68話 抱えていたもの
「お茶でいいか?」
「あぁ、ありがとう」
玲央は相羽家リビングのテーブルに腰をかける俺にお茶をよそってくれている。
そして玲央は俺の向かいのイスに座った。
「さっきは、その……悪かった」
「え、何が? 本当にいいムードだったところを邪魔されたことか? 別になんも思ってねぇよ? おい、テメェどんなタイミングで入ってきてんだなんて思ってねぇよ?」
さっき俺と紗夜さんはお互いの気持ちを伝え合った。
そして通じ合った心を確かめるかの如く、唇を重ね合わそうとした瞬間のこれだ。
何がパチッだよ。
誰だこんないいタイミングで電気を付けやがったのは。
と思ったら玲央だった。
わしゃ本部の一件よりカチキレだよ。
紗夜さんなんて色んな恥ずかしさが相まってか布団にくるまってしまい、微動だにしなくなってしまった。
仕方ないから俺も彼女の部屋から外に出て帰ろうと思ったところで玲央に話があると止められて今って感じだ。
「お、おれだって2人が帰ってきた時は目を瞑ろうと思ってたんだが、なんか……始まりそうな気がしてだな、お前達も弟にその、行為してるところなんて聞かれたくないだろ?」
玲央は俺から顔を背けるようにして、そう吐く。
言葉もタジタジで耳がほんのり赤くなっていることから恥ずかしくなっていることが分かる。
普段はこんな可愛いやつだったのか。
にしてもコイツが言ってることは概ね正しい。
もしあのまま紗夜さんとことが始まってみろ。
俺は記念すべき初体験を彼女の弟にガッツリと聞かれることになっていた。
「ま、まぁそうだな。聞かれなくてよかったかもしれない……うん、ありがとう」
ここは素直に感謝を述べた。
「続きは誰もいないとこでしてくれ」
「え、あぁ……そうする」
咄嗟に返事したけど、いいの?
姉を取ってしまっていいのだろうかなんて思ったけど、兄妹とはそういうものなのかもしれない。
俺は一人っ子だからよく分からんけど。
「で、本題を話してもいいか?」
玲央が言う本題とは、おそらく俺を呼び止めた目的のことだと思う。
「あぁ、たのむ」
俺自身、彼に聞きたいことはあるがまず玲央が俺に何を話すか、それを聞いてからでも遅くはない。
一旦聞く側へまわることにする。
「まず俺のこと。ヨウスケから聞いているかもしれないが、俺は変わった。いや、無理やり変えられたという方が正しいかもしれない。それはこの地球で冒険者がどんな末路を辿るか知ってしまったから」
「末路?」
「あぁ。冒険者になると人間の頃には視えなかったステータスが確認できたり、魔法が使えたりする。お前も知っているだろうが、それはレベルラビットによる影響だ。研究では、脳に何らかの変化をもたらすためと言われている。本題はここからなんだが……その変化を起こした脳を好んで喰べる生き物がいるって言ったら信じるか?」
話に脳が出てきた時点で俺も一瞬予感はしていた。
玲央は気づいてしまったんじゃないかって。
「ニューロヴォアのことか?」
まさか俺の口からその単語が出るとは思わなかったのだろう、玲央は目をパチクリとさせた。
「知っていたのか……っ!?」
「まぁ色々あってな。玲央はいつ気づいた?」
「俺は2年前、地下5階……あの立ち入り禁止区域に友人が呼ばれたからこっそりついていったんだ。いけないとは分かっていたが、あの頃の俺にはその衝動を止められなかった。お前らが知りたがっていたあのドアの奥、当時の俺はそこで友人が喰べられるところを見てしまったんだ。それも丁寧に頭を割り、脳だけを取り出して味わっているところを。あまりに恐ろしい姿を目にして俺は、『あぁ……コイツに喰べられて冒険者人生を終えるんだな』一瞬にしてそう悟った。あれは人の皮をかぶった化け物だ。戸波、あの正体が誰だか知ってるか?」
「ここの社長……だろ?」
「やっぱりそれも知ってるんだな。俺は社長が脳を喰べるところを見てしまったんだ。もちろんそれもすぐバレた。だけど、あえて生かされたんだよ。利用するために」
「利用ってのは?」
「俺は社長に条件を出された。お前とお前の家族は喰べない。その代わりに良質な脳を用意しろってな。ニューロヴォアはおそらくとんでもなく強い。だけど、隠れて脳を貪るには限界がある。だから協力者として俺を選んだんだ」
家族を守るために選んだ選択肢、か。
いや、玲央にはそうするしかなかったんだ。
選べる立場にはなかった、そういうことだろう。
これで大体の話の流れは分かった。
しかし俺はあと一つ、彼に聞きたいことがある。
「玲央、ヨウスケにあんな目に合わせたのはどうしてだ?」
こればかりは彼自身が楽しんで行っていたように見えたからな。
すると玲央は眉間に皺を寄せ、グッと歯を食いしばる。
「たしかに俺はヨウスケに酷いことをした。それはしっかり覚えている。だけど自分がなぜそんなことをしたのか分からないんだ……っ! 記憶に覚えがあっても感情に覚えがない……」
そう言った彼は頭を抱え、俯いてしまった。
どうにも嘘をついてるとは思えない。
それに俺に対して偽ったとしてなんのメリットもないはずだ。
「ニューロヴォアから何らかの影響を受けたとか?」
ヤツは完全なる未知の生命体。
人の脳に何かしらの指令を送ることができてもおかしくはない。
「そう、かもしれない。実はそれだけじゃなくてこの2年間、まるで自分じゃないみたいだったんだ。……なんというかゲームコントローラーで誰かに操作されているような感覚。その感覚が消えて正気に戻ったのも戸波、お前に負けてからだ」
そうなると本格的に心を操られていたという可能性が高くなる。
これについてはネクサリウス出身、瑠璃に一度聞いてみるか。
「そうか。その件、知ってる可能性があるヤツを知ってる。ちょっと確認してみるわ」
「ありがとう。他に聞きたいことはあるか?」
少し頭をめぐらせてみたが、今のところ情報過多すぎて思いつかない。
「とりあえずは大丈夫だ。まぁとりあえず夜も遅いし帰ろっかなぁ」
俺は荷物を持って席から立ち上がった。
「あぁ、分かった。戸波、最後に一つだけいいか?」
玲央も同じく立ち上がり、俺に問いかけてきた。
実に真剣な面持ちをしている。
大事な話なのだろう。
「おう。どうした?」
玲央は何かを吹っ切るようにふぅっと短く息を吐いた後、
「姉さんのことを守ってやってくれ」
意を決したような声でそう言ってきた。




