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覚悟しろ、貴様




 扉の破片を蹴り飛ばすように、足早に男たちが室内へと入ってきた。

 軽装ではあるが、鉄色の甲冑と各々が細身の剣を構えている。レノンからは深くかぶった兜に遮られ兵隊の表情を捉えることはできなかったが、そのことが不気味さを一層増していた。

 

「失礼、夜分に申し訳ない」


 部屋の半数の面積を占領した兵を別け入り、声の主が姿を見せた。

 言葉ほどの申し訳なさもなく、人を小馬鹿にしたような芯のない声色だった。

 男は、ところどころ金の刺繍が施された紺色の服に身をまとい、高貴さを滲ませていた。

 およそ戦場らしくない服には、胸から腰にかけて蔦のような文様が刻まれている。


「勝手にドアを蹴破るのを、申し訳ないとは思わねぇのか」


 レノンが声を低く、警戒を押し出しながら尋ねた。

 呂布も声に応えるように、身を直立させる。


「随分古い小屋に見えたので、無人だと思っていたのさ」


「悪いが一般庶民の生活なんてこんなもんさ。貴族様にはわからんかもしれんがね」


 最大限の侮蔑を込めて、レノンが呟いた。

 貴族風の男は、ぴくりと眉尻を歪め、左腰に差した金色の柄をした剣に手をかけてみせる。

 レノンはその所作につられるように、ベッド脇に置いてあった弓を目で確認し、舌打ちした。


「なるほど、では本題に入ろう。ここに女性がいないかどうか確認したい。ついでに食料も差し出して欲しいな」


「あいにく差し出す義理はねぇし、どっちも在庫切れだよ。こっちは手前勝手な戦争にうんざりしてんだよ」


「隠すとためにならんぞ?」


「お前らセーフドルフのもんだろ? 食料も妾も、とっととウェポ城を落とせば手に入るだろ。ほれ頑張れ」


 ひらひらと掌で、虫を払うような動作をするレノン。

 会話するごとに痙攣するように震えていた男の顔が、明確に険しく歪んだ。


「頑張る? はっはっは・・・・・・誰に向かってものを言っている?」


 明確な殺意がレノンに突き刺さり、その身を半歩下げさせた。

 呂布がレノンを振り返ると、口角をあげ、レノンが会話を続けた。


「おーおー、本性見せたな。見下したようにしゃべりやがってよ」


 レノンは腰の後ろに据えていたナイフを、左手で腰に手を当てるふりをして、確認した。

 小男ではあったが、レノンはガノンやキノン達を貴族の馬車を襲う、盗賊まがいな行為をしてきた男だ。こういった場合に、貴族の犯す行動は把握できていた。


「さっきまでの紳士のフリには寒気がしたぜ。その口ぶりからすると高潔な軍人様で、高尚な貴族様ってわけか。すいませんね、汚らしい男でして」


「貴様・・・! 無礼な!」


 ざわつく兵を従えたまま、貴族の男は吐き気を抑えるように左手で口元を抑えた。


「推察するな汚らわしい。本当なら、貴様らと話すのも虫唾が走るというのに」


 貴族の男が右手を上げると、兵たちが剣をレノンと呂布に指してみせる。バラバラだった兵の武具が、ひとつの暴力を目的に組織されたのだ。

 レノンはこれだ、と諦めのような気持ちを持った。

 どうせ、貴族はこういった場合、返答に問わずどちらにしろ殺そうとする。兵を脱したとき、痛感した事実だった。


「強気だな」


 喋ると思ってなかったのか、大男の一言に、兵が竦む。呂布は兵を値踏みしながら、レノンに再度視点を変えた。


「俺が奴隷に見えたんだろ。まぁ似たようなもんだ」


「無闇に卑屈になるな、レノン貴様らは立派だ」


 呂布の一言に、貴族が歯を見せつける。

 予想しなかった笑い声に、今度は呂布が眉根を寄せた。


「立派? はっはっは、こいつは随分と気持ち悪い話だ」 


「なぜ笑う。人が懸命に生きているのだぞ」


 呂布は珍しく、そう思えた。

 レノン達は無条件で気風の良い、優しくて好ましい男たちだ。

 権力闘争とは無縁のところにいて、自分という者を持っている。ただ生きるのではなく、自分を持てている。

 清々しい、とすら思えたというのに。

 なぜ、この男は小馬鹿にするのだ。


「懸命? 生きる意味などもうないだろう。こんなヨボヨボに、どんな価値がある。お前も奴隷か兵卒かしらんがな。なんならウチに入れてやろうか。いい体をしているのでな、的ぐらいなら使えるだろう」


