男友達とやってきた騎士系女子
ターレス兄妹との茶会を開いてから、二週間。
兄が婚約者に平謝りし、妹が勇気を出して(笑)お義姉様と呼び、呆れながらも改善を図る兄妹に絆された婚約者がシャーロット様の面倒を見ることになったそうだ。
もちろん兄を含め、男性の口出しは一切なし。
シャーロット様も元々男性と気安く話せるタイプではなく、兄がいるから交流出来ていただけなので、義姉に替わったら男子生徒と関わることもなくなった。
と、従妹のミュリエルが喜々として報告してきた。
「でね、シャーリーがカフェにも雑貨店にも行ったことがないって言うから、次のお休みに街巡りをするの。マリーは暇?」
「暇な訳ないでしょう。殿下の婚約者なのよ?」
令嬢の皮をどこへやった。
完全に素で話すミュリエルに呆れた。
シャーリー、と呼ばれたシャーロット様も嬉しそうにはにかむ。
「ミュー様にご案内いただけるのが楽しみなんです」
「シャーロット様の体力を考えなさいね?ミュー」
「体力……そうね、へばったら可哀想だし。エリア絞ろうかな」
脳内シミュレーションを計画し直してるらしいミュリエルを他所に、私達は話を続ける。
「シャーロット様、ミューの思い付きと我儘に唯唯諾諾と従ってたら、本当に身が持たないわ。限界を迎える前に仰ってね?」
「ありがとうございます。あの、もしよろしければなんですが、マリアベル様にも『シャーリー』と呼んでいただけましたら……」
おずおずと申し出る。これは可愛い。
「ありがとう。わたくしのことも『マリー』と呼んでくださいませ」
「光栄です、マリー様……!」
感極まったシャーリーに、兄君の婚約者であるルキア様が頭を撫でてる。どこかで見た光景だな?
「保護者変更ね、ルキア様」
「ヘンリック様は、学園でシャーリーになるたけ関わらないようにしてるので。わたくしが代わりに守るのです」
シャーリー、の名付け親でもあるルキア様がドヤ顔してる。
あの兄たちの度を越した出しゃばりさえなければ、何もシャーリーを嫌う理由はないのだろう。
ターレス家が没落しなくて良かった、と満足してると。
「シャーロット!ここにいたのか」
男性の声が響き、シャーリーがビク!と肩を震わせた。
自然と声の方に注目が集まる。
私達だけじゃない、サロン中の視線を集めても物ともせず、騎士科の制服を着た一団が向かってきた。
「放課後に来いって言ってあったろ?約束は守れよ」
私達のテーブル横に辿り着き、シャーリーへ話し掛ける男子生徒。
……伯爵家の三男か。
パン!と扇を開き、気を削いだ。
「……わたくしたちの交流の邪魔をなさるおつもり?ケルミス伯爵令息」
私の冷えた声に、男子生徒ーーケルミス伯爵家三男のライアンが少し引いた。
「いや、マリアベル様。俺が先に約束を」
「名前で呼ばれる仲ではないわよ、ケルミス伯爵令息」
「……ハルフィン嬢、失礼しました」
ライアンが姿勢を正した。
と、不躾な声が一団から上がった。
「なんか固っ苦しいことを言うのね、ご令嬢たちって。騎士仲間では名前で呼ばないなんてあり得ないのに」
高い声、と思ったら女生徒だった。
騎士科の数少ない女性騎士志望だろう。
色々、本当に色っいろと言いたいが、とりあえず釘を刺しとく。
「わたくしは騎士ではありませんの」
「あぁそうだよね、そんな細い腕じゃ剣なんて持てないもんね。私なんて鍛えてるからこんなんだよー」
そう言って隣の男子生徒に腕を示す。
……何これ。珍獣?
