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髪喰い虫 勇者の息子である狩人と悪役令嬢にされてしまった女の恋する旅路  作者: はなだ とめX
第2章 男は女を守ることを誓い山小屋をめざす A面
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52話 オーガ

明日はコロナの予防注射を打ちます。たぶん熱が出ます(毎度のことなので)。

11/21分の投稿です。




  水浴びから戻った頃には、ドゥネイブの透明だった水は黄金色に変わっていた。ホロホロ鳥から良い出汁が出たようだ。浮いていたアクは丁寧に取り除き、根菜類とゴブリンのテリトリーで採ってきたキノコ類を投入する。やぐらの高さを変えて火加減を調整すると、再びドゥネイブに蓋をしてしばらく待つ。


 「なんだ?」


 先程から女がずっと俺を繁々と見ていた。料理を学ぼうとしているのかと思っていたが、見ているのはどうやら俺の顔のようだった。


 「そんなに髪が長かったのですね」


 なるほど、髪を見ていたのか。普段はワゴムウで纏めて、その上から狩人の帽子をかぶっていたこともあり、女は気付かなかったのかもしれない。


 以前はきちんと切り揃えていたが、父が死んでからは一度も髪を切っていなかった。深意があったわけではなく、単に髪を切る人間がいなくなっただけだ。いつの間にか腰に届くほど長くなっていたが、結わいでしまえば然程気にならない。


 「漆黒で、とても神秘的な髪ですね」

 と女の手が伸びて来た。


 俺は、それを避けて、濡れたままの髪をワゴムウで縛った。


 「そんなことないだろ。平民にはよくある髪だ」


 ――アンタの金髪の方がよっぽど綺麗だ―― 

 と言ってやりたいところだったが、もうじき無くなってしまうものを褒められても虚しいだけだろう。


 手の行き場に困った女は、口先を尖らせていたが、すぐに呆れ顔に変わる。


 「何を言っているんですか。漆黒の髪色の人なんて、それこそ勇者様と、御子息であるあなた様ぐらいのものですよ」


 「はぁ? おまえこそ何を言っているんだ。街には沢山いるぞ」


 「はっ、また、おまえと呼んで下さいましたね……ではなくて。いませんよ、そんな人。街にいるのは焦げ茶か、濃紺です」


 「大して変わらないだろ」


 俺は、そろそろ頃合いになったドゥネイブの蓋を開けて、さらに出てきたアクを掬い取る。カレイライセウでもそうだが、どれだけ丁寧にアクを取り除けるかが、料理の出来を左右すると、父が言っていた。――アクも味のうち――などと言う奴は怠惰なのだとも。そして、後悔しない為にはすべてのアクを根絶しなければならないのだとも。


 最後に、葉野菜とトゥーフーを入れて、ゴブリンテリトリー産のノビルを振りかければ、ドゥネイブは完成する。


 「ドゥネイブそのものには味がついてないからな。これに漬けて食べろ」


 俺は女に手渡した小皿にパンズーを注ぎ入れる。パンズーは、エスウユーに柑橘系の果実を絞ってブレンドしたソースだ。


 女はフォークを手に持ったまま、濛々と湯気だつドゥネイブを見て固まっていたが、俺が食べ出すと、見様見真似で恐る恐る食べ始めた。


 「ムムッ、これは、肉と野菜の旨味が凝縮された濃厚かつ深い味わいです。それをこのエスウユーと果実のさっぱりとしたソースの味が、殺すことなく補い、いえ、補強と言った方が良いかもしれません。それぞれが互いに高め合い成長していく姿は、まるでフォーリオ様とわたくしの出逢いを象徴しているかのような……「コムエあるけど。食うか?」……はい、頂きます」


 コムエは、秘密基地で女が不貞寝した後、たくさん炊いて『魔法の袋』の中に入れておいたものだ。女の評論はとどまることを知らなかったが、俺の意識は別のところへ向いていた。


 「このドゥネイブというお料理とコムエの相性は、想像を遥かに超えて、竜王山の頂にまで到達……「悪い。ちょっと行ってくる」……えっ?」


 俺は女の言葉を遮るように立つと、女の背の向こう側へ向かう。


 「ひいぃ、オーガ!」


 振り返った女から悲鳴が上がった。


 焚火から30ブキン(21m)程先にある土手の上に大きな体をしたオーガが立っていた。こちらへ不用意に近づかないのは敵意がない証拠なのだが、女の怯え方は尋常じゃない。オーガ程の高位な魔物になると、魔物除けの効果は殆どない。


 街でも、親が幼い子供に「そんな悪い子はオーガに食べられちゃうよ」とか、「早く寝ないとオーガが来るよ」などと散々言われているからか、街の子供たちも無暗にオーガを怖がる。おそらく女も同じようなものなのだろう。


 オーガは指を咥えてじっと俺を見ていた。まだ年若い個体のようで、どうやら鍋の匂いに釣られてきてしまったようだった。俺は『魔法の袋』の中からパンを五つほど取り出して、そのオーガの大きな掌に乗せてやる。


 キラキラした純粋な目でニカリと笑ったオーガは、五つまとめて口の中へ放り込んで、モグモグと食べていた。かわいい。


 その間に俺は、先程倒したウルフを10頭程『魔法の袋』から取り出して、運び易いようにロープで纏めていく。


 オーガがパンを食べ終わった頃合いを見て、「おみやげだ」とジェスチャーで伝えると、オーガは嬉しそうに コクコクと頷いて、一頭70イノコ(49㎏)はあるだろうウルフを10頭纏めて肩に担ぎ上げ、首をフリフリ嬉しそうに住処へ帰っていった。


 「大丈夫でしたか?」

 女が心配そうに駆け寄って来た。

 

 「何がだ?」

 「えっ? オーガですよ」


 「おまえ、オーガを見たの、今回で何度目だ?」

 「いえ、初めてですが……」


 「……そうか」


 オーガは、ゴブリンやオークと並んで、人間に馴染みある魔物である。ゴブリンの上位種と言う者もいるらしいが、――全くの別物だ――と父は言っていた。獰猛で残忍、人肉を好んで喰らい、知性の欠片もない化け物というのが、一般的なオーガのイメージである。無論そんなオーガもいるのかもしれないが、俺の知っているオーガは素朴でのんびりした奴らばかりだった。


 俺は子供の頃からオーガと接することが多かった。父がここをオーガの保護区にしたからだ。だから街の人達に「オーガは怖くないよ」と何度も言った。同世代の子供たちからは「すげぇー、さすがフォーリオだ」と尊敬の眼差しを向けられ、大人たちは「強がりを言うんじゃないよ」と呆れていた。


 そのどちらの反応も俺が期待したものではなかった。皆、オーガは恐ろしい魔物だと決めつけていた。見たことも、会ったこともないのに、なぜ……? 


 子供の頃の俺は納得できなかった。


 『仕方ないことなんだよ。森のオーガたちは平和な奴らばかりだけど、なかには街の人たちが言うようなオーガがいないわけでもないんだよ。例えば、蚊は害虫として、人から嫌われてるけど、血を吸うのはメスだけなんだよ。だけど僕たちにオスメスの区別はつかないだろ。腕にとまった蚊がたまたまオスだったとしても、僕はきっと叩き潰してしまうと思うんだ。そういうことなんだよ』


 そう言って父から頭を撫でられた。


 だから、女に何を言ったとしても、詮無いことなのだ。




評価、ブクマ、よろしくお願いします。

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