73話 凄い話が聞けてしまいましたわ
昨晩、わたくしは眠れぬ夜を過ごしました。オーガが怖いからではありません。フォーリオ様は気を使って下さって、二つのテントをぴったりとくっつけて建てて下さいました。
朝食はオヌギリを肉で巻いたものでした。とても美味しそうでしたが、残念ながら喉を通りませんでした。
「どうした? 今日はかなり歩くぞ。日暮れまでに魔獣エリアを抜けたい」
準備万端整えられたフォーリオ様は、昨晩の憂いも無くなり、いつもの不遜な態度に戻っておられます。
「はい」
わたくしは、返事をするのが、やっとでございました。
「本当にどうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
「いえ、そう言うわけではないのですが、昨晩、オーガのことを考えていたら、眠れなくなってしまいまして……」
わたくしは、昨晩の人懐っこいオーガ。そして悲しげな目をするフォーリオ様。そのどちらもが瞼の裏に焼き付いて離れませんでした。
「……」
「わたくしは間違っているのでしょうか?」
今、自分が思っていることを率直に訊ねました。
「間違っちゃいないさ。ただおまえの知ってるオーガは何だ? 親から教えてもらったのか? 物語で読んだのか? 親はオーガを見たことがあるのか? 物語を書いた奴はオーガに襲われた経験があるのか? 世間ってのは大体そんなものだ」
確かにフォーリオ様のおっしゃる通りです。王都で育ったわたくしは小さな頃からオーガの恐ろしさを嫌という程叩きこまれました。幼い子供が読む絵本でさえ、オーガへの警戒心を促すモノでした。
それらはすべて自分自身で見聞きしたものではなく、誰かから教わったことです。その教えた誰かも、本当にオーガを見たという人は少ないかもしれません。
「あの、わたくしに、オーガのことを教えてくださいませんか?」
「構わないが、歩きながら話そう。時間が惜しい」
フォーリオ様は穏やかにそう仰いました。
「なあ、このテリトリーにオーガが何匹住んでるか判るか? ちなみにオークテリトリーに、オークは5千匹いる。ゴブリンテリトリーには約8千匹のゴブリンがいるのだそうだ。父が調べたものなので、3年以上前の資料だがな」
わたくしたちは、天気の良い青空の下、川沿いをゆっくり歩きながら会話をしています。まるでお散歩デートのようですが、話題はオーガです。また今回に限っては、さすがに――手を繋いで欲しい――などと言う空気ではありません。
「さあ、見当もつきませんが……。2千匹程でしょうか?」
遠くの草原のような場所でオーガがのんびりと歩いているのが見えます。あれが予てより聞き及んだ暴虐非道な殺戮者の姿でしょうか。遠目には、むしろオットリしているただ大きいだけの人のようにも見えます。
「現在、子供も合わせて56匹だ。もちろんテリトリーの外にもいるだろうが、それほど多くはない。この森の他の場所でオーガを見掛けたら、父が手当り次第にここへ連れて来ていたからな。父が死んでからは、俺も一度だけ、魔獣エリアでヒュドラに襲われていた幼いオーグリスを保護したことがある」
「……」
フォーリオ様は首を振ってそう答えられましたが、わたくしは何も言うことが出来ませんでした。
「元々、ここは父の最初の山小屋があった場所なんだ。何だかよく判らないけれど、ここには――悪い奴らの出て来る穴――があったそうだ。それを監視する為に作ったんだと言ってた」
「悪い奴らというのは、魔族のことでしょうか?」
オーガの話だったはずですが、何だか凄い話になってきました。
「それは知らない。俺は、父が勇者だった頃の話を聞かされたことがないんだ。……話を続けるぞ。だから父と父の友人たちは、人も動物も魔物もここへ近づけないようにしたそうなんだ」
な、なんですか。資料にも、文献にもない、初めて聞くそのお話は!
