70話 紗夜さんがいいんです
B級ダンジョン。
探索中に現れた巨大な狼。
おそらく氷属性、そう思わせる氷色に染まったタテガミ。
大きさも3メートルくらいはありそう。
「大型のフロストウルフ……っ! 海成くん、そっち行った!」
「わかりましたっ!」
そいつは猛スピードで突進してくる。
だけど俺のレベルアップした【 鑑定眼 】の前ではただのスローモーション。
「ガァ――ッ!!」
「スキル【 雷狼刃 】」
俺が放った雷エネルギーの狼とフロストウルフは同等の大きさ。
お互い今の速度を緩めることなく突進した。
バチバチッ――
【 雷狼刃 】は実体のないただのエネルギー体。
そのためそれは衝突することなく、強大なエネルギーとしてフロストウルフに纏わりつく。
「ガァ……ッ!」
儚く小さい悲鳴をあげた後その場に倒れ込み、ポリゴン状と化して消えていった。
「ふう……。なんとかB級ダンジョンでも通用するみたいだな」
「海成君すごいよっ! 話には聞いてたけど、本当に魔法が出せるんだね〜。しかもすごい威力っ! B級の冒険者でもそんなの使えるかどうか……」
紗夜さんは気分上々に話し続ける。
「いやいや、これは俺がすごいんじゃなくてこのマジックブレイカーって職のおかげです。この【 雷狼刃 】だって池上の魔法を吸収して使ってるだけだし」
どうやら本部の一件から俺の情報はかなり出回っているらしい。
マジックブレイカーということは広まっていないが、従来と違う方法で武闘家から上位職へ転職を成し遂げたこと、魔法を放つことができること、玲央を倒すことができるほどの対人スキルを持っているなど、諸々だ。
「海成くん、そんなことない。池上を倒したのも君の実力だし、【 雷狼刃 】を会得したのも自分の判断でしょ? それに自分より格上の相手に立ち向かおうとしたのも海成くん、あなたが勇気を持って起こしたこと。これでも君を賞賛しちゃだめ?」
紗夜さんはこてんと首を傾げる。
そんな素直でな目で見つめられると……照れる。
俺はついつい目を逸らしてしまう。
「いや……あ、ありがとうございます」
でも素直に嬉しい。
そう言ってもらえて、今まで頑張ってきたんだなって実感する。
◇
難なくダンジョンを突破した俺と紗夜さんは地上へ戻ってきた。
初めてのB級、初めは少し不安だったけどクリアしてみればあっという間だったな。
「海成くん、今日はありがとう! 何度か助けられちゃったな〜。私、先輩なのに頼りなくてごめんね。へへ……っ」
紗夜さんはほんわかと笑みを浮かべているが、どことなく寂しそうに遠くを見つめている。
「紗夜さん」
「……どうしたの?」
今回のダンジョン、出入り口は公園。
しかも今日は平日。
ただえさえ人通りが少なそうな上にお昼14時ごろと特に人気がない時間帯。
つまりここは俺と紗夜さん、2人だけだ。
俺は大きく深呼吸をして息を整えた。
「紗夜さん、好きです……っ!!!」
「え……え、? ……えぇっ!? 今!? 今なの……っ!?」
想像もしていなかったであろうタイミングの告白に、紗夜さんはオロオロと慌てふためいている。
彼女は一瞬どぎまぎするもすぐに俺へ向き直し、
「海成くん、本気……?」
そう問うてくる紗夜さんの目は少し涙をみじませており、頬はほんのりと赤く染まっている。
「はいっ! 俺は紗夜さんと一緒に過ごすうちに、いつの間にか先輩後輩、ではなく男女の関係になりたいと思っていました。紗夜さんはさっき『先輩なのに』って言ってましたけど、俺は紗夜さんと対等に戦えて嬉しかったです。ようやく肩を並べられたって。そしてこれからは頼ってください、仕事でもプライベートでも。俺は紗夜さんが好きです。だから……俺と付き合ってくださいっ!」
「海成くん……」
紗夜さんはそこで言葉を詰まらせる。
そしてツーッと涙がこぼれた。
え、泣かせてしまった……!?
もしかして両想いというのは俺の勘違いで……。
なんて思っていると、
「本当に……私でいいの?」
おそらくやっとの思いで放った言葉。
彼女の表情、セリフからは嬉しさの中に不安みたいなものも感じる。
「はい……っ! 紗夜さんがいいんです!」
俺はその問いに対して食い気味に答えた。
「じゃあ……えっと、おねがいします、でいいのかな……?」
彼女はそう言いつつ、視線を俺に向けたり下を向いたりと、照れからか目が泳いでいる。
うん……愛おしい。
そんな姿がなんとも可愛くてたまらなかった。
「よ、よ、よっしゃ――――っ!!!!!!」
「ちょ、ちょっと海成くんっ!! いくら人気がないにしてもその大声はマズイってっ!」
「あ、ごめんなさい。つい嬉しくて……」
いけない、あまりの嬉しさについ「よろしくお願いします」よりも先に叫んでしまった。
本当にこの辺は人気がないのか、今の大声でも誰も寄ってくる気配がない。
「もう、海成くん……」
紗夜さんは恥ずかしそうに手で顔を覆う。
「そうだっ! 今後のことについて今日にでも……あ、いや明日以降に話しませんか?」
「……? 私はいつでもいいよっ!」
紗夜さんは快く了承してくれた。
予定を今日にしなかったわけがある。
この後、夕方から人と待ち合わせをしているからだ。
彼女ができた日に予定を入れてしまったことは少し後悔しているがこれも大切な用事。
瑠璃に本部での一件についての報告、それと聞きたいことがあるのだ。
彼女がいて女性と会うのはとても気が引けるけど、今日の予定は付き合う前から決めていた予定。
それに玲央のことだって聞きたいことだってある。
今日のところは許して下さい、紗夜さん。