猫の獣人
「うう……捕まっちゃったにゃ……ごめんなさいにゃあー……」
褐色の毛並みをした猫の獣人は、ピラミッドの方を向いて空に向かって謝っている。おそらく彼女にも上司みたいな人がいるのだろう。
彼女はこの地域の守りを任されていたのだろうか? それ以外にもいろいろ聞きたいことがあるので、いったん結界外に出てから聞けることを聞いていこう。ここに留まるとピラミッドからの援軍が来る可能性があるしね。
「えーと、それじゃあ俺たちについてきてくれるかな?」
「わ、分かったにゃ……痛っ……」
「おっと」
猫の獣人がバランスを崩して転びそうになったところを咄嗟に受け止める。バランスを崩すということは……足を負傷しているのだろうか?
「もしかして、どこかをケガしました?」
「あの魔法を避けようとして、急いで横穴に飛び込もうとして足を挫いちゃったにゃ……情けないにゃあ」
「それなら……どうぞ」
俺は猫の獣人の前にしゃがみ込み、おんぶをして行くことを提案する。ポーションで回復してもいいのだが、それだと逃げられる可能性が残ってしまうからね。
「う、うーっ……」
「あ、もしかして男に触られるのが嫌でした? それなら他の誰かに……」
「そ、そういうのじゃないにゃ……。それじゃあお願いするにゃ」
猫の獣人は俺の背中に身体を預ける。……最初に渋ってたのはなんだったんだろうか。
「それではしっかりつかまっていてくださいね」
「……ところで聞きたいんだけどにゃ……」
「俺に答えられるものでよければ」
「もし、ここでにゃーが首を絞めたらどうするつもりだったんにゃ?」
「あー……確かにそこまでは考えてなかったですね、ははは……。まあ、そうなったら他の誰かが連れて行くでしょうね」
「笑いごとじゃにゃいと思うにゃ。変な人間にゃ……」
「よく言われます」
「……そういうものなのかにゃ……」
それからは他愛ない話をしながら、俺たちは結界の外を目指していく。
すると……。
「あれ……? 結界……黒いモヤのようなものが消えていく……?」
「にゃ……! にゃーの結界が壊されちゃったにゃ……?」
「あ、この結界を作ってたのはあなただったんですか?」
「あっ……」
しまった、と言わんばかりに猫の獣人は俺の背中に顔を埋める。顔は見えないけど、恥ずかしがってそうだ。
まあ、これでマーメイドの混乱の歌が有効になるし、もし敵が復活しても攻略が楽になるだろう。
そして、しばらくして俺たちは拠点まで戻ってきた。
後方支援組が数パーティーほど残っており、その人たちは俺が背負っている猫の獣人に興味津々だ。
「アトラスさん、椅子は出せますか?」
「おう、大丈夫だ」
「それでは……えーと、猫の獣人さん、降りられますか?」
「……にゃーはバステトって言う種族にゃ」
「ええと……それではバステトさん、椅子の方に座って頂けますか? アテナさん、バステトさんの足が痛むかもしれないので、補助をお願いできますか?」
「分かりました!」
「にゃっ! な、なんか悪寒がするにゃ……」
アテナさん、この人を見た時からずっと興奮気味だったからなあ……。その熱意というか何というかが伝わってしまったのだろう。
とりあえず、アテナさんに手助けされながらバステトさんは椅子に座ってくれた。
「……なんか、座り心地がいいにゃ」
「おー、そう言ってもらえると作った甲斐があるってもんだぜ。座布団も作ったからな」
「ざぶとん? 初めて聞くにゃー」
「ほー、結界を作る凄いアイテムを造れるのに、座布団は知らないんだな。気持ちいいだろ?」
「確かにフカフカで気持ちいいにゃ……人間ってこういうものを作ってるにゃ?」
「俺たちは生産職だからな。椅子や座布団なんかの生活用品だけでなく、杖やら剣やらの武器も造ってるぜ」
「でも、結界を生み出すアイテムは作れないので、バステトさんは凄いですね」
