16.受付嬢のお耳は敏感なようです。
「よぉ、にーちゃん!」
「あぁ、さっきの冒険者か。」
登録を終えて依頼でも見てみようかと足を進めると冒険者の男に再び声をかけられた。
「俺ぁ、クルフトってんだ。ランクはA!よろしくな。」
Aか。貧弱そうに見えて実は結構やり手なのか?
「どうも。俺はハルトだ。」
「へぇ、ハルトか!強そうな良い名前じゃねぇか。」
「強そう?」
「ん?風の勇者って物語、知らねぇのか?」
風の勇者.......っていったらあの女か。
「とある異世界から召喚された勇者が仲間を集めて魔王を倒すっつう話でよ、ハルトはその話の中での魔王の名前なんだよ。それもこの物語を書いたのがその勇者本人だってんだからまた人気が凄かったらしいぜ。」
「へぇ、勇者が書いた本ねぇ.....。」
あいつが魔王を倒す話でその魔王の名前がハルト.......か。
ったく腹立つ話だな。
「っと、そんな事より早く依頼済ませないと晩飯に遅れちまう。」
イザナには晩飯までには帰るって言ってあるしもたもたしてる暇はない。
俺は依頼が幾つも貼り付けられたボードの前まで行くとそこに貼られた紙に目を通した。
薬草なんかの採取依頼や、刀の稽古の依頼、一週間の護衛の依頼、その他も結構な種類の依頼があるがどれも時間かけずに大金が手に入るという事はなさそうだ。
うーん.................ん?
依頼を片っ端から見ていると、ある依頼に目が止まった。
「ドラグーンの角と鉤爪の採取.....か。」
角が3千万に鉤爪が350万。
一匹から取れるのは角が二本と鉤爪が12だから合わせると...........、
俺が頭の中で計算していると後ろから呆れた様子のクルフトが邪魔をしてくる。
「おいおい、そりゃあ幾らなんでも止めとけ.......。確かに報酬は良いだろうがあんな伝説級の化物、命が幾つあっても足りゃしねぇよ。そもそもにーちゃんはまだDランクだ、奴隷に落とされちまうぞ!」
...........1億と200万ダベルか!!
「よし、これだな。」
「おいっ!!」
満足すぎる報酬に俺はさっそく依頼書を引き剥がした。
そしてその依頼書をヤマさんの所へ持って行き、さっそく依頼に取り掛かる。
.......つもりだったんだけどな.......。
「これは許可致しかねます。」
ヤマさんはその依頼書を見るなり、はぁ、とため息を付いた。
「え、なんで.......、」
「言いましたよね?指定ランクがギルドランクより2つ以上、上の依頼になると達成出来なかった際に奴隷に落とされてしまうと。」
「ちゃんと聞いてましたよ?」
つまり依頼を達成すればどれだけ上の依頼を受けても良いって事だ。
「私たち受付嬢の仕事は何もただ受付で対応するだけではありません。冒険者の実績などを元に、特定の冒険者の為に依頼をキープしたり、冒険者の力量にそぐわない依頼を受注しないのも私達の仕事なのです。」
...................。
「騎士様と違い、冒険者は命を落としても何の弔いもされない事だってあります。私はそんな冒険者を沢山見てきました。ですから私の担当する冒険者に無謀な依頼を受けさせる気は一切ありません。どうしてもこの依頼を受けたいのでしたらどうぞ他の受付をご利用なさって下さい。」
ヤマさんは依頼書を俺の方へと突き返した。
確かに側から見れば指定ランクSの依頼を冒険者になったばかりの奴が受けようとしていれば無謀にも思えるか.........。実績ってのは一切ないわけだからな。
そこをキッパリと突き返して止めようとするあたり、受付嬢という仕事にしっかりとプライドを持っているのだろう。
だが、俺もここでそうやすやすと引き下がる訳にはいかない。
なんたって、こんなにも俺に都合のいい依頼はないんだ。なんなら俺の為の依頼って言っても過言じゃない程に。
だからここは...........、
「.....あの、ちょっと周りに聞かれちゃ困るんで耳貸してもらえます?」
「舐めたら殺しますからね?」
...........真っ先にそのセリフが出てくるって事は余程お耳が敏感で?
「舐めませんから.....。」
「なんでしょう?」
ヤマさんが前のめりになり耳を傾けてくれた所で俺もヤマさんの耳元へ口を近づける。
「俺、実はドラグーンの角と鉤爪を持ってるんですよ。」
「はい?」
「父親から譲り受けたものが家にあるんです。遅かれ早かれ売る事にはなると思いますしどうせ売るならついでにこの依頼を受けて一気にランク上げちゃおう.........みたいな.....、」
もちろん大嘘である。
だが、ヤマさんにこの依頼を受ける事を承諾して貰うには命の危険が伴わないと騙す必要がある。
「それはまたズルい考えではありますが、規約に反した事ではありませんね.......。信じてよろしいのですね?」
「もちろん。」
.....なんとか信じて貰えたようだな。
俺は胸を撫で下ろし、ヤマさんの耳から口を離すついでにフッと息を吹きかけてみる。
「ひゃうっ?!」
ひゃう?
クール美人なヤマさんの口から発せられたあまりに間の抜けた悲鳴に周りは静まり返りほぼ全ての視線がこちらへ集まった。
「.......殺されたいんですか?」
「いや、舐めてないじゃないですか!」
舐めなきゃ何しても良いって訳じゃないだろうが。
ていうか、まさかあんな悲鳴あげられるなんて誰も思わないだろ?
「.................。ギルドカード出して下さい」
あ、はい。
俺はさっきポケットに入れたギルドカードをヤマさんに差し出すと、ごそごそと黙って作業され、すぐに返された。
表情はあまり変わっていないように見えるがよく見れば頬は少し赤くなり、本人が羞恥を感じているのがみてとれる。
「これで依頼受注は完了しました。さっさと出て行って下さい。」
「...........はい。」
そして俺は相当多数の冷たい視線を受けながらギルドを後にした。
「さて、と。ヤマさんにはあぁ言っちゃったし、さっさと手に入れてこないとな。」