二番勝負:魔法少女vsヤクザ
「さて、というわけでわたしの下僕一号。焼きそばパンと牛乳を買ってきなさい」
「来るかっ!」
昼休み、当然のようにそう言った斉藤に、俺は思わず叫び返した。
ちなみに、なぜかやはり当然のように斉藤は俺の隣の席になった。ご丁寧にそれまで隣にいた鈴木くんが席を交代してくれてまでの措置である。
うっかり知り合いだとわかってしまったが故の惨状だった。おのれ。
「ていうか、昨日のアレはマジでなんだったんだよ。おまえ通りすがりの変質者じゃなかったのか」
「ものすごい言われようね。わたしがいなければいまごろどうなっていたと思ってるのよ」
「どうなってたの?」
「あまりの恥ずかしさに頭を抱えてのたうち回ってたはずよ」
「どうなってたの!?」
マジでどうなってたのか教えてくれ。
「つうか、俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな。魔法少女ってアレはなんだっていう話で」
「最近始めたのよ」
「魔法少女って始めようと思って始められるものじゃないだろ!?」
「なんで始められないと思ってるの?」
「え? それは……だって、魔法とか使えないだろ、普通」
「あなたいい年してまだ魔法なんて信じてるの?」
「だからテメエが言ったんだろうがよ畜生!」
「だいたい魔法少女が魔法を使えるって発想自体が固定観念なのよ。いいじゃない別に使えなくても」
「じゃあなにが魔法少女とそうでないものの線引きなんだよ」
「一部業界の調べによると、触手に襲われるか否かの差らしいわよ?」
「エロゲー業界の話じゃねえかよ!」
「あら。詳しいのね下僕一号。未成年のくせに」
「言い出したのおまえだろうが! あとその呼び名やめろ!」
「下僕一号ってアレよね。『絶対触手になんて負けないんだから!』とかそういうタイトルのCG集を思わずタイトル買いしちゃって、内容がマジで女の子が触手を惨殺していく逆リョナ物だったことに後で気づいて後悔するタイプよね」
「しょうがねえだろパッケージはちゃんとエロそうだったんだよ!」
あとなんでその事実を知っている貴様。
「まあその件は後で先生にチクるとして」
「チクるなよ陰湿女!」
「もっとヤバい例のネタをチクられたくなかったら放課後ちょっと顔貸しなさい。いいわね?」
「ねえよそんなネタ!」
「あら……? そんなこと言っていいのかしら? あなたが忍者の――」
「顔出させてもらいますすんませんでした!」
即敗北だった。
「さて、そういうわけで今日のターゲットはこのビルの2階よ」
放課後。
斉藤はそう言って不敵に笑った。
俺はビルの看板を見て、
「雀荘……ねえ」
「そうよ」
「なんでここに行くんだ?」
「だから人助けだってば。聞いてなかったの?」
「人助けって柄か……?」
「失礼ねえ。わたしはこれでも、現代に生きる遠山のウンウンウニウムさんと呼ばれた女よ?」
「なんでその金属選んだの?」
「ググったら遠山の金さん銀さんって名乗る面倒そうなのがいたから、なるべく遠いのを選んだのよ」
「…………」
ノーコメントで。
「まあともかく、その遠山のイッテルビウムだかなんだかは今回どういうひとを助けるんだ?」
「この賭け雀荘を運営してるヤクザの対立組織だけど」
「それ人助けでもなんでもない鉄砲玉じゃん!」
「報酬はもうもらってるからいまさら引けないのよ。わかったら行きましょ」
「いやだ俺はまだ死にたくない!」
じたばたする俺をきれいに押さえつけて、斉藤は階段を上ってドアを開けた。
そこには強面のガタイのいい兄ちゃんが数人と、
「人払いは済んでる。ここに普通の客はいないから心配はいらないぜ、嬢ちゃん」
