保護者のいる小動物系女子
「私、女の子に嫌われるんです……」
「私こんな性格だから、女子から嫌われちゃうんだよねー」
真反対の女生徒から、ほぼ同じようなセリフを2連続で聞いた。
学園の二大『女子から嫌われる女子』を前に、貴族スマイルを貼り付けたまま、内心ため息をついた。
対象は主に当の女生徒ーーではなく、その周りに侍る男性たちにだ。
ーー女に嫌われる女について、あなた方はもう少し考えた方がいい。
◇◇◇◇◇◇◇
「お初に……お目にかかります。シャーロット・ターレスと申します」
ぎこちないカーテシーで、小さな声で女生徒ーーシャーロット嬢が挨拶をした。
背後に立つのはその兄、ヘンリック様。
妹を愛してやまないと噂の御仁だ。
微笑ましく見ている姿は、保護者を通り越して孫を愛でるおじいちゃんみたい。
私ーーマリアベル・ハルフィンは、婚約者である第二王子殿下を通じて『依頼』され、この兄妹とのお茶会をセッティングした。
同席者に殿下と側近候補のジェイデン様、そして従妹のミュリエル・グリフィスを加えることを条件として。
そのミュリエルは、噂の同級生を見て楽しそうに目を細めてる。
ミュリエルの性格をよく知る殿下もジェイデン様も、これからの展開を想像し少し青褪めてる。
『マリー、頼むよ!』
『ミューに関しては無理』
視線で意思疎通を図れるのは、こういう場でとても便利。
すでにミュリエルには『程々にして?』と送ったが、『状況次第』としか返されなかった。
「マリアベル様、ミュリエル嬢、私の妹のために機会をいただき誠にありがとうございます。殿下もジェイデンも、お付き合いくださり感謝申し上げます」
私より一学年先輩のヘンリック様は、さすがに成績上位者であり伯爵家の嫡男である、と言った礼儀作法で挨拶した。
頷くことで着席を促す。
「それで?本日は、妹さんのお悩みを相談されるんでしたわね?」
長引かせるのもアレなんで、さっさと本題に入ろう。
従妹を暴走させるのも不本意だ。
ヘンリック様が頷く。
「そうなんです。妹は入学して一年経つのですが、いまだ同級生と交流を持ててない状況にあります。と言うのも」
「待って」
饒舌に語るヘンリック様を手で制すと、その手をそのまま、妹のシャーロット嬢へ向ける。
「ヘンリック様。妹さんのご相談を、あなたが全て語るの?お気持ちはご自分でお話になって。シャーロット様」
貴族スマイルを浮かべて促すと――シャーロット嬢は小さく息を呑んだ。
隣の席のヘンリック様の袖を掴む。なんで?
「お兄様、怖い……」
「大丈夫だよシャーロット。勇気を出して。マリアベル様、シャーロットは気が弱いのであまり睨まないでやってください」
は?
え、私今睨んだ?
という視線を殿下とジェイデン様に送ると、二人はブルブルと首を振って否定した。
ミュリエルを見たら『今まさに睨んでる』と返された。うん、今は睨んでるね。
「聞きしにまさる、ねぇ」
楽しそうなミュリエルの呟きで少し冷静になったけど、ここからの進行は殿下に委ねることにした。
アイコンタクトで通じた殿下が先を促す。
紅茶を飲みながら、噂通りだと思った。
見ただけでケチをつけられるのは堪らない。
「あの、私、どうしても女の子に嫌われるんです……。頑張って話し掛けたりしたんですけど、少しすると避けられるようになってしまって。お兄様や男子生徒とは普通に話せるんですが、女子だけの授業とかで浮いてしまって……」
兄曰くの『勇気を出して』、シャーロット嬢が現状を打ち明ける。
言い終わると、ヘンリック様が頭を撫でていた。
「女生徒に避けられるのか?」
「あの、近くを通っただけで周りからいなくなられてて、声を掛けられないんです。それで一人でいると男の子が声を掛けてくれるんですけど、そうすると余計に女の子と関われなくて……」
シュンとした様子に男性陣は同情的。
ミュリエルは楽しそう。私は呆れた。
「シャーロットは昔からそうなんです。子どもたちで遊んでいても、女の子達の輪からは外されてて。私や友人が遊んであげてたんです」
兄の追加情報に、シャーロット嬢が顔をあげた。
心なしか決意が滲んでいるような。
「でも、このままじゃ駄目だと思って、それで……」
「殿下にお願いして、マリアベル様との席を持ってもらったんです。妹と交流してあげてくれませんか?ミュリエル嬢も」
執り成しに王族を挟むってどうなのかしら?
