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星の守り人  作者: quo


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167/169

赤と沈黙 夜の鷹

ナギルナの夜風が空を駆けている。

夜の蒼天に瞬く星は幾千幾万。だが、人の明かりは壁に遮られ見ることはできない。


セフィルは客室の窓辺に腰掛けると、眼下の庭園を見つめる。

そこには小さな緑の楽園がある。それは、外から来た者の為に用意された楽園。彼はそれをじっと見つめると、飽きたと言って部屋を出ようとした。


だが、ドアノブを回そうとしても動かない。もう一度と試みようとしたとき、扉の向こうから女の声が聞こえた。


「何か御用で?」


セフィルは何でもないと言って長椅子に腰かける。目の前には用意されたローブがある。はるか北方に住む、長毛の狐の毛皮のローブ。彼は蝋燭の火を消すと、それを羽織ってベッドに身を投げた。沈むほど柔らかなベッド。目を閉じ、ゆっくりと息をする。


眠れない。


寝返りを打つ。ふと、冷気が頬を撫でる。締め忘れた窓から風が入り込んでいる。うっすらと目を開け、窓を閉めようかと考えていると、暗い天井から何かがこちらをみている。それは獅子。若く猛々しい獅子がセフィルを見下ろしている。セフィルはローブを頭まで被ると、窓をそのままに、朝まで覚醒とまどろみの境界を行き来した。


***


ハーリドは地上から空を見上げている。

灯篭の明かりは生い茂る緑樹の葉を照らし、流れる浅い川に月を幾多も作っている。

彼は遠くに控える女官に、灯篭の明かりを消せと言った。困惑する女官は、恐る恐る「出来ない」と言った。


ハーリドが客間から出ようとしたとき、回らないはずのドアノブを回し、有無を言わさず扉を開いた。唖然とする女官が衛兵を呼ぼうとしたが、ハーリドの一睨みで身の危険を感じた。彼女は仕方なく、ハーリドの牙の届かない程度に彼を追っただけだった。彼女の仕事は監視。しかし、今はハーリドの小間使いになろうとしている。


ならば、出来る者を呼べ。ハーリドの唸り声に、その女官は女官頭の元へ走った。


ハーリドは一人になると、石に腰かけ水面に移る灯篭の月をみる。その中に一際薄く光る月がある。それは水面にあって揺れることは無い。彼はそれをじっと見つめる。いつも眉間に蓄えている皺は散り、目は人のそれになり、ため息をついた。


灯篭の月の揺らめきがとまる。


彼が静かに息を整えようとしたとき、女官が走って現れた。彼女はもうすぐ雑役が来ると伝えるが、ハーリドは無言で女官を置いて庭園を立ち去った。どうしていいか分からない女官は、またハーリドを追うが、ハーリドは急に立ち止まった。暫しの沈黙の後、彼はセフィルの部屋がどこか聞いた。女官が「分からない」というと、ハーリドはまた歩き始めた。そして、闇に聞に消えてゆく。女官は振り返り、城の来客塔を見上げる。そこには、ほんのりと明かりがついた窓がある。女官はその明かりが消えるのをみると、またハーリドを追った。


***


月夜の道を炎が駆ける。

炎は火の粉を舞い散らせながら風を斬る。


ロマーナたちが乗る馬車は傭兵たちが囲み、御者も傭兵になり替わっている。アレタは単騎、次の街に先行している。後方にはアレグレンとアラン。最後尾にはオルトスが駆けている。


セフィルが飛び出てから、ロマーナたちはナスリード国に急いだ。セフィルがハーリドよりも早く入城したことを信じて。威厳を振りまく御者は、疾風を纏う傭兵に変わった。献上品を積んだ馬車の群れは切り離され、策略が先を行く。



先に入城したハーリドがセフィルを排する。



蛮行と言えるがマグナリードは『義』という言葉が好きだ。「それも良し」と考えるかもしれない。ソルジエが、その可能性があるというとロマーナは頷いた。その瞬間、動いたのはアレタだった。彼女は馬車の窓を開ける。その目を見た傭兵は馬を離れ、仲間の馬に飛び乗る。馬は彼女を振り落すことなく、歓喜の嘶きと共に風になる。



「いい女じゃないか。俺の国の女とそっくりだ」



オルトスはそういうと、傍に置きたいと言う。ソルジエは頭を抱え、アレグレンは「恋する女の姿は美しい」と呟き、ロマーナはまるで孫を見るような目で彼女を見送った。そんな隊列の中、アランだけが空を見上げていた。『迷い』を探すように。


