48話 投石器
短編 クロネコの夢
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整地された公園に、一匹で居座り続けている太々しい近所の野良猫をモデルにしました。のんびりした話です。句点改行したものを実験的に書いてみたかっただけなんですが……、読んで頂ければ幸いです。
北西の川の下流域は、竜種が棲むゴツゴツした岩ばかりの山岳地帯と、オークがテリトリーにしている常緑樹の森を隔てるように流れていた。川幅も広く、ゆったりと穏やかに見えているが、実際のところ、かなり流れは速い。
歩いて一日程遡れば、白波泡立つ激流に変わる。その影響がこの比較的平坦な地にも及んでいるのだ。当然、道も急勾配になってくる。
「休憩しよう」
ここまでほぼ全力で走ってきていたが、女は息切れすることなく平然としていた。女との魔力循環が殊の外上手くいったことに、俺はこの上ない満足を覚えていた。
魔力循環は、魔力の――パスを繋ぐ――その応用であり、通常はフォレストホースなどの魔物を使役する時に用いていた。普通の馬には出来ない。ホースと言ってもフォレストホースは竜種であり、砂漠で人の足になっているデザートホースはその亜種である。森でそのスピードに勝る魔物や動物はいない。多少気が荒いところもあるが、人に従順で、山小屋でも何頭か飼っていた。冬の間は森へ解き放っていたが、春になると勝手に厩舎へ戻って来ている。
幼かった俺が、父に抱かれてフォレストホースで森を散策していた時、親子諸共落馬するという事件があった。その時、俺は、父を見真似てフォレストホースに魔力の――パスを繋いで――いたのだ。突然のことに驚いたフォレストホースが棹立ちになってしまったのである。
さすがに怒られると思ったが、父は――やっぱり親子だね――と言っただけで、その後、一切その話が持ち上がることはなかった。父は偶発的なことだと思っていたようだ。
と言うのも、魔物と魔力の――パスを繋ぐ――というその行為は、父にしか出来なかったことであり、明確な魔法と言えなかったこともあって、誰からも感知されたことがなかったからである。母すらよく判っていなかったらしい。
だから、まさか俺から気がつかれているとも、まして俺が意図的に――パスを繋いだ――などとは考えもしなかったようだ。
だが俺は、その事件以来、フェンリルの仔や小型の魔物とパスを繋いで遊ぶようになっていた。
それを見た時の父はかなり驚いていた。
また――パスを繋げば――魔物の雑然とした思考が自ずと逆流してくる。それが幼い俺の精神を傷つけるのではないかと危惧したりもしていたが、結局、父は、その好奇心を抑えきれなくなった。
『それをパパにやってみてくれるかい?』
元々、実験が大好きなのである。父にとっても、人間と――パスを繋ぐ――のは初めてのことだった。
最初は、ただ繋がっているだけであり、意思が何となく伝わってくる程度のものだった。が、父のリクエストに応え、魔力を流し続けているうちに、押し出された父の魔力が俺の中に流れ込んで来るようになった。
『おぉーー、凄いね、コレ』
父は興奮していた。
また次第に互いの魔力が混じり合うようになった。そして互いの体で魔力を循環させることによって、スピード、パワー、体力、持久力などの身体能力を底上げする効果があることが判った。
それからは父と手を繋いで森のあちこちを巡った。その効果は、笑ってしまう程高く、疲れ知らずで駆けまわることが出来た。
父はこれを――シンセサイジング――と呼んだ。互いの魔力がただ混じり合っているわけではなく、一つの状態として魔力が合成されているからなのだそうだ。――合成で良くない?――と思ったが、父の悩みの種である誤変換対策なのだそうで、そこら辺のことは、俺にはよく判らない。
父の実験好きに火がついてからは、母や友人たちとも試してまわっていたようだが、パスを繋ぐことすら出来なかったようだ。
血の繋がっている親子だからなのか、父が魔力循環を成功させた人間は唯一俺だけだった。
が、俺は父に続いて女で二人目になる。しかも血の繋がっていない他人だ。父を超えたと言ってしまうには烏滸がましくもあるが、たった一つとは言え、父に出来なかったことが出来たのは、素直に嬉しい。
「なんだか嬉しそうですね」
「いや、何でもない」
俺は、『魔法の袋』から水筒を取り出すと、女に手渡した。全力で走り続けなければならないことは判っていた。背腰のマチェットだけを残し、リュックサックを始め、風迅の弓も矢筒も、走る為に邪魔なものはすべて『魔法の袋』に放り込んでいた。
だから女の前で『魔法の袋』を使ってしまっても、今は仕方がないのだ。
「ありがとうございます」
水筒を受け取った女は、ゴクゴクと音を鳴らして水を飲んだ。
「落ち着いたら歩こう。少しでも距離を稼ぎたい。後ろにオークが見えたら、また走るからな」
幸いにもオークは脚が遅く、後方を見渡す限りその影はなかった。かなり引き離せたようだが、オークが諦めることはない。どこまでも追って来るはずだ。
ところが、俺が歩き出そうとしても、女はその場に立ち尽くしていた。そこまで疲れているようには見えなかったが、不服そうな顔で俺を見ている。
