42話 旦那様などと言ってしまいました
昨晩、サブタイトル名を改変しました。友人に言わせる、ともどかしいのだそうです。「男視点と女視点を纏めろ!」などと言いますが……。映像ならともかく、文書となると、これが案外難しいんですよね。 なんなら、いっそ0章 19~26話から読んで頂いて、1→27話、2→28話、3→29話……と進んで貰っても全然差し支えありませんよ。
ただ、あとがきに相互でリンクを張ろうとしましたが、タグが効かないみたいです。残念です。
わたくしたちは森の木々に姿を隠しながら歩きました。ただ『浅い森』と違って、緩やかな登りになっておりますので、上流の方へ進んでいることは判ります。辺りは木々に覆われていて、陽の位置は判りませんが、そろそろお昼時ではないかと、わたくしのお腹が教えてくれます。
「この辺りで一旦休憩しよう」
ようやくフォーリオ様からの号令が掛かりました。前方を見ると、ひらけた箇所があり、それが川であることはすぐに判りました。
「川辺まで行かないのですか?」
川はもう目と鼻の先だというのに、フォーリオ様は近くの木陰にある倒木に腰掛けてしまいました。
「あぁ、まずは飯だ」
フォーリオ様は、いつもの様にわたくしから背を向けると、今朝作っていた焼きオヌギリを、魔法の袋の中から取り出されました。しかしフォーリオ様、油断してますわね。
「リュックサック、背負ったままですわよ」
わたくしの中の悪役令嬢が、つい顔をもたげ、得意げに指摘してしまいます。
「ポ、ポケットだ! ポケットから出した!」
フォーリオ様はご自分のベストのポケットをバンバン叩いております。そんな嘘が通じるとでも思っていらっしゃるのでしょうか。必死で誤魔化そうとするその顔は可愛らしいのですが、少々わたくしの嗜虐心を刺激します。
「あらあら、道中はそんなに膨らんでませんでしたわよ。まあ良いですわ」
この辺にしておきましょう。フォーリオ様は、案外、子供でいらっしゃるのかもしれません。
フォーリオ様は納得できないご様子でした。焼きオヌギリをムシャムシャ食べ始めましたが、急に「おい、お前らも食うか!」とあさっての方向へ叫びました。
するとすぐ傍の木陰から、気まずそうな顔をしたゴブリンが現れます。わたくしは全く気がついておりませんでしたが、どうやらずっと尾行されていたようです。
フォーリオ様は、2匹のゴブリンにそれぞれ一つずつ焼きオヌギリを手渡していました。渡されたゴブリンの方はポカンとしておりましたが、監視の任務を思い出したのか、慌てて木陰へ戻っていきました。
しかし、それにしても、フォーリオ様の料理は奇妙なものが多いですが、どれも絶品です。
「この焼きオヌギリも香ばしくて美味ですわね。 エスウユーでしたか? これもカレライセウ同様、不思議な味がしますわ。それはまるで――」
「もういいって」
「あっ、はい」
いけません。つい癖でやってしまうのですが、短評を述べたくてウズウズしてしまいます。わたくしはこの気持ちをどこへ向ければ良いのでしょう。フラストレーションが溜まりますわ。
その時、木陰の方から「ギッ、ギーーーィ」というゴブリンの歓声が聞こえてきました。何を言っているのか、さっぱり判りませんでしたが、その声は弾んでいるようにも思えます。
「じゃあ、ここで少し場所の説明をしておく」
昼食を終えると、フォーリオ様は小枝を手に取って地面に何かを書き始められました。どうやら地図のようです。最初に描かれた蛇行した線は川で、その二本の川が合流する辺りの対岸を囲んで『ゴブリン』と書き込まれました。
「俺たちが今いる場所はここだ」
とフォーリオ様は小石を置きます。
「この辺りがオークのテリトリーになる」
対岸もまた丸で囲んで『オーク』と書かれました。
なるほど。こうやって地図として見ると、漠然としていた自分が居る場所が、如実に判るものです。
「それで、オークのテリトリーと北西の川を挟んで北側にあるのが、山岳地帯だ」
フォーリオ様は、森と言うには木々が薄く、岩が剥き出しになった山々の方を指で差し、また地面に『山岳地帯』と書き込まれました。
「えっ、えっと、遠くで白く霞んでいる一際高いあの山は、もしかして竜王山でしょうか?」
わたくしは、その大きな山を指します。竜王山は、この大陸のど真ん中にあり、大陸で最も高い山です。王都からも、澄み渡るように晴れた日には、望見することが出来ます。そのシルエットが、目の前の大きな山と似ているような気がしたのです。
