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14話:結びつきのかたち


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創造主の身勝手な夏 — 第十四話

結びつきのかたち



部屋の空気は、鉛のように重く静まり返っていた。


紫苑はまだ上体をまともに支えられないまま、荒い息を繰り返していた。確かに生きているという感覚とは別に、胸の奥には、本来そこにあるはずのない冷たく異質な何かが沈んでいる。心臓の鼓動の奥に、まったく別のリズムを刻む脈がもうひとつ重なっているような、奇妙な感覚だった。


息を吸うたび、その見知らぬ感覚が影のようについてくる。不快だった。正体がわからないからこそ、その不快感はさらに濃い嫌悪へ変わっていった。


「……説明しろ」


紫苑の声は低くひび割れていた。視線は窓際の峰へ向いていたが、視界の端には、部屋の隅で縛られたレイの姿が映っていた。紫苑が意識を取り戻すなり本能的に彼を呼ぼうとして、ぴんと張った呪縛に阻まれ、近づくこともできずに止まっていたレイ。


その無力な姿が、紫苑の神経をさらに荒々しく引っかいた。


「何があったのか。なんで俺がここにいるのか。なんでこいつがああやって縛られてるのか」


紫苑は眉間を押し潰すように深く皺を寄せた。


「それから、なんで……」


語尾が力なく流れた。胸の奥から押し寄せてくる異質な感覚が、何度も理性を鈍らせた。

論理的に説明できるわけではない。けれどそれは絶えず神経に触れ、不快だった。


「なんでこんなに気分が最悪なのか」


峰はベランダの窓際に立ったまま、静かな眼差しで紫苑を眺めていた。灰色を薄く帯びたオリーブ色の瞳には、感情の波ひとつ浮かんでいない。


「生かすための処置をしただけです」


紫苑はすぐには答えなかった。

今この状況で怒りを爆発させるべきなのか、安堵の息を吐くべきなのか、それともさらにしつこく問い詰めるべきなのかさえ判断できなかった。


代わりに、沈んだ声で尋ねた。


「それで。その処置ってのは、正確にはなんなんだよ」


峰は急ぐ様子をまったく見せなかった。


「あなたは本来であれば、あの場で絶命していました」


紫苑の顔が、ゆっくりと強張った。


「肉体はすでに限界を越え、人間としての均衡も崩れていました。ですから、別の力で空いた部分を埋めました」


峰の視線が、ゆっくりとレイへ移る。


「正確には、あの子の力で」


峰は少しも揺らがずに続けた。


「その結果、現在のあなたを以前と同じ範疇の人間と定義するのは困難です」


重い静寂が落ちた。

そして峰は、ひどく淡々と最後の楔を打ち込んだ。


「あなたはもう、人類の範疇を逸脱しています」


紫苑の眼差しが冷たく凍りついた。


「……は?」


単なる疑問ではなかった。到底受け入れられないという拒絶であり、その宣告を聞いた瞬間、今まで自分を苛んでいた正体不明の不快感が、ひとつの明確な形に凝り固まっていくようでもあった。


「今、なんてほざいた」


峰は目を逸らさなかった。


「今後、あなたは一般的な人間と同じ速度では老化しない可能性が高い。死もまた、以前と同じようには作用しないかもしれません」


紫苑の全身が石のように固まった。

峰の声は、相変わらず無関心なほど落ち着いていた。


「どこまで変質が進むかは未知数です。ただ明確なのは、あなたが以前と同じ純粋な人間ではないという事実です」


その刹那、紫苑の理性が切れた。


「ふざけんなよ!」


胸の奥が痛むにもかかわらず、声を荒げた。


「誰がそんなもん許したんだよ! 誰が、俺の許可もなしに勝手にそんな運命を決めていいって言った!」


レイの肩が、目に見えてびくりと震えた。


「紫苑、ごめん」


押し殺していた謝罪が、レイの唇からこぼれた。


「ごめん、紫苑。紫苑が死ぬかと思って……」


レイの声は、ひどく震えていた。


「紫苑に死んでほしくなかった。だから……」


彼は縛られた指先を小さく縮めた。


「……本当に、ごめん」


紫苑は顔を向け、レイを睨んだ。レイはなおも呪術的な拘束に縛られたままだった。赤い瞳は揺れていて、縛られた手は少しでも動こうとして、すぐに止まる。顔には、罪悪感があまりにもはっきり浮かんでいた。


