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氷河期世代の勇者  作者: 正宗


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第2話:異世界からの派遣者

アステリアと名乗ったその美女に手を引かれ、鈴木は夢見心地で立ち上がった。


泥水に濡れた作業服からは汚い水が滴り、滑らかな大理石を汚していく。だが彼女はそれを気にする素振りも見せず、慈愛に満ちた微笑みを浮かべたまま、重厚な扉の先へと鈴木を導いた。


扉が開かれた先は、目も眩むような大広間だった。

豪奢なシャンデリアの下、整列して跪く兵士たち。そして正面の玉座には王が座っていた。


「陛下、連れて参りました。異界の勇者、大介様にございます」


「ようこそ。我らが最後の希望、勇者よ」


王が重々しく口を開くが、その視線は鈴木を人間として見ているようには思えなかった。品定めするような、冷徹な目。


「早速だが、その水晶に触れてみなさい」


促されるまま鈴木が水晶に手を触れると、空中に光の文字が投影された。

鈴木のステータスが、空中に光の文字で投影される。


鈴木大介(48歳)

レベル1

異世界からの派遣者

【スキル】

• 『苦痛耐性』

• 『不眠不休』

• 『気配遮断』


それを見た周囲の貴族たちが、露骨に失笑を漏らした。


「異世界からの派遣者‥。不眠不休に苦痛耐性……要するに、ただのタフなだけの枯れ木ではないか」


「48歳‥?私よりも年上ではないか」


鈴木は拳を握りしめた。

ここでも同じか。年齢を理由に嘲笑われ、スペックという名の物差しで価値を決められる。


だが、隣に立つアステリアだけが、鈴木の耳元で甘く囁いた。


「気になさらないでください、勇者様。あなたのその力こそ、この国を救う唯一の鍵なのです。私は信じていますわ……魔王を倒した暁には、あなたをこの国の英雄として迎え、安住の地を約束しましょう」


安住の地。

四半世紀の間、一度も得られなかったその言葉に、鈴木の心は震えた。


「……本当、ですか?」


「ええ。私に嘘はございません」


アステリアは慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、鈴木の泥で汚れた手の甲に、誓いの口づけを落とした。



過酷な訓練期間を終え、召喚から3ヶ月が経過した。


前線の野営地。鈴木の姿は、もはや3ヶ月前の冴えない中年男のそれではない。頬は削げ、眼窩は落ち窪んでいるが、その動きに淀みはなかった。


『苦痛耐性』が筋肉の断裂を無視させ、『不眠不休』が精神の摩耗を強制的に繋ぎ止めている。現代日本での26年間、理不尽な環境に「自分を消して適応する」ことで生き延びてきた鈴木にとって、この異常な生活は、皮肉にも慣れ親しんだ「日常」の延長線上だった。

それが異世界の環境と結びつき、鈴木は常人には不可能な速度で実戦技術を吸収していった。


だが周囲の兵士たちにとって、鈴木は敬うべき対象ではなく、便利な「高耐久ユニット」に過ぎなかった。


「あ、『勇者様』。ちょうど良かったです。前方の索敵、もう一回行ってきていただけますか? 勇者様は寝なくていいスキルなんですよね。私たちはもう限界で」


兵士が、形式ばかりの敬語を使いながら、どこか馬鹿にしたような笑みを浮かべて言った。

「勇者様」という敬称には、隠しきれない嘲笑と嫌味が混じっている。自分たちがやりたがらない泥臭い仕事を、当然のように押し付けてくる。


「……わかりました。行って参ります」

感情を排した、静かな声。

かつての日本での仕事もそうだった。丁寧な言葉遣いで、一番重い仕事を割り振られる。「勇者」と呼ばれようが「派遣」と呼ばれようが、自分に課せられる役割が変わらないことを、鈴木は痛いほど理解していた



ある日の深夜、全員が寝静まった極寒のキャンプ地で、鈴木が一人、剣を振っていた時のことだ。


「――あまり根を詰めすぎては、毒ですわよ。大介様」


振り返ると、そこには護衛も連れず、厚手のケープを羽織ったアステリアが立っていた。彼女が自ら淹れた湯気の立つ温かい飲み物を、鈴木のかじかんだ両手にそっと握らせた。


「アステリア様……どうして、こんな場所に……」


「あなたのことが心配で、居ても立ってもいられなかったのです。……あの方たちは、あなたの真の価値を分かっていない。私だけは、あなたがどれほど無理をしているか知っていますわ」


その温もりは、鈴木にとって、心臓が溶け出すような救いだった。アステリアは去り際、鈴木の手を握りに微かな声で囁いた。


「……私を一人にしないで。あなたが、私の唯一の勇者なのですから」


その言葉に、全身を雷に打たれたような衝撃が走った。

(‥‥唯一。俺だけしか)


天幕へ戻るアステリアの背中を、鈴木は拝むように見送った。彼女が背を向けた瞬間、その瞳が無機質な色に変わったことにも気づかずに。


「ふふ……本当に扱いやすい」


鈴木は、彼女のその冷酷な計算を「愛」だと信じ込んだまま、翌朝も、誰よりも早く血の流れる前線へと駆け出していくのだった。

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