付け足し その1
「……1週間で銅ランクに昇格は無理か」
暗い森の中を、4人で固まりながら進む。
朽ち木や苔を踏みしめながら、俺は小さな声で呟いた。
そんな小さな独り言に反応して、前を歩いていたマルクが振り返った。
「さすがに1週間は無理ですよ。 歴代最短記録ですら2週間ですから」
「そうだよなぁ」
現在、最短記録を叩き出した剣士、通称『剣姫』は白金ランク冒険者として様々な迷宮に挑んでいるらしい。
迷宮攻略を目指す俺たちにとっては目標みたいな存在だ。
……そんな剣姫の記録を大きく塗り替えたいと、「1週間で銅ランクに昇格」を密かな目標にしていた俺だったが、現実はそんなに甘くない。
「だけど、レベルはすでに銀ランク相当、指定モンスターもすでに8匹倒してるし、あとはポイントだけだろ~? レオンなら最短記録を更新できるぜ!」
「レオン殿はあと何ポイントなのだ?」
「102ポイント……初日はあんなにモンスターを見つけれたんだがな」
マルクたちのパーティーに加入して7日目。
初日は何匹ものモンスターを討伐してポイントを一気に稼いだが、次の日から徐々に遭遇するモンスターの数が減っていき……森に住んでいるモンスターも数が限られている。
つまり、初っ端から狩りすぎた。
それでも、森を中心に活動している他の冒険者たちよりは遥かにポイントを稼いでいるので、ギルドで冒険者たちから嫉妬の目を向けられる。
気軽に話せるのは受付嬢さんだけ……気まずい!
マルク、レスター、カインの3人は2日前に銅ランクに昇格した。
あとは俺が銅ランクに昇格すれば4人で沼地を探索できるようになる。
そうすれば、冒険者たちの嫉妬の目も落ち着くだろう。
……ん? 沼地のモンスターを狩るようになれば、今度は沼地で活動している冒険者たちから嫉妬の目を向けられるようになるのか?
そんな事を考えながら森の中を歩くこと2時間、ついに気配探知<サーチ>に反応があった。
約500メートル先に12体のゴブリン……数が多いうえに、その中の2体は上位種だ。
強化した聴覚が、鎧の擦れる金属音や、長いローブを引きずる音を捉える。
ゴブリンウォーリアーと、ゴブリンメイジだ。
闘争心の強いゴブリンの上位種たちは、通常種の子分たちを引き連れることはあっても同じ上位種と共に行動することはない。
しかし、雌雄の番であれば話は別だ。
たぶん、ゴブリンメイジは雌だ。
少し話は変わるが、昔、帝国の図書館で読んだ文献によると、上位種のゴブリンウォーリアー・アーチャー・メイジと最上位種のゴブリンキングは、人間とゴブリンから生まれるらしい。
正直、想像したくないというか胸糞悪いというか……ゴブリンたちは村の娘を攫ったり、女冒険者を捕まえたりして慰み者とするのだが、時々、子供ができる。
その子供は通常のゴブリンよりも体格・頭脳ともに発達していて、それでいてゴブリン本来の凶暴性や性欲はそのまま……こいつらが上位種や最上位種のゴブリンになるのだ。
逆パターンはないだろう。
ゴブリンの雌に欲情する人間はいないはずだ。
というか、そう信じたい。(切実&フラグ)
「この先に12体のゴブリンがいる。 その中の2体は上位種で、ウォーリアーとメイジだ。 強敵だが、いつも通りに戦えば勝てる」
「ゴブリンの上位種が行動を共にするなんて……あまり聞きませんね」
「いつもより慎重に戦った方がいいのだ」
「2匹とも俺様が倒してやるぜ!」
表情を険しくするマルクとレスターからは、緊迫感がすごく伝わってくる。
そんな2人と対照的に、カインはいつもの調子だ。
「まぁ、安心していい。 カインが奇襲に失敗しても、俺が火球でゴブリンたちの統率を崩す」
「アハハ、それなら安心です」
「それは安心なのだ」
「うおーいっ! 俺は失敗なんてしない!」
あまり気を張り詰めすぎても良い結果にならない。
マルクとレスターの緊張を解こうと、ついでにカインをおちょくろうと軽口を言った。
2人の緊張がちょうど良く解ける。
……しかしカインの声が大きく、遠くにいたゴブリンたちに俺たちの存在を気づかれてしまった。
ゴブリンたちは歩みを止め周囲を確認した後、声のした方へ、こちらに向かって慎重に近づいてきた。
「あ、気づかれた。 奇襲は失敗だな」
「何やってるんですか、カイン」
「困ったものだ」
「俺のせい!?」
「よし、行くか! 能力強化<フォース・アップ>!」
気配探知を解除し、自分を含めた4人に能力強化をかける。
足場の悪い森の中を強化された脚力で風のように走り抜け、ゴブリンたちを目指した。
立ち並ぶ木々の間で、ゴブリンたちの影が揺れた。
粗く削った木のこん棒を持った緑色の小鬼。
姿が見えた瞬間に、カインと俺が先制攻撃を放す。
「くらいやがれ!」
「火球<ファイヤーボール>!」
『『ガァァァッ!』』
「今なのだ!」
「おぉっ!」
風を切りながら進む矢と、暗い森を紅く照らす火の玉が先頭のゴブリン2体を葬る。
残りのゴブリンが怯んだ隙に、マルクとレスターが切り込む。
