72話 逆にイラっとしますわね
水浴びから戻ったフォーリオ様はそそくさと料理の続きを始められましたが、わたくしは、新婚イベントである伝説の――裸エプロン――が気になってなりません。
濡れた髪を後ろに流していらっしゃっていて、お顔のすべてが見えております。気後れしてしまう程の美形です。さすがはエルフです。
アイラインを引いたような大きな目は、さすがは狩人といったところか、獲物を狙うような鋭さがあります。流れるような細い鼻梁は高からず低からず絶妙なバランスです。顎はシャープでありながら力強さもあり。いつも笑みを湛えているようなその口元は、全体の鋭さから来るとっつき難さを緩和してます。しかも、料理をするその手つきが妙にセクシーです。
それに加えて背が高く手脚が長いのですから……。ひとつの瑕疵も探すことが出来ませんでした。
何でしょうか、この完成された芸術のような容姿は……。
逆にイラっとしますわね。
「なんだ?」
あまりにも、繁々と観すぎてしまったようです。フォーリオ様が怪訝な顔をされております。
「そんなに髪が長かったのですね。漆黒で、とても神秘的で綺麗な髪ですね」
美形に見惚れていたとは申せません。
言えば、もの凄い嫌な顔をされるのは目に見えています。
誤魔化しついでにフォーリオ様の髪に手を延ばしてみたのですが、顔を歪め、避けられてしまいました。
どうあっても嫌な顔をされてしまいますのね。
「そんなことないだろ。平民にはよくある髪だ」
「何を言っているんですか。漆黒の髪色の人なんて、それこそ勇者様と、御子息であるあなた様ぐらいのものですよ」
この話、前にも一度しませんでしたでしょうか。それともわたくしが頭の中で考えていただけでしょうか。
「はぁ? おまえこそ何を言っているんだ。街には沢山いるぞ」
出ました!別バージョンの――おまえ――でございます。先程の――おまえ――は水浴びが主体になっておりましたので、さらりとした――おまえ――でしたが、今回の――おまえ――は、――おまえ――そのものが主体になっておりますので、イントネーション的に一番強く――おまえ――を発音して下さいました。
「はっ、また、おまえと呼んで下さいましたね。ではなくて……。いませんよ、そんな人。街にいるのは焦げ茶か、濃紺です」
「大して変わらないだろ……。ドゥネイブそのものには味がついてないからな。これに漬けて食べろ」
いえいえ、全然違いますよ。髪色も、――おまえ――の言い方も。
ただ今はそれどころではありません。このドゥネイブなる料理です。オレンジのような香りのするエスウユーの入った小皿を手渡されましたが、初めて目にするお料理であり、食べ方がわかりません。
フォーリオ様を見ていると、木で出来た二本の棒のようなもので器用に食材を摘まんで食べておられました。わたくしには、二本の棒が使えないと思われたのか、スプーンとフォークのようです。どうやらこの鍋で煮た食材を小皿のソースに浸けて頂くようです。
「ムムッ、これは、肉と野菜の旨味が凝縮された濃厚かつ深い味わいです。それをこのエスウユーと果実のさっぱりとしたソースの味が、殺すことなく補い、いえ、補強と言った方が良いかもしれません。それぞれが互いに高め合い成長していく姿は、まるでフォーリオ様とわたくしの出逢いを象徴しているかのような……」
「コムエあるけど、食うか?」
「……はい、頂きます」
もう注意するのも煩わしいとばかりに、わたくしの料理短評が、コムエの魅力によって、遮られてしまいました。
「このドゥネイブというお料理とコムエの相性は、想像を遥かに超えて、竜王山の頂にまで到達……」
「悪い。ちょっと行ってくる」
「……えっ?」
フォーリオ様は、突然立ち上がると、わたくしの背後に向かって歩いて行かれます。それを目で追うように振り返ったその先にいたのは……。
「ひいぃ、オーガ!」
巨大な体躯に灰茶褐色の肌、ザンバラ髪の頭からは大きなツノが飛び出した、図鑑で何度も観たオーガが、川土手の上から見下ろすように立っていました。
わたくしが、つい悲鳴を洩らしてしまっても致し方ないことです。
フォーリオ様は、弓を取り出すでも、背腰の鉈を抜くわけでもなく、無警戒のままオーガへと歩み寄って行かれました。
その様子からは戦われるつもりはないのでしょうが、わたくしは体が硬直してしまって、まったく動くことが出来なくなってしまいました。
フォーリオ様が『魔法の袋』のから大量の……、アレは先程倒したウルフでしょうか。それをロープのようなもので縛っておられました。
どうやらフォーリオ様は、オーガに食料を渡しているようでした。何かおやつのようなものを手渡されたオーガはモグモグと口を動かしながら、おとなしく黙ってそれを見つめていました。
フォーリオ様が何か合図をすると、オーガは、馬車一台では運びきれない程のその大荷物を、軽々と肩に担ぎ上げました。そして大きな牙をむき出しにして、ニカっと笑うとそのままダンスでもするかのように肩を揺すって暗がりへと消えていきました。
「大丈夫でしたか?」
オークの姿が消えて、石のようになっていたわたくしの体は漸く動くようになりました。川で手を洗っているフォーリオ様へ駆け寄ります。
「何がだ?」
「えっ? オーガですよ」
「おまえ、オーガを見たの、今回で何度目だ?」
「いえ、初めてですが……」
「……そうか」
フォーリオ様はそのまま黙ってしまわれました。黒い大きな目はすこし潤んでおり、ぼんやりと何かを考えるように遠くを見つめていらっしゃいます。
美形なだけに絵になりますが、わたくしは胸が締めつけられるような気持ちになりました。
とても切ないです。おそらくはわたくしの所為です。けれど、その理由を訊いても、仰っては戴けないのでしょう。
わたくしの胸はズキンと痛みました。比喩ではなく実際に。またこれまで全く気にならなかった魔物除けの香の臭いがやたらと鼻につきます。