「どうした? 歩けないのか?」
「手は? 手はもう、繋がないのですか?」
「……あれは火急の事態だったからだろ? 歩くのに手を繋ぐ必要はない」
「えっ……? 歩けません」
「なに?」
「手を繋いで頂かないと歩けません」
「なんだ、それは? 体に問題があるのか?」
「いえ、心に問題があるのですわ。わたくしは秘密基地でスハダーニー・ハーネスにさせられ、とても傷つきました。もう立ち直れないかと思う程、傷ついたのです。あなた様の元を離れるのも致し方ないとさえ考えておりましたのよ」
「だから、すまん。悪かった」
俺は素直に頭を下げた。考えてみれば、確かにやり過ぎた感は否めない。
ただ、そもそもは、女が意味不明な御託を並べ立て、サカリがついた猫みたいな顔をしていたからだ。脳への影響を極力抑える為に頭を冷やしてやっただけなのだが……、今はそんな話をのんびりしている場合ではない。
「とにかく歩きながら話そう」
俺は女の手をとった。
「あっ、はい」
女は鼻の穴を膨らませて満面の笑みだった。
「わたくしのことを可愛いとおっしゃいましたが、どう可愛かったのか、お聞かせくださいませ」
「……」
俺は黙々と歩く。
「聞こえてますか? それは、わたくしのことを好きになったと受け止めて宜しいのでしょうか? わたくしたちは出逢って、まだ四日しか経っておりません。けれど不思議なんですが、わたくしも、あなた様が……」
「……」
俺は、ただ前を向き一心に進む。
「あ、あなた様が……、ああ、あなた様が……、あああ、あなた様が……」
「……」
俺は只管歩き続ける。
「好きになってしまいましたわ」
女は自分で言っておきながら、――キャーー――と顔を隠して悶絶している。
しかし、それは違う。共に旅をすると、仲間意識と恋愛感情がごっちゃになってしまうことが、よくあるらしい。父の経験談の中にもあった。
「それは、たぶん違うぞ。今、アンタは髪喰い虫に寄生されて、ちょっと気持ちが弱っているだけだ。そこに偶々俺がいた。それだけだ。共に危険なことをしている状況を、恋のトキメキと錯覚しているだけなんだぞ。それはナントカ効果という、一種の病気なんだぞ」
俺は冷静かつ労るように女を諭す。
「えっ? そうなのですか?」
「そうだぞ。父が言ってた」
「しかし、たとえ今の気持ちが錯覚であったとしても、婚約者であることに違いはありません。問題がすべて解決したら、やはりわたくしはあなた様と愛を育んでいきたいと考えておりますわ」
「いや、すこし冷静になってくれ。アンタは貴族であり、俺は狩人だ。そもそもなんで俺が婚約者になっているんだ? アンタは王太子の婚約者だろ?」
「いえいえ、それは誤解でございます。候補です。あくまで候補でございました。実を言いますと、王太子殿下の婚約者にさせられそうになっていたことは本当でございます。しかしわたくしは嫌でした。どうしましょう……と困っていたところに、ヒロインが颯爽と現れ、助けてくださったのでございます。その後は、国王陛下やお父様がいろいろと手はずを整えて下さり、元々、婚約者候補であったあなた様に、めでたく嫁ぐことになったというわけでございます」
「アンタの――実を言いますと――は、毎度、意味不明すぎて、よく判らない。俺は王様もアンタの父親も知らない。俺は結婚なんてするつもりないぞ。大体、なんで俺が知らないところで、婚約者が決まるんだ?」
「えっ? そうなのですか?」
「そうだぞ」
「けれど、あなた様のサインが入った結婚承諾書を目にしておりますが……。その書類に、わたくしも同意のサインを致しましたので、まだ御神前での誓いを交わしておりませんが、書類上、わたくしたちはもう夫婦なんですのよ」
女は不思議そうに首を傾げる。
「いやいや、俺はサインなんてしてないからな」
「……どういうことでしょうか。では、まさか……」
よく判らないが、女は怒りを滲ませている。
「なんだか、アンタと話していると、頭が痛くなってくるよ。すでにアンタの脳内には、髪喰い虫が侵入している可能性があるな。だいぶ頭がおかしくなってる。山小屋へ急ごう。父が残した文献や論文の中に、アンタを助ける手段が見つかるかも知れない」
俺は、可哀想な女を見る。
「えっ?」
「大丈夫だ。俺が絶対に助けてやるからな。安心しろ」
この哀れな髪喰い虫の犠牲者を、俺は、なんとか救ってやろうと、心に誓った。
と、その時俺は、女を手元に引き寄せ、その場に伏せた。
「ア~ン、ダメです。こ、こんなところで~」
――ドゴーン――
何かが崖に衝突し、爆音が轟いた。バラバラと崖から粉砕された小石が落ちて来た。
対岸を見ると、河原に大勢のオークが集まっていた。こちらを睨むように見ている。そして、そのオークたちの傍らにあったのは……。
「投石器かよ……」
父が作ったものだった。あれで何棟のオークの家を破壊したか判らない。散々オークを嬲った後に満足した父は、回収もせずに置いてきてしまったのだろう。良くあることだった。おそらく別のいびり方が、頭に思い浮かんで、投石器に興味がなくなったのだ。
「厄介だな……」
俺は溜息をついた。
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