少し呆れたが、学生のうちなら許容範囲かなとも思う。
殿下がこちらを窺っているが、まだ話す気はない。
にっこり笑い、『続けて』と示すと殿下は諦めたように兄妹へ話を振った。
「……ヘンリックには婚約者がいただろう?彼女との交流は?」
するとヘンリック様が眉を顰める。
「頼みましたよ、入学早々に。でも聞きはしないんです。『頼れるお兄様がいらっしゃるのだから、わたくしは遠慮します』とか言って。彼女は以前から、シャーロットに親身になってはくれないのです」
憤懣やる方ない、と言った風だ。
以前から、ねえ。
チラ、と視線を向けると、ヘンリック様が私に訴えてきた。
「シャーロットの礼儀作法がまだ拙いことは承知しております。気が弱いのではっきりと意見も言えませんが、優しい子です。周囲に嫉妬されても、誰も責めたりしません。兄の私が言うのもなんですが、気立ての良い妹なのです。どうかわかってやってください」
真剣に妹のことを思ってる、それは分かる。
だが、根本的に間違ってる。
ジェイデン様が完全に傍観者と化してるミュリエルに水を向けた。
「ミュリエル嬢は、シャーロット嬢と関わったことは?」
「クラスが離れてるので、お会いしたこともないんです。なので、この茶会のために〝情報収集〟して来ましたわ」
「情報収集?」
殿下もジェイデン様も驚いてる。
ヘンリック様はまた険しい顔になった。
「誰に何を聞いたのか伺っても?ミュリエル嬢」
「あまりいい表現じゃないですよ?ヘンリック様」
「予想はついてます。どうせ、シャーロットが男好きだとかいい子ぶってるとか、そのような内容でしょう。浅ましい」
吐き捨てるようなヘンリック様の言い分にも、ミュリエルはニコニコとして黙ってる。
シャーロット様が泣き出しそうな顔をした。
「わ、私、そんなつもりじゃ……」
「大丈夫だシャーロット。私達は分かってる。つまらない嫉妬による、誹謗中傷だ」
こりゃ駄目だ。
思わず盛大にため息をついてしまったので、皆の注目が集まる。
もういいかな?と思っていると、ミュリエルが『どうぞ?』と目で言ってきた。
この勘違いによる茶会を、さっさと終わらせよう。
パン!と扇を開いて口元を隠し、兄妹に質問した。
「ねえヘンリック様。シャーロット様。『女の子に嫌われる』と仰るけど、理由はなんだと思ってますの?」
二人とも、一瞬ポカンとしてた。
嫌われてる、そんなことはない、と言う観点での話をされると思っていたのだろう。
「り、理由?」
「シャーロット様が避けられる、と言うのは本当でしょう。そこは否定しません。避けられる、その理由をあなた方は何だとお思い?」
「それは、シャーロットの作法が拙いのと、後は嫉妬とか「違います」」
バッサリ遮ると、ヘンリック様はちょっとムッとしたようだ。
ちょうどいい。
「まあヘンリック様。そのような目で睨まないでくださいませ。殿方に睨まれるなんて、恐怖を感じますわ」
「は?」
棒読みなセリフで先程のヘンリック様を再現してやる。
兄妹は呆然、オーディエンスはあまりな大根っぷりに肩を震わせてた。失礼な。
ハッとしたヘンリック様が、慌てて訂正する。
「いや、マリアベル様!私は睨んでなどおりません、少し見つめてしまっただけで」
「分かってますよ。だからです」
「え?」
「ちょっと長く見ただけで、睨んだと言われる。シャーロット様が倦厭される理由です」
しばらく沈黙が下りた。
私の言葉に、殿下とジェイデン様は納得し、ミュリエルは笑ってる。
「まさか、そんな理由で?」
