67話 お互いの気持ち
飲み会が始まって2時間ほど。
そろそろお開きかなというところだ。
「紗夜さん、そろそろ帰りますか?」
「むぅ……ひゃい……っ!」
顔を赤くし、普段であれば絶対口に出ない羅列の言葉で返事が返ってきた。
これで酔ってないよなんて言葉は通じない。
それくらいはとうに酔っ払っているのだ。
「じゃあお会計も済みましたし、いきましょうか」
いつも彼女に払ってもらっているし、この場は俺が、と思い会計を先ほど済ませてきた。
「はい……っ! 帰りましゅよ……っと!」
「紗夜さん、大丈夫ですか? 肩貸しますよ」
俺はふらつく紗夜さんに肩を貸す。
まぁ前の時よりかはふらふら具合もマシか。
数分前に紗夜さんがトイレに行った時はまっすぐに歩いてたし……っ!?
「あれ、さっき紗夜さん普通に歩いていたような……っ!」
「え……っ!? そ、そんなことない……にゃいと思うなぁ〜。あ〜とっても酔っ払ったと思うなぁ」
「紗夜さんがそういうならそうなんですね? まぁここで嘘つく理由もないか」
「うんうん、そうだよ〜!」
なんというか俺に抱えられている彼女は、横で顔を赤らめながらもニコニコしている。
紗夜さんはお酒で酔っ払うと幸せな気持ちになるんだろうなぁ。
そりゃ酔いたくもなるか。
そう思いながらも俺は彼女を再び自宅まで送るのだった。
◇
乗り込んだタクシーは紗夜さんの自宅へ到着した。
久しぶりにきた紗夜さんの家は以前と変わらず部屋の明かり一つも付いていない。
まぁ今思えばお母様は分からないが、彼女のお父様と弟は冒険者をやっている。
冒険者の中には昼も夜も関係なく仕事をしている人もいると聞いた。
そんな職を担っている人ばかりなのだから家に誰もいなくても不思議ではない。
「玲央を守るから……」
ふと思い出したセリフ。
これはこの前、紗夜さんをベッドへ寝かせた時に放った言葉だ。
眠っていた時に出たものだからこそ彼女の真意だと思う。
それだけで推測するのも悪い気がするが、もしかしたら小さい頃から両親の帰りが遅く、姉として玲央を守り続けたのかもしれない。
紗夜さんは大切な先輩。
彼女のことはなんでも知りたいし力にもなってあげたい。
しかし家族のことを聞くのは野暮ってもんだし、彼女自身、家族のことはあまり口にしない。
それを聞き出すなんてことは紗夜さんからすると好ましくないだろうし、俺としても不本意だ。
俺はタクシーの中で眠ってしまった彼女を起こそうとする。
「紗夜さん、着きましたよ!」
案の定眠ってしまっているので、俺は慣れた手つきで彼女をタクシーから下ろす。
慣れたと言ってもまだ2回目だけど。
しかし一度したことは不思議と体に染みつくものだ。
そのため効率よくタクシーから彼女宅の玄関まで運ぶことができた。
前と同じく玄関の上り框に腰をかけてもらう。
「さてここからどうしたものか」
選択肢としては、二つ。
まず一つはここで寝てもらう。
まぁ案として挙げたがこれはあり得ない。
人として冷たすぎる気がする。
そして二つ目。
以前同様に抱えてベッドまで運ぶ。
「まぁ……二つ目だろうな」
誰もいないので独り言を言いながら自己解決に至った。
もちろん運ぶのも2回目。
部屋を間違わずあっさりと到着する。
「電気は……まぁ両手も塞がっているし、いっか」
1回目と比べて電気を点けようかな、なんて思考へ至るところ気持ち的にも余裕がある。
俺は彼女をゆっくりとベッドへ横たわらせた。
ベッド端にはクジラの『くぅーちゃん』なるぬいぐるみもいる。
「おう、久しぶりだな、くぅーちゃんよ。では紗夜さんを頼んだ」
返事のあるはずがないぬいぐるみへ彼女を託し、俺は部屋から出ようとする。
すると後ろからクイっと服を掴まれた。
まぁまぁ前もそうだったし、今回も想定内。
また何か寝言でも言うのかなぁなんて思って振り返ろうとすると、
前の比じゃない力でベッドへ引き込まれる。
「うわっ!!!」
俺は思わず彼女のベッドへ倒れ込んだ。
暗くてほどんど見えないが、ここにさっきまで横たわっていた紗夜さんの姿はない。
そして俺の目の前に誰かが四つん這いで覆い被さっている。
誰かが、なんてそんなのは見えなくても分かる。
そしてこの状況はさすがの俺も察しがついた。
「紗夜さん……?」
「海成くん……私、今日はちょっと強引かも……」
2人の乗ったベッドからは触れずとも微細は振動から紗夜さんの緊張が伝わってくる。
そう、彼女はただの先輩後輩から頑張って一歩踏み出してくれたのだ。
ここで男を出さずしてどうする?
紗夜さんの努力はどうなる?
「きゃ……っ!?」
俺は紗夜さんをベッドへ押し倒し、上から覆い被さった。
つまり姿勢を逆転させたのだ。
彼女は俺が簡単に抱えられるほど軽い。
だからこれくらいは容易くできた。
「紗夜さん、俺ももう無理です。このまま、ただの先輩として見続けるのは……っ!」
俺は恋愛から逃げていた。
誰しも経験していないことは怖い。
それを同じ学校だから、学年だから、家が近いから、職場が一緒だから。
言い訳に言い訳を重ねてここまできたのだ。
恋愛としての好意ってのは分からないが、紗夜さんから俺へ向けられていた後輩、とは少し違う視線には違和感があった。
ただ後輩を超えた信頼の一つだなんて思っていたけど今思えば男女のそれだったのかもしれない。
紗夜さんがここまで伝えてくれたから動くってのは人としてズルいのかもしれないが、俺は彼女の気持ちに応えたい。
自分自身のこの湧き出る気持ちに正直になりたいのだ。
「海成くん……私も……」
俺は我慢できず、紗夜さんの唇へ口付けをしようとする。
彼女もそれを察したのか言葉を止めた。
今にも重なろうとするその瞬間、
パチッ――
部屋に明かりが灯された。
何事かと俺は急いでこの場を飛び退き、紗夜さんも勢いよく起き上がる。
そして彼女はあまりの眩しさで瞳を瞬かせた後、大きく目を見開き、
「れ、玲央……っ!?」
弟の名を呼んだのだった。




