20話 ヒロイン
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ヒロインの名はフィオナ・バラン伯爵令嬢。彼女は、貴族学校へ入る直前に馬車で事故に遭い昏睡状態になった。意識はすぐに戻ったが、食事やトイレの他はずっと、ベッドの上でボーっと過ごしていた。
実はその時、前世の記憶が戻っていたのである。
しかし、その前世の記憶というのが、82歳まで生きた女性ヒロナ の記憶であり、また少女漫画家であった為、現実(実生活)と虚構(作品)と妄想(趣味)が、幾重にも折り重なり合いごちゃ混ぜになり、その余りの膨大な記憶データを、フィオナの低速CPUと少ないメモリでは、すぐには処理できず、結局20年以上経って、ようやく脳内に――processing is complete――と響いたのであった。
そこで漸くフィオナは前世の自分が書いた作品の中のヒロインとして生まれ変わったことに気がついたのだ。その時フィオナは36歳。
当初、フィオナは悲観に暮れた。自身の年齢に愕然としたのだ。自分がせっかく丹精込めて作り上げた完璧なヒロインに生まれ変わったというのに、物語がすでに終わっていたからである。
「なによ! この麗しい顔もメロンのような胸も、全部無駄じゃない!」
――随分、経年劣化されてますけどね――とフィオナの身の回りの世話をすべて任されているメイドは思う。
「魔族はどうしたのよ! なんで私が何もしてないのに、いきなり平和になってるのよ!」
――いきなりではない。彼是20年前には平和になっている。それにアンタが何かしたら、魔族がどうかなったとでも言うのか?――と聞かされているメイドは思うが、医師からはフィオナの独り言に答えてはダメだと言われている。まだ精神が安定しておらず、独り言は心の整理をしているのだから、それに誰かが答えてしまって己の中にある答えと不一致だった場合、再び前の状態に戻ってしまう可能性があるからだそうだ。
「それにいつの間に伯爵家になんて、上位貴族になってるのよ! ウチは男爵家だったじゃない。貴族と平民の両方の良いところを兼ね備えているからこそ、ヒロインたるのよ。様式美をしらないのかしら」
――あなたがボーっとしている間にですよ―― 彼女は、独り言なのか、訊ねているのか、とても判りにくい。だからメイドは、今日も心の中だけでツッコミを繰り返す。
恋の相手役だったはずのスチュワート王子は、何の波風もなく貴族学校を卒業して王太子となっていた。また悪役令嬢になるはずだった公爵令嬢も無事に王太子妃におさまっていた。
成す術もなく、意気消沈していたフィオナであったが、そんな時に王都を震撼させるニュースが轟いた。フィオナがヒロナの記憶に目覚めて一年後のことである。
王太子妃ご逝去の報であった。
悲観する王国民。喪に服す王都民。王宮も街も暗闇に包まれたように沈んだ。しかし、フィオナにとって、それは朗報だった。
実際に会ったことはないが、会うはずだった女、フィオナを虐めるはずだった女、悪役令嬢になるはずだった女、そして断罪されるはずだった女が、死んだのである。
フィオナは口の端を吊り上げた。
――ざまぁ――
そこからのフィオナは精力的だった。なんとかスチュワート王子に逢えないかと、年齢を顧みず、キラキラのドレスで舞踏会に出たり、呼ばれもしていないお茶会に参加したり、王宮の周りをウロウロしてみたり。が、そう簡単に一国の王太子に会えるはずもなかった。
王太子妃、つまり悪役令嬢が死んで2年が過ぎたある日のことだった。
フィオナの姪、つまり父の跡を継いでバラン伯爵となった兄の娘が屋敷のサロンで大泣きしていたのである。
「わたくしには無理ですわ。断って下さいまし」
聞くところによると、先日、王宮から呼び出しがあり、登城してみると、それが王太子殿下の妃候補を選出する為の集まりだったのだそうだ。まだ14歳である姪は、父親と同世代の男性に嫁ぐなど、嫌だと、兄伯爵に涙ながらに懇願していたのである。
無論、兄伯爵は、娘が登城する前から、それが御妃選びであることは知っていた。しかし王太子からの招待状を、伯爵風情が無碍に断ることなど出来るはずもなかった。
「ところで、どうして私には招待状が来ていないのよ?」
本気で不思議そうな顔で、兄伯爵に訊ねるフィオナ。
「はぁ? おまえは幾つだと思っているんだ?」
本気で不思議そうな顔で、妹フィオナを見る兄伯爵。
「そ、そうですわ。叔母様の方が王太子殿下にお似合いですわ!」
活路を見出したと言わんばかりに、それに食いつく姪。
「いやいや、将来の王妃だぞ! おまえのような変人が……。いやアリかもな。一応、生娘だもんな、おまえ」
そこから潮目が変わった。
あれだけ精力的に動いても遭えなかったスチュワート王太子に、(兄伯爵の手引きもあって)フィオナは偶然バッタリ(を装い)、運命の出逢いを果たしたのである。
――ついに物語が動き出した――
ヒロナの作家としての勘が、それを訴えていた。
そもそものシナリオではそうなるはずだったのだから、スチュワート王太子と突然の出逢いから恋に落ちるのに時間は掛からなかった。ハゲた中年太りのオッサンとケバケバしい中年女の恋の物語のはじまりであった。
そして、そこには新たな悪役令嬢までがいた。王太子スチュワートの婚約者候補ロザンナ・サグランティーノ侯爵令嬢である。フィオナは歓喜した。スチュワート王太子との運命の出会いも然る事乍ら、新たなる悪役令嬢の出現に胸をときめかせたのである。
フィオナ・バラン伯爵令嬢の噂は、当然、ロザンナの耳にも入ってきていた。ロザンナはそれに心の中で歓喜し、スチュワート王太子とフィオナの恋を心から応援するのだった。
そして、ロザンナが貴族学校を卒業する日。その式にフィオナを伴った王太子スチュワートが現れたのである。
フィオナの話は級友や使用人など色んなところから聴こえてきていたが、ロザンナが実際に会うのはこれが初めてだった。確かに噂どおりに、独特の化粧と髪型、そして奇抜なドレスであった。
そのまま貴賓席へ向かうものと思われたスチュワート王太子とフィオナであったが、二人は並んで壇上へ登ると、唐突に、卒業生であるロザンナを指差して、王太子は言ったのである。
「ロザンナ・サグランティーノ侯爵令嬢、お前を婚約者候補から外すことにする」
「承りました。理由をお訊きしても?」
ロザンナは心の中で手を叩いて喜んでいた。もう少しで「ありがとうございます」などと言いそうになった。が、ロザンナは、侯爵令嬢であり、貴族学校を優秀な成績で卒業したのだ。それを表に出しては行けないことぐらい弁えていた。今言うべきセリフを言ったのだ。
そして、そこからロザンナの断罪が始まったのである。
侯爵令嬢の身分をカサに着て、フィオナを虐めただの。詩集をゴミ箱に捨てただの。ドレスを破っただの。階段から突き落としただの……。
スチュワート王太子の腕に絡みつくフィオナはニヤニヤしていたが、身に覚えのない冤罪を着せられたはずのロザンナも心の中でニヤニヤしていた。何より王太子の婚約者候補から外れることが出来たのが、何より嬉しかったのだ。
斯くして、ロザンナ・サグランティーノ侯爵令嬢は、スチュワート王太子とヒロインによって断罪された。そして、――悪役令嬢――となったわけである。
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