71話 三度目の訪問
ピンポン――
俺は今や訪問も三度目となる瑠璃の家の前でチャイムを鳴らした。
相変わらずの高級マンションだな。
オートロックは……まぁ今時当たり前として、40階建てとは高すぎるだろ。
いや、もしかしてこれが普通なのか?
分からん、俺には生活レベルの平均ってのがどんなものなのか理解が浅いのだ。
そんな思考を巡らせている間に、扉が開かれる。
「先輩っ!! お待ちしてました〜っ!」
その先には、えらく上機嫌な笑みを浮かべた瑠璃がいた
「お、おう。久しぶりだなっ!」
いや〜まさか今日紗夜さんとお付き合いできるとは思わなかった。
彼女ができた自分が、他の女性の家にお邪魔する。
事前に約束していたとはいえ強い抵抗感があることは否めない。
「先輩……」
瑠璃は先程と一変した抑揚のない冷たい声で呼びかけてきた。
そしてなぜか俺を見る目は懐疑的というか怪訝というか、とにかく何かを疑っている。
そんな目を向けているのだ。
「は、はい……?」
これに関しては全く見覚えがない。
一つ挙げるとすれば紗夜さんのことを考えていた。
今自分が行っている行動が適切なものなのか、まぁ仕事関係の話だといえばそれまでなのだが。
「メスの匂いがする」
「へ……っ!? 匂いがなんて!?」
あまりに唐突な指摘に、間の抜けた声が出てしまった。
それに匂いってなんだ。
この子は警察犬か?
女の勘は……なんて言葉を聞いたことあるが、もうそれの次元を卓越している気がする。
「それに発情したオスの匂い……。時間帯も今じゃなく少し前と。ま、話は中で聞きましょう。さぁ先輩、中へ」
「わ、わかりました……」
変わらず冷酷な目をしている彼女は俺を中へと誘導する。
彼女がここまで感覚的に鋭いことは置いておいて、瑠璃は出会った時から俺へ羨望の眼差し的なものを向けてくれていた。
それもなぜか俺だけにだ。
色恋までは分からないが、少なくとも好意的に想ってくれていることに間違いはない。
どちらにせよ、俺と瑠璃の関係はある意味で深いものだ。
同郷であり、共にニューヴォアを打倒すべく命を張る仲間でもある。
そう考えるとやはり紗夜さんとの関係も遅かれ早かれ伝えるべきか。
俺はこの部屋の定位置、つまりL字ソファへ座り込む。
そして彼女も俺に倣い、いつもの場所へ腰をかけた。
「では先輩。落ち着いたところで話の続きを」
俺は冷え切った目をした瑠璃へ紗夜さんとの経緯を全て話した。
◇
彼女には包み隠さずに伝えた。
この前のサシ飲みから今日の告白までの話を。
全てを聞いた瑠璃は、大きく深いため息をつき俯いてしまった。
「あの、瑠璃さん……? なんというか、えっと……」
だめだ、言葉が出てこん。
なんかこれ二股かけた感じになってる?
いやそういうことじゃなくて、もしかして瑠璃が俺のことを想ってくれていて、それを一丁前に彼女を振って傷心させてしまった?
さすがにそれは思い過ごしか?
うーん、でも今の状況、他に説明をつける事柄が思いつかない。
「やっぱり先輩はいつか他に彼女を作るだろうなって思っていました。まぁネクサリウスの男性は生粋の女好きですし」
パッと顔を上げた瑠璃はそう言う。
そしてその表情、いつも通りの彼女に戻っていた。
だけどさっき放たれた言葉には気になる点が多い。
「他に? 俺は初めてできた彼女なんだが?」
そう問いかけると瑠璃はさっきより深い嘆息を吐き、
「そんなことだろうと思ってましたが、まぁこれは私にも非がありますし」
「非? さっきからなんの話をしているんだ?」
もう2人で話をしているのに、完全に置いてけぼりだ。
こんなの初めてネクサリウスの話を聞いた時以来かもしれない。
「いいですか? 先輩は今、彼女が2人います」
「は? 2人? どこだ、どこにそんな人いる!?」
俺が反射的に発した言葉に瑠璃は自らの指で自身を指差し、
「ここです……っ!!」
笑顔でそう答えた。
なんだこれ。
悪どい商売?
俺は今ロマンス詐欺にでも遭っているのだろうか?
それくらい身に覚えのないことなのだ。
「いや、待って……頭が追いつかん。俺、告白かなんかしたっけ?」
すると瑠璃は俺の疑問に対して解説し始める。
「いいですか? 私は純粋なネクサリウスの人間。先輩もその血が半分受け継がれています。ここまでは大丈夫ですか?」
「え……あ、うん」
「ネクサリウス人が交際する合図ってのがあってですね、先輩はそれを受け入れてくださいました。……といっても私が先輩に説明していなかったことが悪かったので」
「合図ってのは?」
「それは、女性の家に二度招き入れることですっ!」
それを聞いた後、俺は今までのことを振り返った。
冒険者になってからのことを。
初めはそう、ネクサリウスの話を初めて聞いた時。
二回目はつい最近、本部研修中にあったことを相談した時だ。
うん、ちゃんと二回入っているな。
それどころか今三回目のお家訪問まで踏み入ったときている。
ここがネクサリウスだとしたら完全に確信犯だ。
とはいえ、と彼女は話を続ける。
「ネクサリウスの人はお付き合いの確認なんてしないので忘れちゃっていましたが、それを知らない先輩に対して説明しなかったのは完全に私に非があります。だから先輩は気にしないでください」
瑠璃はそう言いつつも視線を下に落とし、その瞳には涙が溜まっている。
いくら知らなかったとはいえ、ひどいことをした。
二回目家に訪れた時、たしかにご飯を作ってくれたり、他の女性への嫉妬心が以前にも増して強かった気もする。
今思い返せば、あの日の瑠璃は交際相手としての振る舞いに近かったのかもしれない。
だけど、今の俺には紗夜さんが――
「瑠璃、知らなかったとはいえ傷つけてしまって本当にごめんっ!」
ここは誠心誠意謝ろう。
それが俺にできる精一杯のことだ。
「だから先輩、大丈夫ですって!」
そう言う彼女の顔にはもうすでに笑顔が浮かんでいた。
その表情は心配なんて思わせないほど明るい、そんな笑顔。
無理をしてくれているのかもしれないと思うと少し心苦しいものがあるが。
「そっか。分かったよ」
「はい、地球での彼女は紗夜さんにお譲りしますっ! その代わり、ネクサリウスに来た時は私のものでいいですよね、先輩?」
「はい――っ!?」
瑠璃は、またわけの分からないことを言い始めたのだ。