毛皮で繕った茶色いローブを羽織ったゴブリンメイジは、3体のゴブリンによって守られていた。
子分たちの陰で、ゴブリンメイジが魔法を発動しようと魔方陣を現出させる。
ゴブリンの社会は徹底した階級制だ。
上位種のゴブリンは群れのボスに、通常種のゴブリンの中にも序列が存在し、格上のゴブリンの命令は絶対である。
ゴブリンメイジを守っている3体のゴブリンは、たとえ自分の命が尽きると分かっていても身を賭して護衛の任を果たす。
周りをゴブリンたちを早く倒さなければ、ゴブリンメイジの魔法攻撃の猛攻を許してしまうことになる。
ゴブリンメイジの魔法を相殺するために、そして、あわよくば反撃をするために、俺も魔法を唱える準備をしようと掌を前にかざした。
……待て。
「気配探知<サーチ>――――レスター、上だ!」
―――サッ
『グガァッ!』
違和感。
ゴブリンウォーリアーの姿が見えなかった。
魔力を温存するために解除していた気配探知をもう1度発動し、周囲の状況を確認した。
マルクはゴブリンたちの動きが鈍っている間に、素早い動きで2体のゴブリンを切り倒していて、今は3体目と相対している。
カインも弓による攻撃から短剣による接近戦に切り替えていた。
レスターは自前のメイスでゴブリンを吹き飛ばし、次のゴブリンに向かって突進している。
そんなレスターの頭上、木の上でひっそりと息を殺す一回り大きなゴブリンが、冒険者から奪ったであろう鉄剣を構えて待ち伏せていた。
俺が叫んだ瞬間に、ゴブリンウォーリアーはレスターめがけて切りかかった。
「ふんっ!」
ギンッ!―――
レスターは俺の声に反応してメイスを振り上げ、間一髪のところで攻撃を防いだ。
体重の乗った鉄剣の一撃がメイスにぶつかり、高い金属音を森に響き渡らせる。
通常のゴブリンは人間の少年ほどの背丈しかないが、このゴブリンウォーリアーは青年ほどの背丈があり、また群れのボス格なだけあって他のゴブリンより筋肉質であった。
毛皮と鉄鋼でできた鎧を装着して、右手に鉄剣、左手に木製の盾を持っている。
ゴブリンウォーリアーは奇襲が失敗したと判断し、瞬時にレスターから距離を取った。
「氷短剣<アイシクル・ダガー>!」
ヒュン―――バァンッ!
『グルルルッ……』
「……なかなかやるな」
レスターから離れ、体勢を整えようとしていたゴブリンウォーリアーに氷短剣を放った。
狙いは心臓、大気を切り裂く高速の氷が肉を貫通して心臓を両断するはずだった。
実際、今まで戦った上位種のゴブリンは例外なく瞬殺できた。
……が、今回はそうはいかなかった。
暗雲に閃く稲妻の如く一瞬、紅い瞳が輝いたかと思うと、左手に持っていた盾を氷短剣の軌道を変えるように斜めに構え、鋭利な一撃を受け止めた。
けたたましい音を立てて大破する木の盾、飛び散る血飛沫。
ゴブリンウォーリアーは左腕を大きく切り裂かれたものの、氷短剣の軌道をずらし致命傷を回避した。
『グガァ!』
「なめるなよ! 火球<ファイヤーボール>!」
バァァァァァッン!―――
魔法を唱え終わった俺をめがけて、ゴブリンメイジが火球を放つ。
迫りくる灼熱の火の玉を相殺するように、俺も火球を発動した。
発動するタイミングの遅かった俺の前方で、盛大に爆炎が広がる。
あえて爆風に身を任せ、後方に飛び退き衝撃を流して、ふたたび火球を放った。
バァァァンッ!―――
『ギッ』
「……やったか?――――くっ!」
バァァンッ!―――
煙幕によって前が見えなかったが、俺の放った火球が獣を焼き尽くす音と、短い断末魔の声が聞こえた。
ゴブリンメイジを倒した……そう思った次の瞬間に前方の煙が黄色く光り、火球が現れた。
側近のゴブリンが身代わりになったのだ。
まだゴブリンメイジは生きている。
今度は横に跳んで火球を回避する。
背後で火球が木にぶち当たり、炎をあげた。
ゴブリンウォーリアーとゴブリンメイジ。
2体同時に相手をしなければならない。
しかも、今まで戦ったゴブリン上位種よりも戦闘経験を積んでいる個体。
久しぶりの強敵との戦闘、心の奥に眠っていた感情がふたたび高ぶる。
これを欲したから、俺はコラルさんやアリアさんと村で静かに暮らす選択肢を捨てたんだ。
よくよく考えてみれば、俺はただの戦闘狂。
手加減をすればもっと長く目の前の強敵と戦っていられるが、そんなことを俺の中に潜む獣が黙って見守っているはずがない。
相手が強ければ強いほど、俺は本気の闘いを求めてしまう。
……それに、先ほどゴブリンウォーリアーを見つけるために発動した気配探知<サーチ>。
ゴブリンたちの他に、数体の別のモンスターが700メートル先にいることが分かった。
耳に入ってきた、牙狼たちの断末魔と、巨大なこん棒が肉を叩き潰す鈍い音。
オークの討伐ポイントは250。
目の前のゴブリンたちのポイントも合わせれば、余裕で銅ランクに昇格だ。
……ちょうどいい。
どうせなら、俺が冒険者を始めるきっかけとなったモンスターでランク昇格最短記録を叩き出してやる。