32話 カマを掛けてみましたわ
Twitterを始めました。……登録した途端、後悔しました。
この名で、一体何を書けるというのか……。
「あの、あなたは先程――山小屋――と仰いましたが、それは、ここから遠いのでしょうか?」
勇者リオ様と森と言えば、異色の演劇 『勇者の山小屋』でございます。――それは、どこかの果てしなく深い森の奥にあり――で始まるアレです。
薄手の白衣を纏った勇者リオ様が、森にある山小屋で、日夜、魔物や魔族の研究をされているというお話なのですが、途中途中で、勇者の仲間たちによって、病気や怪我をした動物が運ばれて来たり、苦しむドラゴンのお産を手助けしたり、悩める少女の心に寄り添ったりする勇者様の人間味溢れる心温まる演劇でした。多少の脚色はあるでしょうが、実話とも言われています。
わたくしの大好きな演目の一つでございますが、最初に公演された時、勇者大好き王都っこたちの賛否は真っ二つに割れました。なにせ、これまでの演劇は、勇者様の強さばかりがクローズアップされていましたが、この演目には勇者様の戦闘シーンが一切ないのです。
ただ興行の方は上々だったようで、国王陛下もお忍びでご鑑賞されたとのことでした。この演劇の成功もあって、数多ある王都の劇団の中で、この公演をおこなったアンディーヴという一座は、一躍、トップ劇団の仲間入りをしたとのことです。
まあ、つまるところ、わたくしは、カマを掛けてみたのです。
男は、一度だけ少し不思議そうに首を傾げましたが、「三日程だ。距離は街より近いが、魔物がたくさんいる」と、そう答えました。
――やはり、この狩人はフォーリオ様では――
思わず訊ねそうになりましたが、令嬢としてのプライドがそれを許しませんでした。こういうものは自ら名乗って頂かなければ、わたくしが物欲しそうではないですか。
それに、まだ確定したわけではございません。偶々、この男も山小屋を持っていただけかもしれませんので……。ここは気を引き締めます。自らの願望に引きずられて、間違っていたという経験は何度もございます。兄がドレスを仕立てているという話を聞いて、てっきりわたくしへの誕生日プレゼントだと楽しみにしていたのですが、婚約者への贈り物でございました。わたくしの勝手な思い込みではありますが、がっかりするやら、気恥ずかしいやら、何とも言えない気持ちになりました。ですので、ここはまだ(仮)ということにしておきましょう。
「あの、質問があるのですが?」
「なんだ?」
「わたくしの頭に入っている髪喰い虫は、医者でないと取り出せないのですか?」
「……いや、そう言うわけでもない」
急に、男の歯切れが悪くなってしまいました。先程まで、貴族であるわたくしに対しても、遠慮なく言いたいことをハキハキと、いえズケズケと言っていましたが、声まで小さくなってしまっています。
「それは、あなたに可能ですか?」
「まあ、出来なくはないな……」
何故か、男がわたくしから目線を反らします。何やら思いついたが、それを言いたくない。といった雰囲気を感じます。何だか、あやしいです。すごくあやしいです。
「おそらくわたくしは、盗賊に攫われた時点で、もう死んだことになっているのではないかと思います。ですから、今すぐにユレイブへ行かなくても良いのではないかと。もし、もし確実にわたくしの命を救って下さる手段があるのなら……。そうして頂けませんか?」
これは本音です。もし山小屋があるのなら。もしそこで治療ができるのなら。もし彼がフォーリオ様なら。わたくしの中でいろんな思いが交錯しました。
「そうだな。俺が処置することになるが、山小屋へ行けば、アンタは助かるだろう。だけど、一つ問題があってな。そこへ行ったら、春まで半年間は街へ戻れなくなる。山には、もうすぐ雪が降り始めるからな」
男は腕を組んで、悩ましく顔をしかめました。
「それならば、先程も申し上げた通り、今すぐユレイブへ行く必要はありません。わたくしは大丈夫です」
わたくしは、ついに見つけたと思いました。十割とまでは言いませんが、おそらく彼はフォーリオ様でしょう。ですから、もうユレイブへ行く必要はないのです。フォーリオ・ユレイブ様こそが私の目的地なのですから。フォーリオ様と一緒ならば、春まででも、或いは一生でも、その山小屋で暮らしても構いません。そして、やはり『勇者の山小屋』はあったのだと。物語の中にいるような気持ちになりました。