小休止をとりながら、泊地の街を通り抜ける。先行するアレタが街の衛兵に話をつけていたので彼らの貴重な時間を削られることは無かった。彼女をほめたたえるロマーナに、恐縮するソルジエだが、目は常に馬車の外を見ていた。馬車を奇異の目でみる群衆のなかに、違う目をした者がいる。彼は、その者達の顔を『地下の者達』のリストと照合していた。


***


ナスリード国。日が暮れて、明日になる準備が空で行われようとしているにもかかわらず、城下町はかがり火で浮き上がり、衛兵が掲げた剣は、満ちた月明りで城への道を照らしている。城門に達する。そこに立つのは二人の男。ビロードのマントを身に纏い、腕をいっぱいに広げ、抱擁しようと待ち構えている。もう一人の男は褐色の肌の青年。ビロード男の傍らに立っている。ロマーナが馬車を降りると、マントの男は歩み寄り熱く抱擁した。



「嗚呼、わが師のご友人にして、このナギルナの地を、そして人々をつなぐ要。ロマーナ翁よ。お会い出来て光栄です」


大仰な口ぶりにオルトスが顔をしかめて、早く飯と寝床をと要求すると、マグナリードは大きくため息をついた。そして、マグナリードの言葉が威厳を放つ。


「武の者は城の中の者で十分」


オルトスの顔が紅潮していく。マグナリードはアレグレンにも、商人はあふれるほどいると言った。彼は何も言わずにニヒルに笑う。城に入ることが出来るのは、あくまでも紹介を受けたロマーナと交渉を行うソルジエだけ。


王の言葉。それに抗い、オルトスはロマーナの護衛だというが、マグナリードはナスリード国の兵の精強ぶりを謳う。それどころか「治安が乱れる」と、部下達と一緒に城下町から出て行けという。意外だったのはアランが身をひるがえし「寝床を探す」と言って、道を引き返したことだ。彼の背中には月明かりが映っているだけだ。マグナリードはアランを目で追うが、オルトスとアレグレンが、アランを彼の視線から隠すように、共にその場を後にした。


マグナリードは沈黙していたが、あきれ顔のロマーナに、食事の準備は済ませてあると言い、城門をくぐろうとする。しかし、視界の端に立ち尽くしている女がいるのに気付く。アレタだった。


「彼女はソルジエさんの秘書兼書記。一緒に入城するのがいいでしょう」


置いていくつもりだったソルジエは、アレタに手招きをする。マグナリードは何も言わずにロマーナに、あれやこれやと話を始めた。ソルジエの後につくアレタは、セフィルに目を向けるが、目が合うとすぐに目をそらした。彼女のセフィルと同じ褐色の肌に赤みがさす。


城門が閉じる。重い音を立てながら、軋む音と共に。アレタは出来るだけセフィルを見ないようにしていたが、城門が閉まる直前、外に一羽の鳥を見た。大樹の枝にとまる鳥。かがり火に一瞬だけ現れたが、閉門と共にそれは溶けるように消えていった。


目が合った?


閉じた城門を見つめるアレタに、ソルジエは不機嫌そうに「ぼやぼやするな」と言った。彼女は気のせいだと思いながら、先を行くソルジエを追った。



城の大食堂。来賓のためだけに作られた。蝋燭は数多。天井から吊るされたガラスは、部屋を輝きで満たしている。飾られている絵皿は、多くの国々の意匠で彩られ、中には聖王国の物も飾られている。


テーブルに並ぶ食事は肉料理に野菜のスープ。肉からは汁が流れ、香草と焼かれた魚は薫り高く、色とりどりの果物は宝石のように輝いている。計画された道程で入城していれば、その輝きと匂いに酔いしれるところだろうが、疲れた彼らにとっては、さらに疲れを増す光景でしかなかった。それに舌鼓を打つのはセフィルだけだ。皆は無言でスープと少しの果実を口に運ぶだけだった。マグナリードはその光景に顔をしかめる。彼は女官に酒を注がせ、飲み干し、また注がせるのを繰り返している。


「会食とは、食事をとりながら互いに打ち解け、理解し合い、問題解決をする場ではないのかね」


その言葉に、ソルジエはナイフを肉に突き立て、切ってそのまま口に運んだ。盃にある酒を一気に飲み干し、果物を頬張る。


「これは不味い。非常にまずい食事だ。このような食事。このような時間。休むことなく馬車に乗り続けた体は、未だ揺れている。我々が美味とするのは休息だと申し上げたい」


スープはすでに冷め、野菜は固くなって沈んでいる。


マグナリードは盃を置くと「なるほど。これがセルドガの外交か」と言って大きく笑った。


「ハーリド皇子の軍は遅れている。だが、着くのは明日の朝かもしれない。皇子は決断し、軍の到着を待たずに、一対一での会談を望むかもしれん。それでも、美味とは言わんのか」


