第五話:透明人間の逆襲
三年前、鈴木をゴミのように使い捨てた物流倉庫。その現場責任者である佐藤は、今も変わらず派遣社員たちを罵倒していた。
「おい、手が止まってるぞ! 代わりはいくらでもいるんだ。嫌なら今すぐ辞めろ!」
佐藤の怒鳴り声が、埃っぽい倉庫内に響く。だが、そのすぐ背後。わずか五十センチの距離に、鈴木が立っていることに佐藤は全く気づかない。
それは、異世界へ召喚された際に発現した固有スキル――『気配遮断』。
鈴木は無言で、自ら立ち上げた動画配信サイトのアカウントを起動した。
ユーザー名は、『氷河期男』。
配信が開始された瞬間、鈴木は佐藤の真横に張り付き、その醜悪な「本性」を至近距離で映し出し始めた。
「佐藤さん、また派遣の子が倒れました! 熱中症です!」
駆け寄ってきた若手社員に、佐藤は面倒そうに吐き捨てた。
「放っておけ。どうせ替えの効く消耗品だ。救急車なんて呼んだら稼働が止まるだろ? 適当に裏のコンテナに転がしておけ。動けなくなったのは本人の体調管理不足、つまり『自己責任』だ」
その声が、リアルタイムでネットの海へ流れていく。
何も知らない佐藤は、さらに鼻で笑いながら、部下に指示を飛ばす。
「……いいか。派遣会社には『自己都合で早退した』とでも報告しとけ。俺たちの仕事は、上の連中に言われた数字を合わせるのが最優先だ。下っ端の命なんてのはな、帳尻を合わせるための消耗品なんだよ。バレなきゃ存在しないのと同じだ」
その時、佐藤のポケットの中でスマートフォンが狂ったように鳴り始めた。
「……あァ? なんだ、うるせえな……」
佐藤は不審そうに端末を取り出し、電話に出た。
「はい、佐藤です、どうしました?」
『――君はなんてことを! いいから今すぐ動画サイトを見てみろ!』
電話の向こうの悲鳴に近い声に、佐藤は訝しみながらも送られてきたURLを開いた。
そこに映し出されたのは、今まさにスマホを覗き込んでいる自分自身の顔。
そして、画面を埋め尽くす怒濤の罵詈雑言。
「な、何だよこれ……っ! いったいどこから……!」
佐藤が絶望の表情を浮かべたその瞬間、鈴木は配信を終了させた。
――スゥッ。
さっきまで「存在しないはずの空間」から、突如として一人の男が物質化するように現れた。
「ひっ……!? 誰だ、お前……!」
恐怖に顔を歪ませる佐藤に、鈴木は冷徹な眼差しで言い放った。
「俺の顔を忘れたか?」
だが、佐藤の瞳に映るのは困惑と、得体の知れない存在への恐怖だけだった。三年前、使い捨てた一人の男の顔など、彼の記憶の片隅にも残っていない。
佐藤はパニックに陥り、手近な鉄パイプを掴んで鈴木に殴りかかった。
――ガキィンッ!
鈍い音とともに、鉄パイプが鈴木の首筋で止まる。鈴木は微動だにせず、鉄パイプを素手で掴み取った。
「謝罪はいらない。……あんたがこれから味わう社会的抹殺、キャリアの崩壊、そして世間からの冷笑。……それも全部、あんたが大好きな『自己責任』だろ?」
鈴木は、もはや恐怖で腰を抜かした佐藤を一瞥もせず、夜の闇へと消えた。