「勇者様のご友人というのは、魔王を倒した――勇者パーティのお仲間――の皆さんたちのことでございましょうか?」
「さあ? パーティなんて知らないが、母さんや、教会のおっさんや、ギルのおっさん、サザンのおっちゃんもいたのかなぁ~。まあ、一番働いたのはビア姐なんだろうけどな、たぶん。……まあ、そんなことはどうでも良いんだよ」
で、でました! でましたよ。勇者物語ファン垂涎のお話です。
母さんが大魔導士エリス様。教会のおっさんがおそらく聖騎士アルバート様でしょう。ギルのおっさんは 闘戦士ギュルージ様で間違えないと思います。サザンのおっちゃんはそのまま十技剣士サザン様ですね。そして、ビア姐とは、わたくし憧れの聖女ビアンカ様でしょうか。なんともイメージと掛け離れた愛称でございますが……。
「すいません。ビア姐とは、聖女ビアンカ様のことですか?」
「聖女? ビア姐がか? 違うだろ。確かにビアンカだが、同名の別人だろ、たぶん。……だから、話の腰を折るなよ。続けるぞ」
「はい」
ん? 別人? しかし勇者リオ様や他の仲間たちと一緒にいらっしゃるのなら、やはり聖女ビアンカ様で間違えないと思うのですが……。
「でな、地図でも描いたが、このオーガのテリトリーって島みたいになってるだろ。あれはオークのテリトリーとの間に、ビア姐が土魔法で濠を作って二つの川を繋いでしまったんだ。だからここは完全に川に囲まれた独立した場所になってる。まあ川を泳いで渡れば、入れないこともないんだけど、魔物はなぜか水を嫌うからな。人も、魔獣エリア、オーク、ウルフの三方に囲まれたこの場所に入って来ることはない」
「聖女様が土魔法ですか⁉」
そう言えば、聖女ビアンカ様は二属性持ちだと聞いたことがございました。演劇や小説の中では、回復や治癒の魔法しかお使いにならないので、すっかり忘れておりましたわ。
「だから聖女じゃないって言ってるだろ。ビア姐は土木屋だ。街や街近郊の道路、井戸から用水路の設置まで、ユレイブでは大抵ビア姐のギルドが……って口を挟むな。話が進まんだろ!」
「すいません」
ど、どぼくや? 土木屋ですか? 王都にもいましたが……、街道の修繕をしたり、下水路を掘ったりしている少々荒っぽいガチムチの男たちがしている、あの土木屋でしょうか……。
「……どこまで話した?」
「――ビア姐のギルドが――ってところです」
「それはいい……。とにかくここは父と父の友達以外、ほぼ進入出来ない場所になったんだ。だけど、――悪い奴らの出て来る穴――は次第に魔素が枯れていったそうなんだ。魔素がないと、それはただの穴であり、悪い奴らも出入りすることはなくなるそうなんだ。俺はよく知らんけど。だから父たちはその穴を塞いでしまって、監視もやめてしまったそうだ」
いやいや、これは大ニュースです。新事実です。王都でこのことを知っている人はいないでしょう。もし知っていれば、あのマニアックな演目ばかりをするアンディーブ劇団が黙っているはずが御座いません。
「つまり、そこが魔界とのゲートになっていたというわけですね! 勇者様たちは、魔王を討伐された後も、人知れず世界を護って下さっていた! ということでしょうか。まさに関係者限定の知る人ぞ知る良いお話過ぎです。このお話をお父様にしたら、咽び泣いてしまいそうですわ」
このような貴重なお話をメモ帳なしで聞いていることが、至極惜しゅうございます。出来るだけ明確に憶えておいて、山小屋へ到着しましたら、即メモをしなければなりません。
「知らん。そこんところは詳しくない。でだ、ここからが話の本題なんだが……。おまえの興味はちがうところに行ってねーか?」
「い、いえいえ、そんなことはありませんわよ」
「それで、その後の話になるんだけど、父のライフワークに『様々な魔物や動植物の生態について』『減った魔物や動植物の保護とその数の保全』というのがあってな、父はこの森の中にいる魔物や動植物の生態やその数を調べていたんだ。その時にオーガの数がやたら少ないことに気がついたそうなんだ。もはや絶滅に瀕していたそうだ。そこで、この場所のことを思い出し、この森に散って暮らしていたオーガを集めて、ここにオーガ保護区を作ったんだよ。これでも増えた方なんだ。オーガは、オークやゴブリンと違って、繁殖力も強くないみたいでな」
まさに異色の演劇 『勇者の山小屋』そのもののようなお話ですわね。ただ物語の中では、どちらかと言えば、ウサギや鳥系の可愛らしい魔物を救う描写がされておりましたが、まさかオーガの保護までしていらっしゃったとは、王都の民が聞いたら卒倒してしまいそうですわ。
「わたくし、今回、いろいろ考えさせられました。そして、とことん反省しましたわ。これからは自分の目で見て、耳で聞いて、経験してから、判断したいと思いますわ」
幼い頃からあらゆるジャンルの本を読み漁り、貴族学校でも懸命に勉学を勤しんできたつもりでございましたが、わたくしの知識は片寄ったものであると自覚致しました。
これまでのわたくしは、演奏をしたこともないのに、楽譜が読めることを誇っていた音楽家のようなものです。本や教科書は先人の知恵であり、ただ鵜呑みにしても、物事の真意には辿り着けないのだと理解いたしました。その知恵を使って何をするか! でございます。
恋も同じだと思います。経験しなければ何も判らないということなのです。御神前での誓いなどとは言ってられません。山小屋へ着いたら、すぐにでもこの身をフォーリオ様に差し出してしまいましょう。
――抱いてくださいまし――
きちんと言えますでしょうか。
想像しただけで身悶えしてしまいそうですわ。
今年、最後の投稿になります。
「いいね」を下さる方、ブックマーク、評価をして下さった方、本当に感謝しています。書き続けられているのは皆さまのお陰です。
ありがとうございました。
来年もよろしくお願い申し上げます。よいお年を。