その痛ましい表情を見た瞬間、紫苑の心はさらに制御不能に揺れた。理解できなかった。自分がなぜここまで激しい怒りに呑まれているのか、その根を自分でも定義できなかった。肉体が変質したという事実のせいなのか。レイがあんなにも惨めな顔で謝るせいなのか。それとも、先ほどから胸の奥を掻き乱す冷たい違和感のせいなのか。


その感情の糸を、ひとつずつ分けて解くことができなかった。


「は……」


紫苑は奥歯を強く噛んだ。


「今、俺がなんでここまで腹立ってるのかもわかんねえんだけど……。本当に気持ち悪い。自分の体が、自分の体じゃないみたいなんだよ……」


レイは答えず、さらに痛ましいほど顔を歪めた。

そのとき、峰が二人の感情的な対立のあいだへ、乾いた声で割って入った。


「その反応は自然なものです」


紫苑の殺気を帯びた視線が、再び峰へ突き刺さる。

峰は異様なほど平穏だった。


「人間の器の中に、人間のものではない力が注ぎ込まれたのですから。あなたが感じている見慣れない違和感も、拒否反応も、過敏な反応も、すべて異常ではありません」


その客観的な分析は、紫苑を落ち着かせるどころか、さらに深い苛立ちを呼び起こした。


「他人事だと思って、よく喋るな。で、俺は今、正確にはどんな化け物になったわけ?」


「拙速に名前をつける必要はありません。本質的なのは、あなたがもう以前と同じではないという事実です」


紫苑は顔を手で覆おうとして、途中で止めた。指先の感覚さえ、まだ自分の制御下にないように感じたからだ。


長く重い沈黙のあと、紫苑が再び口を開いた。


「そういえば、あんたはいったい何者なんだ」


峰が短く応じた。


「冥渡峰です」


「それは名前だろ」


「冥渡家の後継です。代々、アミタの聖なる意志に仕える血族ですね」


紫苑の眉が、ゆっくりと寄せられていく。


「アミタ?」


「はい」


峰は日常会話のように、あまりにも普通に頷いた。


「全宇宙の秩序を守り、均衡を維持し、壊れたものを縫合する側だと理解していただければ早いかと」


紫苑が短く息を飲む。


「じゃあ、さっき会社に乗り込んできたあの野郎はなんなんだよ」


峰は即座に答えた。


「混沌に触れているものたちです」


はっきりした名前が、空間に落ちた。

紫苑はその言葉を静かに噛みしめる。


「混沌……」


峰が短く頷いた。


「小さくは局地的な災害から、大きくはひとつの宇宙の滅亡まで引き起こします。均衡が崩れた隙間を狙って侵食し、現実を歪め、最終的には存在を喰らう側です」


紫苑は顔をしかめた。


「人の職場まで荒らしに来るあたり、名前負けはしてないな」


峰はその皮肉に反応しなかった。


紫苑はすぐに次の問いを投げる。


「じゃあ、レイはなんなんだ」


部屋の空気が、再び冷え込んだ。

峰の視線がレイに留まる。レイは拘束されたまま、その視線を正面から受け止めていた。


峰は、ひどく淡白な口調で告げた。


「あの子は、ただの異形の存在ではありません。あなた方が思っているより遥かに古く、想像を超えるほど危険な側に近い存在です」


短いが、重みのある説明だった。

紫苑にはその全容を完全に理解することはできなかった。それでも、軽く聞き流せる性質のものではないということだけは、本能的にわかった。


「あの……混沌に触れてる連中よりも、危険ってことか?」


「比較すること自体が失礼なほどに」


紫苑はそれを聞いて、乾いた笑いを漏らした。


「こりゃまた、とんだとばっちりだな」


峰は否定しなかった。

代わりに、今度はさらに直接的な要求を突きつけた。


「いずれにせよ、これからお二人はこの前線から離脱できません」


紫苑の目が細くなる。


「どういう意味だよ」


「今後、お二人には最前線に立っていただきます。混沌の手が届く、あらゆる地点で」


紫苑が鼻で笑った。


「は?」


「この世界を、そしてその境界の向こう側まで崩れないよう支える防壁になるのです」