とうそぶく、小柄なはげたおっさん。
「どうやら、一風会からちゃんと連絡は行ってるようね」
「当然だ。……が、マジでこんな嬢ちゃんがね……」
じろじろと無粋にねめつけてくる、おっさん。
「確認するわ」
「おう」
「4人打ちで各陣営ふたりずつ。使うのは全自動卓。いかさまが発覚した場合はチョンボ扱い。飛び終了あり。25000開始30000バックで半荘3回だったわね」
「おう。その他の細かいルールはそこの壁に書いてある」
言っておっさんは壁を指す。
……これがこの雀荘のローカルルールか。
「これも確認しとくか。……レートは?」
「おいおい」
おっさんはいやな感じに笑った。
「聞いてねえのか? アンタ代打ちだって聞いたが、自分が何背負ってるのかも理解してないのかい」
「そのへんも含めた確認よ。……勝ち越したほうが、負け越したほうの生殺与奪権を得る。それでいいのよね?」
「悪くはねえ。……が、価値の釣り合いが取れてるかどうかは確認しないとな。お嬢ちゃん、まさか身ひとつで来たってわけじゃあるめえな? アンタ一人風呂に沈めた程度で割に合う賭けじゃねえぞ」
「わかってるわよ。……だから、これを持ってきた」
ごろん、と、斉藤が雀卓になにかを置く。
「……おい」
「へえ」
周囲に控えていた男の一人が、それを受け取って顕微鏡でしげしげと見る。
「……まあ、億は行くっすね。妥当なとこかと」
「悪くねえ」
おっさんは尊大に言って、
「……が、護衛もいないってのは解せねえな。おまえさん、怖くねえのかい?」
「あら。敵の心配をするなんて優しい極道ね」
「心配してるわけじゃねえんだがな……」
「心配ご無用。わたしがなんのためにこの男を連れてきたと思ってるの?」
言って斉藤は、俺を無造作に指さした。
……って、おい。
「このいかにも使い物にならなそうなガキがなにか?」
「言葉遣いに気をつけたほうがいいわよ。……こいつだけは連れてきたくなかったのよね、正直。
ブチ切れたらわたしも止められないんだから」
「おい、まさかこいつ……」
「そう。『カシル』よ」
言われて、場の空気が凍った。
……ちなみに俺は、場の空気とは関係なしにさっきからカッチコチである。
(斉藤のやろう……ガチでやばい場に俺を巻き込みやがった!)
抗議したいけど、ボロが出たらマジで殺されかねない。泣きたい。
「……悪くねえ。役者は揃った、っつーところだな」
「そちらの駒は?」
「そいつだ」
あごをしゃくった先にいたのは、明らかに日本人ではないスキンヘッドの男。
「これで2対2ってとこだ。……が、ちと注文はつけておきたいな」
「なにかしら?」
「袖がある着物は、いかさまの危険がある」
おっさんは言った。
「こっちもそれを考えて、スーツ下は袖なしにしてる。アンタもその制服の上を脱ぎな」
「ああ、なんだ。そういうこと」
言って、あっさりと斉藤は上着を脱いだ。
……たぶん、女の子に脱衣を要求して動揺を誘う心理戦のたぐいだったんだと思うけど、その効果はなかった。斉藤は、黒い半袖のインナーを最初から着ていたのだ。
「これでいいでしょ? じゃ、始めましょ」
「……ふん」
「ほら、あなたはそっちね」
「お、おう」
言われるままに席に着く俺。
……どうでもいいけど、俺、麻雀のルールほとんど知らないんだけど。
やったことがないわけじゃないけどさあ……そのへん、斉藤のやつ、わかってるんだろうか。
思っていると、目が合った。
にやあ、と笑う斉藤。
……かけらも、安心できなかったが。
(まあいいや。なんかどうせ企んでるんだろ)
「じゃ、始めましょうか」
全自動卓が山を出してきて、サイコロが回り、斉藤が最初の親になる。
そして、全員が山から牌を取っていく。
……?
