第753話 プロローグ 目にしたトラブル
ミーンの町の外で襲撃を受けてから数日が過ぎていた。あの後、目を覚ましたグラを胸ポケットに入れて用心しながらミーンに戻った。ギルドや子爵邸にも報告を入れしばらく警戒体勢を取った。しかし襲撃の第二波はなく、町にも暗殺者と思しき人物の出入りはない。僕が狙われた理由は分からないがしばらくはこのまま警戒を緩めずいようという事になった。
しかし、ずっと新居に閉じこもっているのもなんだか癪だ。なので僕は冒険者ギルドで朝食を販売したり、注文があった品を売りに行ったりと日々の生業をこなしながら日々が過ぎていく。シルフィさんたちが身につけるドレスやアクセサリー、それから会場の手配など結婚式の準備もほとんど終わっている。それゆえ今は遠方からの招待客を待っているところだ。
なにしろ車や電車なんかない異世界だ、ミーンの町にやってくるにしてももう少しばかり時間がかかる。だからしばらくは時間を要する。そんな訳で僕はいつも通りの商人としての日々を過ごしていた。
……………。
………。
…。
空になった荷車を引きながら思わず僕は呟いた。僕は今、ヒョイオ・ヒョイさんが営んでいる酒場や劇場に注文を受けたお酒を納品しに向かっていた。
「ふう…、いくらガントンさんたちが作ってくれた特性の荷車といえどもたくさんのお酒を積ぶのは重たいなあ…」
荷車を引きながら僕がそう言うと護衛をしてくれているナジナさんが言った。
「それならにいちゃん、誰か荷車を引いてくれるヤツを雇ったら良いじゃねえか」
僕よりはるかに体格も体力も優れているナジナさんが荷車を引けば良いかも知れないが彼はあくまでも僕の護衛、いざという時に対応できなければ意味を為さない。だから荷車を任せる訳にはいかない。それで僕が荷車を引いていた訳だ。特に先日暗殺をされかけた訳だし、腕利きの護衛を雇うのは定石だ。さらに周りから見えないようにもう一手打っていた。
「……………」
それは僕の胸ポケットにいるカグヤの存在。カグヤは闇精霊、闇を司ると同時にもうひとつの側面…人の精神の動きを感知する事に長けている。仮に先日のように暗殺を仕掛けてくる者がいたら察知出来るという、いわば悪意発見レーダーとして護衛してくれている。そしてもう一人、キリもいた。彼女は風精霊、ウチにいる精霊たちの中では光精霊のサクヤに次いでスピードがある。急な場合に対しての対応と特に先日のように遠距離から矢で狙われた場合に一番頼りになる。日によってメンバーは変わるが常に精霊にもついていてもらっている。
悪意の感知にはカグヤが、遠方からの射撃にはキリ、そして切りかかってくる刺客にはナジナさんやウォズマさんが対応してくれる。
油断する訳にはいかないが怯えているのも嫌だ。そんな訳で僕はなるべく今まで通りの生活を送るようにしている。だから今もこうして努めて明るく受け応えをする。
「ははは、僕も荷車は引けますからね。だから自分に出来る事は自分でやりたいと思いまして」
ナジナさんに応じている僕に今度はウォズマさんから声がかかる。
「ふふふ…、ゲンタ君は働き者だな。普通はここまでの大成功をしていたら仕事は部下に任せて自分はなかば楽隠居…、そんな生活になる商人も多いのに…。立派なものだよ」
「いやあ、それほどでも…」
そんなやりとりをしながら町の中を歩く、もう少しでヒョイさんの経営する社交場といったあたりで怒鳴り声が聞こえてきた。しかもその声の出所は目的地であるヒョイさんの社交場の前からであった。僕たちは急いでそこに向かう。
「ふざけてんじゃねえぞ!」
