに、目が死んでいた。
筋肉はある。だが、心はもう動かない。
いつのまにか強くなりたいという願いは、“壊れないために筋肉を作る”という呪いに変わっていた。
筋肉に支えられてるようで、筋肉に縛られてる。
そんな自嘲が、胸の奥で響いた。
数年後、式部は偶然ネットで「DESSQ」という仮想現実ゲームの広告を見た。
『あなたの弱さが、力になる。』
その一文に、心が釘付けになった。
——弱さが力になる?
それが本当なら、俺の人生全部に意味ができる。
ダウンロードして初めてログインした夜、式部はキャラクターを作成した。
名前を「Shikibe」にし、スキル欄に選んだのは“スケルトンアーム”——骨を媒介にして筋肉と融合し、他者の力を奪って再構成する能力。
それはまさしく、彼の人生そのものだった。
自分の骨、弱さに、他者の力、羨望を取り込み、形を変えていく。
式部はそのスキルを見た瞬間、運命のように感じた。
ゲームの中では、彼は強くなれた。
現実では届かなかった「理想の体」を、データで再現できた。
筋肉は笑われるものではなく、戦うための象徴として称賛された。
初めて、式部は“認められる快感”を知った。
——でも、それは仮想の世界だ。
その事実を、現実の彼は痛いほど理解していた。
筋肉も、努力も、現実では誰も見てくれなかった。
だが、DESSQの中では違う。
力を使えば称賛が返る。敵を倒せば、名が残る。
式部にとって、それはもうゲームではなく、救済だった。
そして今、その救済が、月伏廃人の影によって踏みにじられようとしている。
黒い影が彼の記憶を侵食し、現実の痛みを引きずり出す。
中学の体育館、笑い声、鏡の中の自分。
式部は膝をつき、息を詰まらせた。
「やめろ……見るな……!」
声にならない悲鳴。
その瞬間、月伏の声が闇の中で囁いた。
「君は、筋肉で心を覆っただけだ。
強くなりたかったんじゃない。弱さを否定したかったんだ。」
式部の肩が震えた。
図星だった。
筋肉をつけるたびに、心が軽くなったと思っていた。
でも本当は、痛みを覆っていただけだった。
それでも。
彼はゆっくりと顔を上げた。
拳を握り、闇の中で叫んだ。
「それでも、俺はこの筋肉で生きてきた!
笑われても、壊れても、これが俺だ!」
影がざわめく。
赤い光が彼の体から迸り、スケルトンアームの骨と筋が共鳴するように震える。
筋肉が膨張し、皮膚の下で光の血管が走る。
「筋肉は裏切らねぇ!
誰に笑われても、俺の努力は、俺の筋肉は、生きてる証だ!!」
その瞬間、彼の現実と仮想が交錯した。
現実の式部が積み上げた無数のトレーニングの記憶が、DESSQ内の肉体と融合していく。
力と痛み、孤独と誇りが一つに混ざり合い、式部の体が現実を超える存在へと変わっていった。
「スケルトンアーム、完全融合」
その声が、暗闇を裂いた。
骨が鳴り、月伏によって傷ついた筋肉が咆哮する。
それはもはや人の体ではなかった。
肉体の象徴、努力の結晶、弱さの極致。
彼自身の魂が、筋肉として具現化していた。
「弱さを否定するんじゃねぇ。
弱さを抱えて、それでも立ち上がる。それが、筋肉だろうが!」
影が弾け、過去の記憶が崩れ落ちる。
現実の少年時代の自分が、静かに笑って消えていく。
その笑顔は、どこか穏やかだった。
そして式部は、再び戦場に戻る。
赤黒い光を背に、肉体をうねらせながら、月伏廃人へと歩き出した。
その瞳には、もはや怯えも迷いもなかった。
筋肉とは、強さの象徴ではない。
自分の弱さを抱きしめ、それでも進もうとする意思の証だ。
それが、式部暁という男の、生き方だった。
式部の覚醒を前にしても、月伏廃人は一歩も引かなかった。
むしろ、彼の瞳はさらに深い闇へ沈み、理性と狂気がせめぎ合うように揺れていた。
「相手がゲームバランスを覆す男だろうと、俺は月伏廃人。お前を超えて、この先の熱い勝負に進む。」
式部の宣言に応じるように、黒い影がうねり、月伏の背中にまとわりつく。
その姿は、まるで現実の彼自身の歪んだ心象が具現化したかのようだった。
月伏はゆっくりと口を開く。
「熱い?……違うよ。
君も、僕も、あの世界の全員だって、結局は、絶対零度のように寒い。」
その声は酷薄でありながら、どこか哀しみも含んでいた。
次の瞬間、影が爆発した。
「――ッ!?」
式部が反応するより早く、月伏の影が刃となって襲いかかる。
スケルトンアームの光が迎撃しようとしたが、その速度は次元が違った。
ズガァンッ!!