ソルジエは空いた盃に、酒を注ごうとする女官を制する。


「それも駆け引き。王よ。明日からの喜悲劇をお楽しみください」


そして、席を立つ。女官はやうやうしく頭を垂れると、彼を来賓室へ案内した。それに急いで続くアレタ。残ったのはロマーナと、相変わらず食べるのをやめないセフィル。マグナリードは天井を仰ぎ見ると「喜悲劇か」と呟いた。


「そんなに楽しくないですよ」


腹を満たしたセフィルは、女官にワインを頼んだ。ロマーナも同じものをと頼んだ。静かな大食堂。大時計が『次の日』を告げる。マグナリードはその鐘の音に耳を澄まし、鳴り終わった後も、その余韻に酔いしれている。


「食事を下げよ。そして、私にもワインを」


三人のグラスにワインが注がれる。触れれば割れそうな薄いグラスに、深い赤のワイン。蝋燭の灯りにかざしても、深みを変えない。


「融和に」


ロマーナが言う。


「義に」


マグナリードが言う。


セフィルは何も言わず、ただ、ワインの赤を見つめるだけだった。



ソルジエの来賓室。簡素で調度品はないが、絨毯とベッドは身が沈むほどで、ナギルナ地方のものではないことが分かる。ソルジエは椅子に座り、眉間に皺を寄せている。その目の前に、所在なさげに立っているのはアレタ。彼女はソルジエの振る舞いを責めるが、ソルジエは口を慎めと一喝する。上司と気の強い部下の会話。しかし、彼女の指は小さいが複雑な動きをしている。それが、止まるとソルジエはアレタを追い出した。アレタが部屋を出て行くとき、見たのは、鞄から取り出した紙をテーブルに広げるソルジエだった。


アレタが部屋を出ると、女官が鍵をかけた。そして、アレタを彼女の部屋に案内する。女官の後について行く。アレタは深呼吸すると、思いっきり体を伸ばす。


「馬鹿上司から離れられてよかった。ねえ、中庭が見えたの。綺麗ね。散歩していい?」


女官は困った顔で沈黙していたが、アレタが『外交特権』というと、「少しだけ」と言って中庭へ案内すると言った。彼女は喜んだが、下級とはいえそれなりの訓練を受けた諜報員だ。アレタは背中に突き刺さる獣の視線を感じながら、笑みを保つのに精いっぱいだった。



同刻。男達が焚火を囲んでいる。

森の木々の間から月の光が降り注ぎ、焚火の灯りは小さくとも顔色をうかがうのに十分。煙は肉厚な木々の葉が、空に登る前に散らしている。


オルトスは、狩ってきた兎の肉を腹に収め、アレグレンは携行食を口に運び、アランは焚火の火を見つめている。オルトスは付き合うことは無かったと言ったが、アレグレンは、献上品と共に城下町から城へ登城したいと言い、アランはベッドは性に合わないと言った。


静かな森の中、三人は何も言わずに焚火を見ている。アランが顔を上げると、火の揺らめきと共に闇夜が揺らめいている。それは、少しずつ大きくなる。


薪がはぜる。


アランは目を見開き(つぶて)を闇の中へ弾く。礫は小枝を折り、大樹の皮を抉り、闇へ消えていった。

風が吹き、騒めきと共に葉が揺れる。そして、月の明かりが漏れ出て闇を照らす。そこに立つのは一人の戦士。満身創痍。しかし、獅子の眷属の威を体中に纏っている。


「その鎧。売ってくれないか」


アレグレンが目を閉じ、幾らで買い取れるか考える。


「気に食わん。何故、抜かん」


オルトスは抜いた剣を収めない。


戦士は三人に言う。「鷹はどこだ」と。アレグレンとオルトスは動かない。しかし、アランは夜空を見上げる。空には鳥が弧を描いて舞っている。


「見ている。迷っているだけだ」


その言葉を聞いて、戦士は「一人。明日の昼だ」と言った。そうして、闇の中に消えた。オルトスは剣を収めた。


「早いな。中の連中に知らせた方がいい」


アレグレンは『鷹』とやらが知らせるだろうと言った。そして、ハーリドの『参謀』は予告通りに着くだろうが、””物””と、それを扱う者は、さらに時間がかかるはず。そう言うと、早々に横になった。


「よう。アランよ。『鷹』は夜に飛ぶもんじゃねえ。何者だ」


オルトスの問いにアランは分からないと答えた。彼もまた、横になった。しかし、空から降る冷気が眠りを妨げる。


悲しみか。それとも復讐か。


薪がはぜる。アランは浅い眠りについた。


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