紫苑は乾いた笑いを吐いた。


「つまり今の話、俺たちに肉の盾になれって言ってんだろ」


峰は少し間を置いてから、肯定した。


「表現はいささか乱暴ですが、本質はそうです」


レイの全身が、かすかに強張った。

縛られたまま沈黙していた彼は、峰の言葉に初めて、目に見えて暗い色を浮かべた。自分という存在そのものが、紫苑に過酷な重荷を背負わせたようで、耐えられないのだろう。


峰は続けた。


「あなた方はもう、最前線です。望むと望まざるとにかかわらず」


紫苑はしばらく、言葉を失っていた。

胸の奥が、冷たく沈んでいく。


その言葉が単なる脅しではないとわかるからこそ、余計に腹が立った。レイは不安に沈んだ目で、紫苑だけを見つめている。今にも謝りながら彼の足元に膝をつきたがっているような、切実な顔だった。


その姿を見るほど、紫苑の内側は複雑にもつれていった。


そのとき、峰が沈黙を破って提案した。


「こちら側に合流してください」


紫苑は即座に反発した。


「断ったらどうなる」


峰は今度、きわめて緩やかな速度で答えた。


「推奨しない選択です」


短い間。


「ただし拒否なさるのであれば、お二人とも自我を剥奪したうえで前線へ投入する方式も検討できます」


部屋の空気が、急激に冷えた。

レイも息を呑む。


紫苑は歯を食いしばり、峰を睨みつけた。


「今のを交渉って言ってんのか」


「いいえ」


峰は平然と答えた。


「通告に近いと考えるべきでしょう」


その返答は、むしろ呆れるほどだった。

紫苑は片手で顔を覆い、それからゆっくり手を離した。言い返す言葉を探したが、体のほうが先に現実を理解していた。


胸の奥を漂う冷たい波。

レイと目が合うときだけ、ほんのわずかに静まる、この見知らぬ違和感。


すでにこの輪から逃げられないのだと、肉体のほうが先に受け入れていた。


結局、紫苑は長く荒い息を吐いた。


「……とりあえず」


声は低く濁っていた。


「とりあえずは聞く」


レイの肩が、ごくわずかに緩んだ。

紫苑はすぐに付け加える。


「でも勘違いすんなよ。好きで応じるわけじゃないからな」


「好んでいただく必要まではありません」


峰の声は、相変わらず平穏だった。


「今はその程度の受容で十分です」


紫苑はそれ以上、言い返さなかった。

そんな気力も余裕も尽きていた。


長い静寂のあと、紫苑がまた低く尋ねる。


「それで。これから具体的に、何をどうすればいいんだ」


峰はしばらく間を置いた。

そして、あまりにも落ち着いた顔で口を開く。


「今日中に履行していただく課題がひとつあります」


紫苑の眉間が険しく寄った。


「……なんだよ」


峰が説明を始める。


「現在、あなたの体内にはあの子の力が注入されています。ですが、まだ安定して定着した状態ではありません。このまま放置すれば、肉体も、精神も、そして二人のあいだの結び目も、耐えられない可能性が高い」


紫苑の表情が、ゆっくりと歪んだ。


「つまり、それを防ぐにはどうすればいいんだよ」


峰はまるで機械的な手順書の最終項目を読み上げるように、ひどく乾いた顔で言った。


「正確な名称は別にありますが、こちらの世界の言葉に訳すなら……」


短い静寂が流れた。

レイと紫苑の視線が、同時に峰へ集まる。


そして峰は、ひどく明瞭な発音で宣言した。


「お二人には、性交していただきます」


部屋の空気が止まった。


紫苑の唇が、ひどくゆっくりと開く。


「……は?」


レイもまた、その場で固まっていた。



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読んでくださってありがとうございます。

次回は毎週水曜日、18時頃に更新予定です。

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