――ところが……ですよ……。
「俺が嫌なんだよ!」
男は、面倒な女を見るような目をわたくしに向けてきました。
「はっ?」
わたくしは、驚きを隠せません。
「俺は、三日前にその山小屋から降りて来たばかりなんだ。今は街へ帰っている途中だ。街で獲物を金に替えて、色街なんかにも行ったりして、いろいろ楽しみにしていたんだ」
「なっ……⁉」
なんてことでしょう。彼は本当に、街を救い、国を救い、人類を救った勇者様の御子息なのでしょうか。先程までのわたくしの確信が一瞬で崩れました。しかも女性を前にして。色街などと……。最低ではありませんか、この人。
「人の命が掛かっているのですよ? あなたは、わたくしが死んでも良いのですか?」
「まあ、さっき遭ったばかりの他人だしなぁ」
「い、いや、助けてくれるのではなかったのですか?」
「そうだなぁ、助けないとは言ってない。だけど困ったなぁ~、冬は街で暮らしたいしなぁ~」
わたくしは、つい手に持っていたお肉を握り締めてしまいました。もちろん勿体ないので、後からきちんと頂きますよ。
「で、では、提案なのですが……、あなた、先程、街へ戻ったら色街へいくとおっしゃっていましたが、代わりにわたくしがお相手いたします」
そういった睦事については、ユレイブへ行くように告げられてから、急遽それ専門の家庭教師を呼んでバタバタと教わりました。かなり刺激的な授業でございました。本来なら娼婦と男娼による実演を鑑賞したりもするらしいのですが、今回は時間がなく、家庭教師によるモノローグだけになってしまいました。急場しのぎな面は否めませんが、それでも何とかなるはずです。
ですが、言ってしまった後、凄く恥ずかしくなりました。
家庭教師は――恥ずかしいことではありませんよ――と何度も呪文のように仰っていましたが、どうやら、あれはウソのようです。
「髪喰い虫女なんて嫌だな」
「ちょ、ちょっと、あ、あなたにはデリカシーというものがないのですか! これでもわたくしは、この国の王太子殿下の婚約者候補でしたのよ」
何なんでしょうか、この男は。わたくしの羞恥心を返して欲しいものですわ。先程までは――彼がフォーリオ様であればいいのに――などと思っておりましたが、その気持ちが、今は揺らいでおります。確定するまで、この男のことは、フォーリオ(仮)様と呼ぶことに致します。
「あーもー、わかったよ。明日、明るくなったら山小屋へ戻ろう。春まで街に帰れなくなるが、アンタ、それで良いんだな。それから山小屋まで三日と言ったが、それは俺一人の場合であって、アンタを連れて行くとなると、もっと掛かるだろうから、覚悟していてくれ」
男は溜息をついて、ガックリと肩を落としました。それほど色街に行きたかったのでしょうか。もしかして、フォーリオ(仮)様は、お胸が大きい方が好みだったりするのでしょうか。
「ならとっとと寝て、明日に備えようか」
それからフォーリオ(仮)様はテントを張り直し、魔物除けの香に再び火をつけ、虫除けのオイルというのを、周囲に撒いていました。
「テントはアンタが使いな」
わたくしは、えっ?と思いました。フォーリオ(仮)様は、優しいのか、冷たいのか、判らなくなってしまいます。当然、わたくしは外で寝かされるものだと覚悟しておりました。
「あなた様はどうするのですか?」
「俺はこうやって寝るさ」
フォーリオ(仮)様は、毛布に包まり、クスノキの大きな根の隙間にスッポリ入るようにして、背を向けられてしましました。
「クスノキの木にはモスキートや髪喰い虫は寄ってこないんだ。父が言ってた」
わたくしは、フォーリオ(仮)様の背に軽くお辞儀をして、有り難くテントを使わせて頂くことに致しました。
彼にとっての『父~』は途轍もなく大きな存在のようです。それが勇者様なら、然もありなんと言ったところですが、なぜか少しモヤモヤ致します。わたくしは勇者様というその大きな存在に勝てるのでしょうか。
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短編『特別な存在』良かった読んで下さい。
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