 下卑ら笑い声を、振り払うように呂布が溜息をつく。


「かつては俺もこうだったのだろうか」


 かつての自分、中原にいた頃は、知らず知らずのうちに権力の中心にいた。それが良くなかったと、今ならば思う。

 故郷にいた頃のように、伸び伸びと人と接していたら―――きっと、もう少しうまくやれたような気がする。

 人と自分を比べることによって、過去を悔いるような気持ちが初めて呂布の胸の内を占めた。


「ア? ふざけたことを抜かす。まぁ良い、後で殺すにしても今は聞き捨てておいてやる。おい。聖女について知っているか?」


「聖女?」


「あー、今外遊してこの国に来ている聖女だ。ウィッシュトティア聖女。トロワランス教会の第3位・・・・・・だっけか。まぁ偉い人だわな」


「また女が政治に絡んでいるのか・・・・・・、ここはすごい国だな」


「割とよくある話さ。魔法が使えれば、男も女も関係ねぇ。ちょいと立派な魔法を使えれば、引く手数多だろうさ」


「そうだ、魔法が私たちとお前らのようなものと決定的な違いだ。わかったらその口を改めろ」


「へいへい、ではそのウィッシュトティア聖女様を貴族様がどうしてこんなボロ小屋くんだりいらしてまで捜していらっしゃるので?」


「ふん、言うわけなかろうが。さぁ、この小屋に隠匿されている可能性がある。差し出せ」


「おいおい、冗談はよせ。こんな腐ったような小屋にか? どうやったって不敬になっちまう」


 ガハハとレノンが声を上げた。


「お前の主張などどうでもいい。私がここに来た時点で、お前は全てを差し出す義務があり、砂のかけらほどのことでも我がセードルフ公国は後顧の憂いを残さぬ。おい、調査を始めろ」


 先ほどまでより強い言葉で、貴族の男が堰を切る。

 部屋の中で半円を二つに割ったような位置取りをしていた兵たちが、部屋の中を乱雑にひっくり返し始めた。

 調度品にかけられたいくつかの麻布が盛大に舞い、埃を撒き散らす。


「お、おい、ちょっと待て! 勝手に人のうちを!」


 レノンが血相を変え、兵の一人に詰め寄る。

 兵はレノンを押し飛ばし、何事もなかったように調査を続ける。そしてレノンを2人の兵が床に押さえ込んだ。


 毒づくレノンが呪いを吐き出す前に、床の一部が開いていく。

 ゆっくりと、地獄の釜の淵のように。

 地下からゆっくりと背中を見せたのは、キノンだ。


 兵が想定外のことに、塚を握り締める手に力を込める。


「おーい、みてみろや。こんなでっかい樽の―――」


「出るな!キノン」


 レノンの声が鋭く場に刺さった。

 音は人の動きより早いが、それを聞いたあとのキノンの動作は緩慢だった。一瞬で状況を理解することなど、出来る状態ではなかったのだ。

 のろりとキノンは顔だけ動かし、レノンを目で捉える。

 それは、兵が剣でキノンの背中に切りつけるのと同時だった。


 肉の裂ける音と骨の削れる音が、一瞬静かになった室内に響く。

 呂布は右手一本で、剣を振り下ろしたままの兵を壁に叩きつけた。

 衝撃が音となるが、呂布とレノンの耳は、地下の階段を転がる樽と、キノンの体が闇に落ちる音だけを捉えていた。

 それは、心を凍らせるほどに、絶望的な音だった。


「突然出るからだ。」


 悪びれず、兵の一人がつぶやく。

 呆れ気味のその声色に、呂布は床板で踏み破り、吠える。


「貴様らぁ!」


 兵たちが動きを止め、身を竦ませる。敵意と殺意を混ぜた気合に、兵は身を硬直させることしかできなかった。


 呂布は、目を怒らせたまま、さきほど殴り飛ばした兵に近づく。

 兵は状況が理解できないのだろう。

 壁に背をつけたまま、ただ呂布に剣の鋒を据え、震えていた。

 その気配は、蛇の前の蛙よりも、弱々しく感じられた。


「なぜ斬った」


 呂布の右手が兵の兜を捕らえる。

 ギチリと、金属が軋む音が聞こえる。

兵は声を震わせて、必死に言葉を探し、呟く。


「貴様、何を」


「命令はなかっただろう」


「はっはっは、奴隷を斬るのに命令がいるのか!」


 呂布の後ろで、貴族が腹を抱えていた。

 何がおかしいのだ。

 呂布は理解できずにいた。


「それに、こいつらを斬るのに、理由がいるのか? だったらそうだな。不敬罪だ。貴族と同じ場所にいてしまったという、な」


 貴族の指がレノンに向けられた。

 レノンは歯を食いしばり、必死に上体を拗らせて拘束から抜け出そうとしているが、多少動きがとれるだけで大勢は変わらないようだ。


「畜生、こんな・・・・・!」


「なんだい、こりゃあ・・・! おい、キノン! キノン!!」


 レノンの絞り出す吐露が、地下からの声と重なった。


 ガノンは階段下で横たわる輩を前に、どうすることもできずただその身を揺する。

 冷え切った暗い部屋の中、うつ伏せになるキノンから、赤黒い液体が湖のように広がっていくのを、膝がいやがおうでも感じていた。

 脇に転がる樽をガノンは目端で捉えるが、ワインは漏れ出してすらいない。 


「貴族だから、なんだってやって良いのか! もう、俺らは差し出したぞ、生活の糧も馬もだ。その上兄弟まで奪うのか。俺らが一体何したって言うんだ!」


 床下から聞こえる嗚咽が、レノンの両目に力を入れる。レノンは血走るほどに貴族を睨みつけ、吠えた。

 貴族はレノンを見下した。


「奴隷のような男が、貴族に抵抗したからだ」


 奴隷?