「いや、違う。あれは黒龍の巣がある山だ。竜王山はもっと大きい。山小屋についたら見せてやるよ」
わたくしは目を見開いて固まってしまいました。竜王山のことなどどうでも良いのですが、いえ、神宿る霊山をどうでも良いって言っているわけではなく、衝撃を受けているのはそのことではないのです。
数多ある勇者様の演劇の中で、わたくしが最も好きな演目が『五人目の仲間~聖女の恋』です。勇者シリーズには珍しく、聖女様視点で物語が展開していきます。
冒頭は、魔族に襲われている村を聖女様が結界を張り、たった一人で護っているところから始まります。けれどビアンカ様の魔力にも限界が訪れ、――もはやこれまで――という場面で、勇者御一行様が登場するのです。
勇者様たちの活躍により村は救われるのですが、結界で魔力を使い果たして気を失っていたビアンカ様へ、領主や村の大人たちは――役立たず――だの――穀潰し――だの罵声を浴びせるのです。
幼い頃に両親を失ったビアンカ様は孤児でした。けれど稀有な光魔法使いだったことから、利用され、奴隷同然の扱いを受けていたのです。
勇者様は領主や村の人たちに改善を求めますが、どうせすぐにいなくなる者の言葉など聞きません。
『ついて来るかい?』
勇者様は仰います。
『はい!』
ビアンカ様は天にも昇らんばかりの表情でそう答えるのです。
劇場の客席にいる女子たちは皆、舞台の上のビアンカ様同様、胸の前で手を組んで、ウルウルとした目で頷きます。わたくしが鑑賞したのは3年程前ですが、今でも胸がときめいてしまいますわ。
その後、勇者様御一行に加えられて、共に旅をするビアンカ様ですが、半ば村に監禁されていたようなものでしたので、とても世間知らずでした。行く道すがらで、いろいろお訊ねになります。
『あれは精霊樹ですか?』とビアンカ様が大木を指して訊ねられます。
『違うよ。あれは百合の木だよ。精霊樹はもっと大きいよ。すべてが終わったら観に行こうね』
勇者様は優しく笑ってそうお答えになるのです。
その時、ビアンカ様はこう仰るのです
『はい、旦那様!』
この所為で、勇者リオ様の奥方が、聖女ビアンカ説と大魔導士エリス説に別れるのですが……。今、わたくしが体感しているのは、まさにこのシーンなのでございます。
「なぜ、そんなに驚いているんだ?」
フォーリオ様が、考え込んでしまったわたくしを見て、不思議そうに訊ねます。つい物思いに耽っていたなどとは言えません。
「いえいえ、旦那様が、随分、お優しいので……」
思わず、聖女ビアンカ様のように――旦那様――などと言ってしまいました。恥ずかしいです。フォーリオ様はシラけた目をされていますが、ここはスルーして頂けるようです。
「はい!」
わたくしは、恥ずかしさを誤魔化すように手を挙げて質問致しました。――ちゃんと聞いてましたよ――という真面目さをアピールする為でもあります。
「なんだ?」
「あなた様と初めてお逢いしたクスノキはどの辺りでしょうか?」
フォーリオ様は怪訝な顔をされましたが、すぐに地図に『木』の絵を描き足します。
「この辺りだ」
「ふむふむ、では洞窟はどこですか?」
フォーリオ様の顔は一瞬ピクリとしましたが、すぐに「ここだ!」と指してくれます。
「えっと、ならばユレイブの街はどの辺りになるのでしょう?」
「はぁ? それは意味があるのか?」
「えっと、一応、知っておきたいのです」
フォーリオ様は溜息をついて立ち上がりました。ユレイブの街ともなると、座ったままでは書けない距離になるということでしょう。こうやって全体を見ると、遠くへ来たものだと、思い知ります。
「ならば俺からも質問だが、盗賊のアジトの正確な場所はどこだ?」
なるほど、それもきちんと知っておく必要がありますね。いつかは従者たちの仇を討たねばならないのですから……。
「この辺りだと思います」
それからフォーリオ様は、街道、草原、砂漠、砂漠を挟んだ東西の街の位置、そして森の浅い位置にある狩人が泊まれる場所も教えてくださいました。地面に書くには少々勿体ないと思えるような大作になって参りました。
しかも、この先の山小屋までの道程も、半ばやけくそ気味に記されてしまっています。真面目さをアピールする為だけに質問してしまったことは、やはり間違えだったかもしれません。次々に恐ろしい字面が並んでいきます。
どうしましょう。わたくし、これをすべて覚えられる自信がございません。何とかこの地図を持ち運ぶ方法はないものでしょうか……。やはりメモ帳が欲しゅうございます。
評価、ブクマ、よろしくお願いします。




