第793話 山岳院の帝王ターガス!!(1) 町外れにて邂逅
エマイソヌ…、そしてヴァルグロとの戦いから一夜が明けた。まだ朝というにはいささか早い時間、僕とハンさんたちカプエストツ山岳院からやってきた四人の拳士たちはミーンの町の外にいた。
ヒュウウゥ…、風が鳴る。最近、あまり雨が降っていないから乾燥気味の大地から砂煙が舞い上がる。
今日は少しばかり寒い。周囲は殺風景…、むき出しの土の地面と少しばかりの石組みがある。
ここはミーンの町の南出て少しばかり西に行った所…、街道を外れやや森に入ったあたりだ。その森の中にそこだけ木々や草が生えにくいぽっかりとした空間があった。町の歴史に詳しい人から聞いた話ではかつてここには教会とか聖堂というにはかなり小さい祠のようなものがあったらしい。
そして川の流れを改修し町作りをした結果、現在のミーンの原型が出来た。代わりにこの祠の周辺にいた人々が利便性を求めて町へと移り住んだらしい。結果、この小さな信仰の拠点に人は集まらなくなり寂れてしまったのだという。
その時折吹く風とそれに揺らされて聞こえる枝葉の音…、それだけがこの開けた空間を満たしている。
「来る…」
ハンさんが呟いた。
「ヤツが来る…」
何かを予感しているのかハンさんが呟く、そして…。
ザッ…。ザッ…。
砂煙で視界が悪い。しかし近づいてくるしっかりとした足跡が聞こえてくる。そしてその足音の主がついに姿を現した。僕たちの少しばかり先、大きな声でなら会話できるくらいの距離で立ち止まった。
「……………」
いつもは笑顔のサクヤが今日は真面目な顔をして僕の横でふわふわと浮いている。戦う事になったら今回は彼女が手を貸してくれる事になっている。
フード付きのローブか、あるいはマントか…。それを身にまとっている人物だった。体格はナジナさんよりも大きそうだ。おそらく魔族のファバローマンなどを除く人類の中では最大サイズの体格ではないだろうか…。
「な…、なぜなんだっ!!?ターガスッ!!」
ハンさんが叫んだ。
「答えてくれ!あんたは人格、技量…どれを取っても右に出る者はいなかった!そのあんたがなんで勝手に山岳院を抜けたんだ!?」
その叫びにはハンさんがこれまでのエマイソヌやヴァルグロに対しての声色とあきらかに違うものだった。どこか悲痛さやあるいは必死さを感じる、それは脱走者に対してのものというより同門の兄弟弟子に対してのものに聞こえた。
「…うぬの問いに答える舌は持たぬ。求めるならば拳で語れいッ!」
「ぐっ…!!し、仕方がない!ハン・ドゥーケン!!」
ハンさんが両の掌を突き出し風の力を宿した気合いの弾を放った。するとターガスはそれに応じるように右拳と左拳、同時に揃って前に突き出した。
ボワアァア…。
ターガスのふたつの拳から光の粒子が集まる、そしてなにやら形が作られていく…。
「あ、あれは…、光の虎?」
ターガスの長いリーチを誇る腕の先から放たれたのは金色に光り輝く虎の頭部のような形をしたものだった。真正面からハンさんの放った飛び道具とぶつかり…。
「の、飲み込んだ…ッ!!」
ターガスが放った光輝く虎の頭部のような形をしたそれはハンさんの飛び道具を飲み込むようにして消し去った、勢いはかなり落ちたがそれでもまだハンさんに向かって飛んでいく。
「ハン・ドゥーケン!!」
横合いからショーンさんが炎を宿した飛び道具を放つ。それはハンさんに向けて飛んでいたターガスの飛び道具に当てた、それでようやく虎の頭の形をした飛び道具は消えた。それを見てターガスはほうと短く洩らした。
「どうやら修行は欠かさず積んでいたか…、ひよっ子ども…」
先程のハンさんの問いを拒んだ時とは少しばかり違う、どこか興味を持ったような声だった。
「ショーン…、うぬは炎を拳に宿す事しか出来なかったはず…」
「へっ!そうだぜ!他にもなァ…」
「おうっ!やるぞ、ショーン!」
ハンさんは風の力を…、ショーンさんは炎の力を踏み切る足に込めて空中回し蹴りにいく…。だが…。
「遅いッ!!」
バッ!!
ターガスが跳んだ、その姿はまさに跳躍といったもの。虎や狼が静止した状態から一気に飛びかかるように…、ハンさんとショーンさんとの間合いを一瞬で詰め真空飛び膝蹴りにいく。
「ぐはっ!!」
「うぐっ!!」
肉体に膝がめり込む鈍い音がふたつ続けてしたかと思うとハンさんとショーンさんが吹き飛ばされていた。その吹っ飛ばされたふたりをケイさんとガンさんがかろうじて受け止める。
「し、真空飛び膝蹴り…。それを空中で二回繰り出して…」
あ、あきらかに…、このターガスの実力はハンさんたちと…あるいはエマイソヌやヴァルグロと比べても格上だと感じる。
「くっ!や、野郎!?俺様がッ…」
ガンさんが受け止めたハンさんを地面に寝かせると今度は俺が相手だとばかりに立ち上がる、ケイさんもまた同様のようだ。対してターガスはフード付きの服を脱ぎ捨てた。
現れたその姿は筋骨隆々、体にはいくつもの傷跡がある。頭部はスキンヘッド、冒険者ギルドのマスターであるグライトさんとは異なり髭は生やしてはいない。
身につけているのキックボクサーが身につけるトランクスのみ、そして裸足であった。
「ぬああああっ!!」
そのターガスが全身に力を込めると光を帯び始めた。
「くっ…。こうして目の前にしてみるとこいつの宿している光の精霊力はケタ違いだぜ。全身にビンビンきやがるッ…!」
水と光…、属性こそ違うけれどおそらく精霊の力を借りて戦うカプエストツ山岳院の拳士だけあってケイさんはターガスから何かを感じるものがあるらしい。
僕の目にもターガスが帯びている光はハッキリと分かる、だけどそれよりも気になるものがあった。僕のすぐ横で浮かんでいるサクヤがターガスの背後を指差している。目をこらして視線をやればターガスの背後に光のオーラが浮かんでいる…。それは日本で育った僕でも見た事がある有名な動物だった。
「そ、それだけじゃ…ない…。あ、あの人の…は、背後に…、背後に…」
僕が思わずそう呟くとターガスが首だけ向けて初めてこちらを見た。おそらく僕の存在など眼中には無かったのだろう、そのターガスが口を開いた。
「…見えるのか、うぬには?我が宿す真の百獣の王の姿が…」
「見える」
僕は短く応じた。
「ならば…」
ターガスがこちらを向いた。
「うぬは我と戦う運命にあるらしい…」