「視線は受けた本人のお気持ち次第ですから、シャーロット様が『睨まれた』と思い怖がることは否定しません。ですけどね、何度も同じことを言われたら見ることもしなくります。当たり前でしょう?」
「あ……」
シャーロット様は自分の行いを振り返ったようだった。
ついでにミュリエルに情報の開示を指示した。
「シャーロット様の評判は一言に尽きます。『お兄様や取り巻きが突っかかってくるのがめんどい』。以上です」
「……は?」
想定外過ぎて腑抜けた顔になってるヘンリック様に、ミュリエルは慌てて扇で口元を隠した。
きっと大笑いしたいのを必死で耐えてるのだろう。
仕方ない、従妹の評判が落ちる前に交代だ。
「……わたくしもミュリエルから聞きましたが、誰一人としてシャーロット様個人については何も言ってないそうです。なにせ関わりがありませんからね。話し掛けられる、何かの拍子に怯えられる、ヘンリック様や男子生徒がケチをつける。これらが噂となり、シャーロット様に関わろうとする女生徒がいなくなりました。関わっても益がないからです。それはヘンリック様の婚約者のご令嬢も同じですわ」
ヘンリック様は押し黙ってしまった。
婚約者の令嬢はクラスメイトなので、少々お節介とは思いつつも諌めることにした。
「ねえヘンリック様。あなた先程、わたくしに『睨むな』と仰ったわ。高位のわたくしにすらそんなことを言うのですもの、婚約者にはもっとキツく叱ったんでしょうね」
「っっ、それは……」
「自分よりも妹を大事にする婚約者。双方から話を聞くならまだしも、一方的にこちらだけ叱責してくる。しかもなんです?シャーロット様に嫉妬したから?おかしなことを言うわ、シャーロット様のどこに嫉妬する美点があると?」
「いえマリアベル様、それはですね」
「確かにシャーロット様は可憐ですが、作法もできない、社交も壊滅的、伯爵家のご令嬢としては現時点で底辺です。そんな方を嫉妬してるなどと誤解されて、どうしてその上面倒まで見てあげなければならないの?婚約者の言葉はそのままですわよ。『自分で面倒見ろ、私は知るか』」
「…………」
自分の思い違いを理解したのか、ヘンリック様の顔色はかなり悪い。
身に沁みたようなので、もう少しだけ忠告することにした。
「ヘンリック様とシャーロット様は、いつまで〝そのまま〟でいらっしゃるおつもり?」
「……そのまま、とは」
「作法の拙い可愛い妹とその保護者代わりの兄。これまでそうやって過ごしてきたのでしょう。今はお二人とも学生ですが、そのままで卒業なさるの?」
「あっ……」
「ヘンリック様には婚約者がいらっしゃいますけど、今の関係のままで彼女が嫁ぎたいと思ってるかと言えば、それはないでしょうね。もし婚約がなくなったとして、その次に候補は出るかしら。ミュリエル、どう?」
「婚約者より妹を大事にするって評判の伯爵令息?ははっ、あり得ないでしょ!始める前から終わってるわ」
従妹に振ると率直な意見過ぎて、何かがヘンリック様に刺さったのが分かった。
「……ではその妹さんに、婚約の話はやってくるでしょうか。ジェイデン様、適齢期の令息としていかが?」
「……本人を前に申し訳ないですが、ご遠慮いたします。政略としてならあるかもしれませんが、社交が出来ない妻では困ります」
「そうね、作法はそのうち覚えるかもしれないけど、女性の社交に全く関われない嫁は要らないね」
せっかくジェイデン様がオブラートに包んで伝えたのに、ミュリエルがわざわざ破って提示してる。
まぁ、これくらいしないと伝わらないか……。
言われたシャーロット様も唇を震わせてる。