式部の体が宙を舞い、岩壁へ激突した。
衝撃で骨が悲鳴を上げ、肉が裂ける。
「ぐ……ぁ……!」
完全融合したはずの肉体が、わずか数秒で崩壊の兆しを見せる。
月伏の力は影響だけではない。
存在そのものを闇に葬る幽霊と空気のモンスターを用いた凍える絶対零度の暴力だった。
一方、血潮見も叫びながら式部に駆け寄ろうとした。
「式部さんを……失いたくない!!」
だが、その動きすら月伏は見透かしていた。
「君も寒い世界で震えてるだけだ。僕と同じでね。」
影が伸び、血潮見の胸を貫く。
「……ッ!!!」
光が弾け、彼のHPバーは一気に赤を突き抜けて落ちる。
地面に倒れ込む音が重く響いた。
式部は朦朧とした視界の中で血潮見を見つめた。
「……血潮見……!」
叫ぼうにも声が出ない。
スケルトンアームが震え、力が抜け落ちていく。
月伏廃人はゆっくりと歩み寄りながら、冷え切った声で囁いた。
「努力も筋肉も……ここでは通用しないよ、式部。
僕は物語、つまりゲームバランスの外側から来た存在なんだ。」
影が式部の首元へ伸びる。
その冷たさに触れた瞬間、式部の意識が暗闇へと引きずられていった。
圧倒的だった。
理不尽だった。
それでも月伏だけは、微かに震えていた。
「君たちの熱さが羨ましいよ……でも、だからこそ壊したくなる。」
月伏廃人の影が広がり、二人の光を完全に呑み込んだ。
血潮見はまだ諦めないのか何とか体を起こし技を用いて身体の復活を果たそうとしていた。
「月伏廃人ーーー!!!!必ずお前はここで葬る。再生樹脈。リペリオ全開。」
血潮見は式部と自分を植物の膜で包み込み、月伏から受けた傷を何とか治癒しようとしていた。
月伏廃人はその諦めない様子を見て感心しつつもゆっくりと近づいていた。
「すごいな。僕も弱い人間だったから、君たちが絶対に敵わない圧倒的な存在を前にしても諦めないのは正直感動した。でもね。君たちじゃこの先のダンジョンカジノの本戦試合に立てるほどの実力じゃない。ここは潔く一度消滅して復活してくれる救世主を待っているといい。」
血潮見は植物の隙間から近づいてくる月伏廃人を見て思わず本心を漏らした。
「バケモンが。怪物が。チーターが。主人公が救世主ならお前は能力が覚醒した完全な悪役じゃないか。」
式部も意識を取り戻し凍えながらも血潮見に言葉を吐いた。
「血潮見、震えてねぇよ。
寒さなんかじゃねぇ、まだ終われねぇって、魂が燃えてるだけだ。
バケモンだろうが、チーターだろうが、ゲームバランス物語の外側の存在だろうが……関係ねぇ。
俺たちはデータじゃない。数字じゃない。
倒されるまで、負けじゃねぇんだ。
月伏廃人——
負けるとは思うが死が目の前にある俺らだが覚えとけ。
絶対に折れない心は、どんなチートより強い。」
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