75話 食べ物を粗末にしてはいけませんよ
わたくしの体が変です。まったく食欲がございません。自分で言いたくはありませんが、どちらかと言うと食い意地は張っている方でございました。
昨日の朝はいろいろ思い悩んでおりましたので、それが原因かと思っておりましたが、昨晩も殆ど何も食べられませんでした。
フォーリオ様が、クリームシチューなるミルク仕立てのスープを作って下さいました。
これも勇者リオ様の好物とのことで、もっと頂きたいとは思うのですが、どうしても体が受け付けてくれません。一口だけ戴きましたが、まったく味がしませんでした。無味な泥水を啜っているようです。
見た目はとても美味しそうに見えますので、おかしいのはわたくしの体の方だと思います。
フォーリオ様は――疲れているのだろう――と仰ってくださいましたが、せっかく作って戴いたのに、申し訳ない限りでございます。わたくしも頑張って、想像で感想だけは頑張って述べさせて頂きました。
今朝も水浴びから戻りますと、フォーリオ様が朝食を用意して下さっていましたが、やはり何も口にすることが出来ません。
フォーリオ様は気遣わしげにわたくしの手を握って下さいます。ポカポカと心が暖かくなるような気が致します。ご心配をお掛けしているにも拘わらず、――もっと、もっと構って欲しい――と願ってしまうのは、やはりわたくしが悪役令嬢だからなのでしょう。
とは言っても、わたくしは至って元気なのでございます。体調も普段以上に良いぐらいです。今日の夕刻頃には山小屋に到着するとのことで、気合も入っております。
このオーガテリトリーの北端から向う岸へは、ロープが架けられておりました。太い金属製のもので、なにやらネジネジしておりました。
これを伝って、魔獣エリアへ入るのだそうです。
フォーリオ様は、なにやら『魔法の袋』をゴソゴソと漁っておられました。
そして、スポンっと出て来たのは――
「嫌です」
あの忌まわしいハーネスでございました。
「何がだ?」
惚けたことを! ご自分が何をされたのか、もうお忘れになったのでしょうか。虐待ですよ。あれは暴力です。ここでまたそんな物を取り出されるということは、まったく反省しておりませんでしたのね。頭を下げて謝罪されたのは嘘だったのでしょうか。
「スハダーニー・ハーネスはもう嫌なのです」
わたくしは精一杯の魔力を乗せてフォーリオ様を全力で威圧いたしました。
「別に素肌じゃないから良いだろ。これを装着すれば、安全に川を渡れる」
くっ……、威圧したことに気がついて戴けませんでした。
「嫌です! わたくしはソレを見るのも嫌なのです!」
フォーリオ様は困った顔をされておりますが、そんな可愛い顔をされてもダメですわ。わたくしは絶対に誤魔化されたりは致しません。
フォーリオ様は諦めたのか、ハーネスを置いて、『魔法の袋』の中からいろいろ取り出されておりますが、わたくしは腕を組んで背を向けます。
断固拒否の姿勢でございます。
「おい、ここから下を覗いてみろ」
わたくしが断固拒否の姿勢を貫いていたところ、フォーリオ様から急に呼ばれました。警戒を解いたりは致しませんが、一応、言われた通り崖下を覗き込みました。
水浴びをしていた高台から降りたところにあるゴロタ場も、確かに流れが速いとは思いましたが、ここから見る川は、白波泡立つ激流でございました。
「……」
フォーリオ様は『魔法の袋』の中から血が滴る新鮮なウルフを取り出されました。その時、なぜか、昨日からまったく食欲のなかったはずのわたくしの口の中が唾液で一杯になりました。思わず、ジュルリなどと言ってしまいそうな程です。
それなのにフォーリオ様は、――その美味しそうなウルフ――をあろうことか川へと投げ捨ててしまわれたのです。
「おまえも落ちたら、こうなるだろうな」
どうだというお顔をされておりますが……、こうなるも何も、なぜその様なことを! わたくしは憤りを覚えます。
「た、食べ物を粗末にしてはいけませんよ」
「えっ! 王都の貴族はウルフを食べるのか?」
フォーリオ様は目を見開いて驚いております。
「いえ、わたくしは食べたことはありませんが……。しかし、食べないものをわざわざ持ってきたのですか?」
確かに、ウルフなど一度も口にしたことがありませんでしたが、自分でも、はて? と思ってしまいました。先程は、なぜあれほどウルフが美味しそうに見えてしまったのでしょう……?? ウルフを食べることを想像すると気持ち悪くなります。
「おまえがウルフの死体に何度も躓きそうになっていたから、足元のヤツを回収しただけだ」
えっ、わたくしの為……。
思い返すと、確かに最初は雷槍で突き殺したウルフが邪魔で思うように動けずにいたのですが、途中から貴族学校の訓練場で学んだ槍捌きがスムーズになりました。
あの時は、――素晴らしいコンビネーション――などと互いに助け合っているようなつもりでおりましたが、わたくしが知らぬうちにそんな尻拭いをさせてしまっていたとは……。
「えっ、そうだったのですね」
自分が恥ずかしくなってしまいました。
「まったく無駄でもないんだけどな。この高台はオーガの餌置き場になってるからな。置いとけばオーガが回収していくだろう。……で、どうする?」
しかも、 その照れたような仕草はなんなんですか? 胸がキュンとして苦しいではないですか。
「わかりました。最後ですよ。これが最後のスハダーニー・ハーネスにして下さい」
そもそもわたくしが何もしなくても、フォーリオ様ならあの程度のウルフに梃子摺ることなどなかったはずなのです。足手まといのわたくしのフォローをしながら戦うよりむしろ楽だったかもしれません。
それでも――戦いたい――というわたくしの意思を汲んで下さったフォーリオ様は、国宝級である勇者印の雷槍まで貸して下さいました。
ここまでして戴いておきながら、いつまでも我儘を言っていては、悪役令嬢どころか、悪妻になってしまいます。サグランティーノ家の女として――、狩人の妻として――、恥でございます。
「素肌ではないと思うんだけどなぁ……」




