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海辺の宿で、もう一度 ~大人の隠れ家みつけました~  作者: 月浦


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俺の居場所がなくなった日

6月1日、いつもと同じ時間に出勤した俺は校舎の入口に貼られた張り紙を見て硬直した。


【関係者以外立入禁止】

校舎は現在、債権保全手続中につき立入禁止。


大学を卒業して入社した会社で人間関係が合わず、転職したのが今の会社。

その会社が今日倒産した。


うちの会社は県内に30校舎を展開する地元ではそれなりに有名な塾だ。

仕事が性に合ったのか今年で勤続11年。

今では1校舎を預かる校舎長だ。


俺の校舎はうちの会社の中でも最東端に位置する最も小さな街にある校舎だ。

社員は俺一人であとはみんなアルバイト講師。

つまり身近に相談できる相手がいない。


(どうしよう……)


とにかく、本社に確認しなければ。

俺は携帯を取り出すと本社に電話をかけた。


「お電話ありがとうございます。

当社は現在、事業停止に伴う整理手続きを行っております……」


「………」


そうだ!先輩に電話だ!


「先輩!俺です。吉田です。先輩、見ましたか?」


「ああ、吉田か。お前んとこもか?」


「先輩、これ何なんですか?」


「俺が知るかよ――」

先輩の言葉を遮るように、罵声が聞こえてきた。


「あんた、これってどういうこと!

うちの子、受験生なのよ!

どうしてくれるのよ!」


甲高い女性の怒鳴り声が受話器越しに聞こえてきた。

俺は先輩に何も告げず、急いで電話を切った。


心臓がバクバクいっている。


張り紙を見たとき俺は思った。

どうしよう……と。


その対象は生徒ではなかった。

職を失うことについての「どうしよう……」だったのだ。


でも先輩が保護者から責められているのを聞いて初めて理解した。

生徒にも保護者にも迷惑がかかるのだ。


先輩の校舎は大きなターミナル駅の駅前にある旗艦校だ。

人通りも多いので目立つ。


俺の校舎があるのは、かつて漁業で栄えたものの、今ではすっかり寂れてしまった街だ。

今は昼の13時。駅前と言えど、あまり人通りがない。

シャッターの閉まった魚屋の前を、軽トラックが1台通り過ぎていく。


おそらく生徒も保護者もこの状況に気づいていないだろう。


(どうする?)


このまま校舎の入口で生徒が登校してくるのを待つのか?


いや、合わせる顔がない。


そうだ!校舎の公式アカウントから生徒へメッセージを送ろう!

震える手で公式アカウントを開いた。


でもなんて説明する?

俺だってまったく想定外だったのだ。


結論から言うと、俺は逃げた。


気がつけば、使われなくなった古い漁港まで車を走らせていた。


◇


天然の岩礁の間を縫うように、防波堤が伸びている。

港の中には数隻の小型船外機船が停泊している。


港の入口付近の猫の額ほどのスペースに車を止めて、堤防の先端まで歩いていった。


堤防に腰を下ろし、ぼんやりと海を見ていた。

海を見ていると自然と心が落ち着く、なんてことはなかった。

ただ必死に思考を放棄するために、あちこちに視線を走らせていた。


視線を足元の海面に落としたとき、白く光るものが見えた。

海中を泳ぐ魚が身をくねらせ、その魚体が光を反射した。

目を凝らして海中を見れば、思いのほか多くの魚がいた。


(釣りでもしてみるか)


何かをしていれば、余計なことを考えなくて済みそうだ。


幸い、トランクスペースにはバス釣り用のタックルが入っている。

一時期ハマっていたが、ここ数年はまったく使っていない釣り道具が積みっぱなしになっている。


俺は立ち上がると車に戻った。

途中、堤防の曲がり角には少し大きな岩礁があり、その上に30センチくらいの小さな赤い鳥居が見えた。

陸地側からは岩礁に隠れて見えない位置にあった。


車に戻って道具を確認するとタックルは問題なさそうだ。

ルアーはブラックバス用のものしかないが、まあいいだろう。


釣ることが目的じゃない。


ハードルアーがいくつか入ったケースとタックルだけを持って、堤防へ向かった。


再び曲がり角の岩礁まで来た。

外洋側の堤防の上部によじ登れば岩礁にも渡れそうだ。


高いところが嫌いな俺は、普段ならそんなことはしないのだが、

その時はなぜか岩礁の上に登ってみたくなった。


岩礁の外洋側には、堤防から見えない一段低い岩棚があった。

ここなら完全に周囲から死角になっている。

今の俺にはふさわしい場所のような気がして、そこで釣り始めることにした。


釣果はまったく期待していなかった。

ところが、第一投目から入れ食いだった。


◇


傾いた太陽が赤い光を海面に投げかけていた。

気づけばこんな時間までずっと釣りをしていた。


最初の入れ食い状態は30分ほど続いただろうか。

その後も飽きない程度にスズキとクロダイが釣れ続けた。

今日はクーラーボックスを持っていないから、すべてリリースした。


不思議なことにタモ網が必要になるようなサイズの魚は釣れなかった。


根掛かりしてルアーを失くすこともなかった。


だから完全にやめるタイミングを逃してしまった。


そんな時だった。

足元の海中で何かが光った。

鈍く、くすんだ金色のような光。


魚だとしたらかなりの大物だ。

もし、掛けたとしても、こんなタックルじゃ絶対に釣り上げられないだろう。


それでも何かに誘われるように、重いルアーに変えて足元に落とし込んだ。


着底を確認してから何度かしゃくり上げる。

上層まで巻き上げたらまたフォールさせる。

幾度か繰り返すとモゾッと小さなアタリがあった。

即座に合わせるとフッキングしたようだ。


しっかりと重みを感じる。

しかし、そこまでの大物ではないのだろう。

抵抗は弱く、引きはそれほどでもない。


根魚特有の首を振る引きもない。

青物特有の横に走る引きもない。

根に潜り込もうとするような引きもない。

ただ感じる重量感。


(魚じゃないのかな)


気になって磯際から海中を覗き込んだ瞬間、

竿を持つ手に強烈な引きが伝わった。


視界が傾く。


無防備な俺はバランスを崩して海面へと落下していった。


海面まではわずかな距離、それでも落下する感覚はあった。

思わず伸ばした手が海面に触れた瞬間、落下する感覚が浮遊感に変わった。

重力に逆らうように、俺の身体は水面から磯の上に押し上げられていった。


磯の上に着地する。

平衡感覚を失っていた俺は尻もちをついた。


どれくらいの時間、呆然としていたのだろうか?

心臓の鼓動が落ち着いてきて、ようやく周囲に目が向いた。


「……どこだ?」


俺は防波堤や消波ブロック、小型船などの人工物がまったくない海にいた。


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