9話 着替え
明日、タバコが値上げするようですが、わたしの吸っているタバコはお値段据え置きだそうです。
今更、詮無いことを思い出していると、女が川から帰って来た。どうやら水浴びもしたようで、幾分さっぱりとした面持ちだ。
「お待たせしましたわ」
そう言って、倒木、俺の隣に座る。――近いよ――と言いそうになったが、女から漂ってくる芳香に一瞬鼓動が速まり、言葉に詰まった。
「で、これは何ですの?」
女はシートの上に広げていた俺の子供の頃の狩人セットを繁々と眺めている。
「今のアンタの恰好じゃ、歩きにくいだろ? お貴族様は気に入らないかもしれないが、生憎、狩人の服しか持ってなくてな」
「えっ? これを私に貸してくださるのですか?」
女は手を合わせて、大袈裟に歓喜する。
「ところで、この装備はどこから出しましたの?」
女は不思議そうにブーツやパンツを手に取って言った。
「そりゃ、リュックサックの中からに決まっているだろう」
『魔法の袋』のことは、誰にも言わないし、今後も言うつもりはない。俺は決して油断しないのだ。
女はシートの上の装備とリュックサックを見比べているが、俺は素知らぬ顔をする。
「あなた様、もしかして魔法の袋をお持ちなのかしら?」
俺は首を傾げて、――何のことか判らない――といった風に胡麻化したが、上手くいっただろうか? 焦って一瞬ビクリとしてしまったが……。平民なら『魔法の袋』の存在すら知らないが、そこはさすがお貴族様といったところだ。
「ふ~ん、まあ、いいですわ。それで、わたくしが、これを着てもよろしいのですね」
「あぁ、かまわない」
腕を組んで頷き、女を見る。
しかし、女は装備を持ったまま動こうとしない。
「あ、あの、出来れば、あっちを向いて頂けませんか?」
なるほど、着替えるので、それを見られたくないと言うことだろうが、何だか今更のような気がする……。まあ良いだろう。
「わかった」
俺は、倒木に座ったまま、尻を軸にして回転して反対側を向く。
女の独り言と、ガサガサと衣擦れの音が聞こえてくる。別に見たいわけではないが、妙に振り返りたくて仕方がなかった。俺は何だかムズムズして肩を揺する。
「えっと、靴下はないのですか?」
「なんだ?」
俺は話しかけられた途端に振り返る。まだ上着しか着ていなかった女から小さく「キャッ」と聞こえた。
「ごめん。で、なに?」
俺は再び女に背を向ける。
「靴下です」
「あぁー、俺ので良かったら、少し大きいとは思うけど、新しいやつがリュックサックの中に入ってるよ」
ガサゴソと聞こえる。女はリュックサックの中を漁っているようだった。リュックサックは所詮、『魔法の鞄』のカモフラージュであり、大事なものは入れていない。まだ使っていない靴下が一つ、確か入っていたはずだった。
「あ、あの……」
「なに? 靴下、無かったか?」
「いえ……、ありましたけど……、テントはどこへ行ったのですか?」
「えっ?」
「だからテントです。それから焚火にかけていたやぐらとか、わたくしが脱いだドレスもリュックサックに入れていましたわよね?」
「えっ?」
「……ですよね?」
「えっ?」
しまった! ここまで来る道すがら、荷物が重かったので、女の視線をやり過ごして、邪魔な物はみんな魔法の袋に放り込んでいたんだった。
「着替えは終わったか?」
「いやいや、今はそんな話では……」
「もう振り返っても良いか?」
「まだですわ」
「早くしろよ」
「あ、はい」
ふぃーい(冷や汗)、何とか誤魔化せた? 誤魔化せたか?? 誤魔化せたよな???
評価お願いしますm(__)m