「最後に殿下。このような伯爵家の者たちを、社交界や王宮にて取り立てることはございますか?」
「……私も本人たちを前にして言うが、家門に魅力を感じない。例えヘンリック自身には力があったとしても、身内のことさえ解決に至らないのだなと見做すだろう」
それは現時点での評価だ、とはさすがに仰らなかった。
付け加えないでよ、ミュリエル、と目で諌めておく。
兄妹は二人して泣きそうになってた。
「……本来なら、あなた方に依頼されたのは『シャーロット様との交流』ですので、こちらをお断りさせていただきます。理由は今述べた通りです。交流する意義を感じない。ですが、断るだけなら理由まで述べる必要はないのです」
「……え?」
私の言葉に、目が潤んだシャーロット嬢が瞬きをする。
「わたくしは侯爵家、ミュリエルも伯爵家。王族である殿下のご依頼でしたので茶会を開きましたが、申し出自体を断ることに遠慮はしません。お返事して、お引き取り願って、後は『噂通りだったわね』とお茶を楽しめば良いのです。最初はそのつもりでした」
「……はい」
「ですが、シャーロット様が『このままではいけない』と思っているようでしたので、出来る範囲でお教えしました。ここから先をどうするか、ジェイデン様や殿下の仰るとおりの道筋を辿るのか、抗うのか。それはあなた方に委ねますわ」
「……はい」
溢れた涙を指で拭うと、シャーロット様は席を立った。
ヘンリック様も慌てて倣う。
「マリアベル様、ミュリエル様。ご教授いただきありがとうございました。ご指摘、しかと身に刻みます。殿下、ジェイデン様。お時間いただきましたことを感謝申し上げます」
そう言ってカーテシーをした。
それはやはりぎこちなく、けれど茶会の初めよりは芯が通ってる気がした。
ヘンリック様は無言で頭を下げる。
その姿を見て、ふむと頷いたミュリエルは「シャーロット様」と声を掛けた。
「まずは、お兄様の婚約者様と仲良くしてください。それが出来たら、わたくしともお友達になりましょう!」
歯に衣着せぬ呼びかけに誰もがギョッとしたが、シャーロット様だけは目をパチクリさせた後に嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。その時は、お義姉様と一緒に伺います」
「待ってますね!」
「はい」
そうして、ターレス伯爵兄妹は去っていった。
残された私達は、冷めた紅茶を淹れ直してもらいお茶会の仕切り直しだ。
「ミュリエル嬢、本当にシャーロット嬢と交流を持つおつもりで?」
ジェイデン様の質問に、ミュリエルは「そうですが?」と当然のように返した。
「お兄様方がめんどくさい、と言ってた女生徒たちも『アレさえなければ……』て感じでした。小動物系で可愛いし、庇護欲は女子にもあります。欠点が改善出来たら大歓迎ですよ。意外とガッツもありそうだし」
「ガッツ?」
コホン、と殿下が咳払いして注意をこちらに向けた。
「ミューの交流は好き嫌いと興味関心で作られるからな……それで言うと、マリーが助言した方が意外だったな。断る一択だと思ってた」
殿下の言葉に、ミュリエルとジェイデン様もこちらを見る。
美味しい紅茶を一口。それから三人を見渡す。
「救いようのない人間性ならまだしも、現状に甘んじず抗おうとしているご令嬢に、手を差し伸べない理由がありませんわ。生徒会副会長としての責務です。そして何より、一家門の衰退を見過ごす訳には参りません」
わたくしは殿下の妃になるんですもの。
最後まで言葉にせず、貴族スマイル・極みを浮かべた。