「とーぜんにゃ!」
バステトさんがえっへんと胸を張る。実際に凄いので俺も作り方を知りたいところだ。
……とまあ、その前に。
「いろいろと聞きたいことはありますが、まずはこれをどうぞ」
「……ポーションにゃ?」
「足がいつまでも痛いのは嫌でしょう?」
「……にゃーが逃げるとは思わないにゃ?」
「さすがにこの状況では無理でしょう。それに、逃げたら逃げたでまたあの魔法を……」
「ひっ! そ、それは嫌にゃ……じょ、冗談だから怒らないで欲しいにゃ……」
クールタイムは1日なので本当に撃てるわけではないけど……釘を刺すには充分だな。
本当は威圧的なことはしたくないけど……一応、俺含めたプレイヤーの敵という扱いではあるんだよね。
「それでは、ポーションを飲んで傷を癒やしてください。その間に俺たちも準備しますので」
「……準備? なんか分かんないけど、とりあえず飲んでおくにゃ」
俺たちだけだと彼女への質問が多く思い浮かばない可能性があるから、リアルタイム配信で質問したいことを募集してみることにした。
まあ、変な質問はスルースキルでスルーするけど。
「にゃ! こ、これは……」
「もしかして、お口に合いませんでしたか?」
「違うにゃ! ポーションなのに美味しいにゃ……どういうことにゃ……?」
「あー……」
ちょっと多めに回復してもらおうと思ってミックスポーションを渡したのだが、素材にフェアリーシロップが含まれているから甘いのだろうか? なんで疑問形かって? HPもMPもどっちも減ってる機会がなくて使えなかったからだよ。本当に説明文の通りに倉庫番になっていたのだ。
『甘いもの飲んで喜んでるのかわいいな』
『そもそも猫ちゃんはかわいい。みんな知ってるね』
『もふもふしたい』
『俺もミックスポーションは作ったことあるけど、説明文通りに倉庫番してるなあ。喜んでもらえるなら俺のも差し上げたい』
あ、仲間がいた。
っていうかリアルタイム配信始まってるの忘れてた。質問していかないと。でも、その前に疑問には答えておかないと。
「それはフェアリーシロップという、甘い素材をもとに作ってるからですね。……さて、いくつか質問したいのですが、よろしいでしょうか?」
「うー……まあ、いろいろしてもらったから、少しぐらいならいいにゃ」
「分かりました、それでは……」
ここでいきなりピラミッド内部の戦力は? と聞いても答えてはくれないだろう。さすがに味方を売るのはね……。
それなら、こちらにも利益が出つつ、彼女なら答えられる可能性があるものは……。
「あの『状態異常を無効化する結界を出すアイテム』の作り方を教えていただけませんか?」
「……へ?」
おそらく、彼女も戦力のことなどを聞かれるものだと考えていたのだろう。思わぬ伏兵に素っ頓狂な声を出してしまう。
「え、ええと……にゃーたちの戦力とかでなく、結界なのにゃ?」
「はい、とても気になるので」
「……本当に変な人間にゃ」
『おいおい、一人称にゃーとかあざとくないか?』
『あざとい、実にあざとい』
『だがそれがいい』
『敵戦力とかでなく、アイテムに関しての質問が初手とか、実に生産職のたらしさんらしい』
なんかコメント欄が盛り上がってるなあ。あとたらしさん言うな。
「んー……まあ、それぐらいならいいにゃ。あのアイテムは──」
バステトさんが言うには、岩石砂漠で掘り出される鉱石の中に特殊な鉱石があるらしく、その鉱石には特定の魔法やスキルを弾くという性質を持つものがあるとか。
攻撃魔法を弾くものもあれば、補助魔法を弾くものもある。今回バステトさんが使ったものは『状態異常魔法やスキルを弾く鉱石』だ。
鉱石に魔力を注入すると同心円状に鉱石の性質が広がり、結界のような感じで効果が発揮されるようになっており、それが黒いモヤに見えるものだったのだ。
「なるほど、さまざまな鉱石があるんですね」