 眉根を寄せ、レノンの緑色の瞳から、光芒が消える。

 レノンは自分は奴隷ではない、と思っていた。奴隷じみた日々の生活かもしれないが、脱走兵とは言え、自由と仲間はあった。

 威張れるほどの生活はしていないが、身を金に変えることはなかったし、貴族や山賊に捕まってことだってなかった。

 

 馬車を狩り、貴族の軍に追われていたときも、復讐心と馬鹿げた政治のツケを払わせるつもりで、後悔はしていなかった。毒にしかならない腐った貴族の下にいて、命を投げ捨てられるよりは、充実した人生だと言い聞かせた。それで、輸送中の馬車を襲う罪悪感を上塗りしていた。

 貴族が戦争に行き、周辺の貴族が祖国の敵になったとき、ガノン達と相談し、馬車を襲うのをやめた。貴族の本格的な武装の兵と馬車を覚悟も装備も無かったし、かといって困窮する王家の馬車を襲うのは、欠片だけ残っていた兵としての国への忠誠心が邪魔をした。

 王家の馬車を襲わないことで、免罪ができる打算が胸に芽生えたのは確かだ。しかし、馬車を襲わなくなったことで生活レベルが落ちても、レノン達はそのなけなしの矜持と免罪の気持ちを胸に耐えた。


 自分たちの矜持が捻じ曲がっている自覚。

 亡国のために命を捨てる覚悟もない半端物であった自覚。

 ただ言い訳のために行動してきた自覚。


 いずれも、恥じることで悔いることだが、それでも必死に生きてきた。


 でも、そんなことは、貴族からすればどうでもいいことなのだ。

 この眼前の男には、レノン達の生きてきた事実も気持ちも、必死にせめて出来ることをやろうとしてきた行いさえも、奴隷と大差ないことだったのだ。

 人間から見れば、蟻もバッタも虫は虫だ。一緒に否定されて、つぶされる程度の話というだけだ。

 顔が上がらない。力が抜けていく。

 抵抗する力も、生きていく力も。

 レノンは、自分の生きる意味を、見失いたくなった。なってしまった。


 それでも。呂布は、声を荒げた。


「奴隷ではない」


「なにを言う。見ろ、自分で分かっているぞ、この爺どもは。自分の矮小さも何もかも!」


「レノン、顔を上げろ」


 呂布は兵を右手で捉え、引きずったまま、貴族へと歩みをすすめる。

 レノンの目は、ぼんやりとその偉丈夫を捉えていた。


「俺は嬉しかった。招かれたことも、他愛ない話も、酒や食事もだ」


「リョフ・・・・・・さん」


「無償の温かみとはありがたいものだな。昔は決して持てなかった気持ちだと思う。俺は今、貴様らに『恩』を感じている。だから、恩を返してやりたい・・・・・・レノン、うつ伏せのままでいろ!」


 吠えた後、呂布はレノンの上に伸し掛っている兵を横殴りにまとめてけり飛ばす。

 さも当然のように兵が壁に叩き込まれ、穴を開けて宵闇へと飛び込んでいった。

 唖然とする貴族を横目に、うなだれるレノンの前で片膝をつく。

 レノンは、光をなくした瞳のまま、呂布を見つめていた。


「俺は、戦う意味はないと、資格はないと思っていたのだが・・・・・」


 目をそらさず、レノンを見据える。

 

「どうやら、友のためならば拳を振るえるらしい」


 呂布が笑う。

不器用な笑みは、不格好ではあったが、自分以外の人のために笑ってみせたのは―――貂蝉以来だったかもしれない、と呂布は思い出していた。


 レノンは呂布の笑みに、涙で応えた。

 英雄に認められたような、感謝の気持ちが胸を占めた。



『貴方様は、本当はお優しい人ですのに』


 麗らかな声が呂布の記憶に蘇る。

 艶やかな髪、窓際で牡丹を見つめた横顔、右手で握る使い古した光沢の横笛。

絵画のように耽美な一枚絵だ。

今度は呂布から自然と笑みがこぼれた。



 息を吸い、整える。

 見ると、右手で引きずっていた兵は、既に口から泡を吹き、絶命していた。自然と込められていた力が、頭蓋を破壊していたらしい。指型に凹んだ甲が、兵の頭にぴったりとはまっている。

 呂布は、兵を放り投げ、貴族ごと屋外に押し出した。


「お、おのれ」


 室外にいたらしい4人程の兵に介抱され、貴族の男が立ち上がる。

 貴族の恨み節が夕闇に吸い込まれた。


「覚悟しろ、貴様」


 甲冑も身につけず、臙脂色の着物のまま、徒手空拳の男がつぶやく。


「今の俺は、強いぞ」


 不敵な笑みを浮かべて、最強が告げた。





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