なんか一瞬、おっさんの顔が引きつったような。
「じゃあ開始ね。というわけでツモ。天鳳」
「ってマジかよ!?」
「貴様……!」
「なに?」
激昂しかかるおっさんに、冷たく問い返す斉藤。
一瞬で落ち着いた風貌を取り戻したおっさんは、
「……なんでもねえ」
言って、点棒を取り出した。
が、当然それで収まるはずもなく。
「これで4回連続天鳳。そちら2回目の飛び終了ね。これでこちらの勝ち越しが決まったと思うけど?」
斉藤が言った。
……無茶苦茶である。
「い、いかさまだ……」
「あら。なにを根拠に?」
「できるわけねえだろ、こんなのっ!」
「確率的にゼロではないわ」
「ああそうだな! だからどうした!」
「しつこいわねえ。だったらどういういかさましたのか言ってみなさいよ。大サービスで、当てたらわたしの負けってことにしてあげるわよ」
言うと、おっさんは一瞬沈黙した。
「これで終わりね。じゃあ……」
「そうだな。終わりだ」
言って、おっさんは懐から……おいおい。マジで銃取り出したよこいつ。
「悪いが死んでもらう」
「……いいの? それ、ガチの抗争になるわよ」
「こっちがくたばるよりはマシだよ。……幸い、おまえらが死ねば、ここを見ていた人間はうちの連中しかいねえ。おまえらが先に暴れたって言えばギリギリ筋は通る」
「あ、兄貴。いいんですかい? あいつ、あの『カシル』ですよ?」
「じゃあそっちから殺すか」
言って無造作に兄貴とやらは俺に拳銃を向け、
ばん、という音と共に、俺は地面に倒れ込んだ。
「これで死んだ。さすがにカシルとやらも、死んだら相手を殺せねえだろ」
おっさんはそう言って笑う。
斉藤はつまらなそうに、
「つまらない決着になったわね」
「ああ、そうだな。
ああ、ちなみにアンタはすぐには殺さねえよ。危険なのは片付いたし、とりあえず楽しむだけ楽しんでから――」
「あ、兄貴! 大変だ!」
ばん、と雀荘の扉が開いて、男がひとり駆け込んできた。
「なんだ! いま、取り込み中だぞ!?」
「そ、それが……」
「なんだよ」
「取り囲まれてるんです! この雀荘が! ひゃ、百人以上の警官に!」
「……あ?」
固まるおっさん。
「下僕一号ー。もう起き上がっていいわよ」
「起き上がっていいわよ、じゃねえよ……マジで死んだかと思ったぜ」
「その割には、ノリノリで倒れてたじゃない。ナイス演技よ」
「腰抜かしたんだよ悪かったな!」
「お、おい。なんで生きてるんだこいつ?」
「え? ああ。銃弾ならこっちで回収したわ」
けろりと言って、斉藤は――どういう方法でか知らないが、俺に向けて発射されたはずの銃弾を、手の中でもてあそんで見せた。
「殺人未遂。目撃者はわたしね。それと銃刀法違反。……アンタをしょっぴくにはこれで十分。賭博関係で罠を多重に張っておいたのが馬鹿らしくなるほどあっさりしっぽ出したわね」
「て、テメエ……!」
おっさんはこめかみをひくつかせ、
「だ、だがそれを証言したらテメエも捕まるぜ。なにしろ賭博をしてたわけだし、それに『カシル』と来たら有名な殺人鬼だ。テメエも俺たちと一蓮托生なんだぜ?」
「ああ、悪い悪い。それ嘘」
「なにーーーーーーーーーーっ!?」
「というか、一風会とわたし、なんの関係もないから。今回の雇い主は警察なんで」
「……あー」
俺はうめいていた。
たしかに、『ヤクザの対立組織』ではあるな。警察。
「て、て、テメエ! 騙したのか!?」
「騙されるほうが悪いのよ」
あっさり言って舌を出す斉藤。
「そこまでだ! 全員手を挙げろ!」
雀荘に突っ込んできた警官たちが叫び、おっさんはがっくりとうなだれた。
こうして。
ヤクザ同士の深刻な抗争に発展しかけていた某事件は、当事者のおっさんが警察に捕まることによってなし崩し的にうやむやになったのだった。
……いや、後から聞かされた話なんだけどな。これ。
ひどいもんである。
「それとあのとき、おまえ結局どうやっていかさましてたんだ?」
「え? 銃弾つかんだのと同じよ? アポートであらかじめ並べておいた山を全自動卓が出そうとした山とすり替え。サイコロもすり替え」
「うわあ……」
「たぶんあの卓あっちがいかさまできるように仕込んでたでしょうけどねー。それとおっさんの横にいたもう一人、あれたぶん有名なギャンブラーね。……天鳳だとどっちみちなにもできないけど」
「ていうかおまえ、実はアポート以外の魔術使えなかったりする?」
「失敬ね。○○○○すら使い物にならない奴が」
「おまえの方が失敬だよ!?」
ちなみに、実は斎藤が使っている能力は「アポート」(遠くのものを手の中に呼び出す)と「アスポート」(近くのものを遠くに送る)のふたつですが、斎藤は面倒なので両方アポートと呼んでいます。