「でも、どこでその鉱石が採れるかは教えられないにゃ」
「いえ、充分です。ありがとうございます」
『聞いたか?』
『みんな、ツルハシは持ったな! 行くぞォ!』
教えてくれないなら探す。人海戦術で。
幸い岩石砂漠らしき場所は数か所発見されており、そこで採れるなら俺たちにも結界が使えるようになるわけで……これは今後の攻略の役に立ちそうだ。鉱石が見つかれば、だが。
「それにしても不思議ですね」
「何がにゃ?」
「いえ、状態異常魔法やスキルを無効化するはずなのに、モンスターたちが誰かに操られているような状態異常に陥っていたのが不思議に思えてですね」
「……それは言えないにゃ」
「まあ、それに関しては誰かが鉱石を回収してくれば──」
「うおおおおお! みんな、結界を張っていたアイテムを見つけたぞー!」
あ、ちょうどいいところに。
俺は鉱石を回収したパーティーに使い方を説明し、調査を依頼した。
その結果、『結界内での状態異常魔法やスキルは無効化されるけど、既にかかっている状態異常は完治しない』ということが判明する。なるほど、それならモンスターたちが操られたままなのも納得か。
そして、一回の発動でMPが100消費されることも分かった。かなりの規模の割に消費が結構お安いが、自分だけではなく相手も状態異常にならいのが玉に瑕と言ったところか。
その後も俺たちは砂漠に関しての質問をバステトさんに投げかけていくのだが……。
ぐぅ。
……と、突然誰かのお腹の虫が鳴る。
俺たちは顔を見合わせるが、ゲーム内ではそういう音は出ないはず。
ということは……。
「うっ……そ、そうにゃ。にゃーにゃ……」
そう、犯人はバステトさん。確かにこの世界の人だから、お腹が減るのも仕方がない。
「コウさん、私はパンを持ってます。コウさんは?」
「アテナさんのパンに合わせてフェアリーシロップを提供しましょうか」
「おれは焼き鳥なら持ってるが……甘いものに味が濃いものって……まあいいか」
「それなら僕はウィンに水を出してもらいましょう。木のコップも造りますね」
他の人たちもバステトさんに次々と食べ物を分け与え、いつの間にやらテーブルは食べ物でいっぱいだ。
「え、ええと……食べてもいいのにゃ?」
「もちろんです。毒は入ってませんので安心して食べてください」
「そ、それじゃあいただくにゃ……」
バステトさんはかなりお腹が減っていたのか、テーブル上の食べ物をどんどん平らげていく。
結構細身なのに、どこにそんなに入るんだろうか。
『すげえ美味しそうに食べるな……俺も腹減ってきた……』
『いい喰いっぷりだ。フードファイターになれるぞ』
『ちょっとフリーマーケットで食べ歩きしてくる!』
……うん、俺も若干お腹が空いてきた気がする。あとで俺もフリーマーケット行こうかな……。
「美味しかったにゃ! 特にフェアリーシロップ? ってやつが甘くてすごかったにゃ!」
「喜んで頂けたなら何よりです」
「……人間って、こういうのをいつも食べてるにゃ?」
「そうですね、他にもいろいろな食べ物がありますよ」
「ふーん…………それなら、にゃーはコウたちに力を貸すにゃ」
「……え?」
なんで? 急に力を貸す宣言なんで!?
「ここにおとなしく連行されてる時点で裏切ったと思われてるかもしれにゃいし……だから……責任、取って欲しいにゃあ……?」
「……分かりました。それではバステトさん、これからよろしくお願いします」
『おい、またたらしさんがたらしたぞ』
『あ、憧れのたらしさんの生たらし見ちゃった……』
『たらしというか餌付けというか……寄り添う感じがいいのかなあ』
こうして、俺たちはバステトさんを新たなNPCとして仲間に迎え入れたのだった。
ただし、古巣である砂漠のモンスターたちとは戦いたくないため、活躍の場は砂漠以外、ということになるかな……。