「さっさと店開けて飲ませろっつってんだよ、こっちはよォ!!」
そこではガラの悪い連中が五人ほどおり、社交場の前に立つ老紳士…オーナーであるヒョイさんに詰め寄って叫んでいる。しかし、ヒョイさんはいつものように飄々として男たちをあしらっている。ちなみに兎獣人族の子が数人、社交場の入り口の扉からその様子を見守っている。
「いやはや…当店は夕刻より店を開けておりましてな、このような昼間からやっていないのですよ。それと…、大変申し上げにくいのですが…そのようなお召し物で当店にお入りいただくのはちょっと…。せめて襟付きの服を…」
ヒョイさんが営むこの社交場はこの町一番の高級店だ。羽振りの良い商人や爵位を持つ人が来たりもする。それをこんな…言葉は悪いが粗野な格好…中には上半身裸の奴までいるのはあきらかにドレスコードに引っかかるだろう。
「知らねーよ、ンな事よォ!」
「とにかく俺らを入れろや!高え酒持ってこいや、コラァ!」
うーん…、一番高い酒…?それって僕が持ってくるワイン…、水精霊だよな…。言っちゃ悪いけどこいつらに払えるとはとても思えない。そんな自分たちと高級店の雰囲気があからさまに違う事を知ってか知らずか男たちはさらに声高に好き勝手な事を言い出し始めた。
「あー、もう良いや。だったらよぉ、勝手に入らせてもらうぜ!」
「俺はそこにいる獣人の女でいいや、ちっと相手しろや」
「めんどくせえからジジイ、ケガいたくなけりゃ引っこんでろや!ああ!?」
そう言うとヒョイさんの一番近くにいた男がナイフを見せつけるようにしながら迫る。
「おやおや、これは危険な物を…」
「俺らを怒らせんじゃねえよ、どうなるか分かってんだろうな、ジジイ」
男はさらに調子に乗りニヤニヤと笑いながらそのナイフの刀身をヒョイさんの頬にピタピタと当てた。
「やれやれ、仕方ありませんな…」
ため息をつきながらポツリとヒョイさんが呟いた、それを受けてナイフを持った男は調子に乗り出した。
「よーやく分かったか、ジジイ。だけどよォ、俺らをこんだけ待たせたんだから酒代はタダで…ぐがぁ!!」
突然悲鳴を上げる男、いったいどうしたんだ?
「ゲンタ君、あの男の足元… 」
「足元?…あっ!
ウォズマさんの言葉に悲鳴を上げた男の足元を見てみる。すると男の足の爪先にはヒョイさん愛用の杖が突き立てられていた。たしか爪先って痛覚とかが集中しているんじゃなかったっけ…、真偽はともかくあれはとても痛そうだ。そしてヒョイさんは男たちが意表をつかれているスキに次の行動に移る。少し後ろに下がり腕を真上に振り上げる。
ガッ!!
硬い物同士がぶつかる音、それに気付いた時には男の手にしていたナイフが宙を舞っていた。見ればヒョイさんは何やら細身の反りのある剣を手にしていた。
「あ、あれは…」
「仕込杖か…、久々に見たぜ」
僕が驚いている中、ナジナさんは冷静に状況を見守っている。さらにヒョイさんは次の行動に移っていた。
ピウッ!!
空気を切り裂く音をさせながらヒョイさんは杖から抜いた刀身を真下に切り下げた。男の着ていたシャツが縦に切り裂かれさらには腰のベルトも切れていた。ズボンがズルリと下がる。
「わ、わわっ!!」
爪先の痛みに悲鳴を上げていた男だがズボンがずり下がるのは嫌だったらしい、慌てて両手で脱げそうになるのを防いだ。
「く、くそっ!?お、おい、お前ら!やっちまえ!相手はジジイひとりだ、こっちは…」
ズボンを押さえながら男が怒鳴る、虚をつかれていた男たちだが相手がヒョイさんひとりである事を再認識するとそれに勇気付けられたのか取り囲もうと動いた。