冷えた空気の中、シャーリーが意を決してライアンに言う。
「私……わたくしは、ケルミス伯爵令息と約束してません。あなたが一方的に告げて去っていっただけです!」
それを聞いて、ライアンは再び勢いづく。
「婚約者との約束なんだ、優先させるのが当たり前だろ!」
「婚約してません!お断りしましたっ」
「俺は承知してない!」
「令息の承知は関係ないって……」
呆れたようなミュリエルの呟きにライアンが反応するが、相手がグリフィス家の令嬢と分かり抑えたようだ。
ルキア様がシャーリーの背を叩いて宥める。
後ろの一団を見ても私が最上位のようなので、仕切ることにした。
「婚約をしてないのであれば、ケルミス伯爵令息とシャーロット様は無関係です。例え婚約者だったとしても、サロンにまで集団で押し掛けて騒ぎを起こすなんて、騎士科は何を学んでいるのです?礼儀作法を学べないなら、辺境にでも行ってらっしゃい」
私の言葉に、ライアンとともにやってきた生徒たちは目を伏せる。
私はやがて第二王子妃になる。騎士科の生徒たちの就職先は、大概王宮だ。
王族の覚えが悪ければ、採用も出世も絶望的だろう。
そのことを察し、「戻ろうぜ……」とライアンの服を引く男子生徒に倣うかと思いきや。
珍獣がいた。
「騒ぎとか大袈裟な。これくらい、騎士科では日常のことですよ?ライアンの婚約者ちゃんを見に来ただけなんですって」
婚約者じゃねえ。
サロンにいる一同が、内心そう突っ込んだに違いない。
あぁ、貴族スマイルが保たない……!
「も、モニカ」
「ねえ?婚約者ちゃん。ライアンがカッコよくて男らしいから、照れてるだけだよね?恥ずかしくてもそこは素直にならないと!大丈夫、ちょっとくらい背が低くて陰気でも私達は気にしないからさ」
背後の男子生徒が止めようとするが、全く聞かない。
うわぁ、何これ。本当に王都にいる学生?
唖然としてしまった。
思わず周りを見てしまう。
サロンにいる他の令嬢や令息は、唖然としていた。
騎士科の生徒たちは、プルプルと首を振っていた。
ミュリエルとルキア様は、シャーリーを守る態勢になっていた。
よし、わかった。この珍獣を追っ払って、ヘンリック様に警戒を言い渡して、ケルミス伯爵家に抗議しよう。
奥の方にいる令息に目を向けると、頷いてサロンを出て行った。ヘンリック様を呼びに行ったのだろう。ついでに殿下も呼んでほしい。
追い払えないとしたら、時間稼ぎだ。
「……ケルミス伯爵令息。婚約者でもない女性に集団で会いに来たと言うの?無礼にも程があるわ」
「ハルフィン嬢、そうではなく」
「婚約者って言ってたよね?ライアン」
「……」
この珍獣、なんで高位貴族の会話に入り込むの?!
どうしよう、どうにも出来ない。
貴族スマイルの裏で困り果てていると、肩をポンと叩かれた。ミュリエルだ。
「選手交代」
笑みを浮かべつつ冷めた目をするミュリエルに、情けないことに安堵してしまった。
ミュリエルが席を立ち、私達の前でカーテシーをする。
「グリフィス家のミュリエルと申します。そちらのご令嬢、お名前を伺っても?」
貴族スマイル、強めで声を掛けると女生徒は豪快に笑った。
「ご令嬢て!久々に言われたわー。騎士科にいると男子としか話さなくなっちゃうからね。モニカ・ウォーレンよ」
「ウォーレン嬢……子爵家の方ね?南部の」
「よく知ってるね」
珍獣ーーウォーレン嬢は感心してるが、聞いてた私達は驚愕だ。
子爵家なのかよ!
それでよく侯爵家に話し掛けられるね?!
「ではウォーレン嬢。繰り返しますが、シャーロット様はそちらのケルミス伯爵令息の婚約者ではありません。行き違いかと思いますが、無関係である上にお約束もないとのことですので、お引き取りくださいませ」
「え?ライアン、約束したんでしょ?」
「俺は校門の前で声を掛けたが……」
「わたくしは了承してません!」
シャーリーが再度言い切った。
ライアンは傷付いた顔をしてたが、ウォーレン嬢はそれを笑い飛ばした。
「うじうじすんなってー。男でしょ?一度や二度振られたくらいでしょんぼりしちゃ駄目だよ。教官も言ってたでしょ?諦めたらそこで終わりって」
ねえ、その励ましはやめて!ストーカーの出来上がりだわ!
主に女生徒たちの血の気が引いた。
好意を持ってない男、それもガタイの良い騎士科生徒からしつこく言い寄られるシチュエーションを想像すると、鳥肌が立つ。
ウォーレン嬢の励ましを受けて顔を上げたライアンに、ミュリエルは扇を閉じたまま突き付けた。
「おやめください、ケルミス伯爵令息。あなたとシャーロット様が拗れた場合、ターレス家とケルミス家の問題になるのです。断られたら潔く諦める、それが騎士道では?嫌がる女性に押し迫るのは外道ですよ」
ビシ!と言い切られてまた黙るライアンだが、横のウォーレン嬢は聞いちゃいない。
「声を掛けなきゃ始まらないよ?ライアン。ミュリエルさんも、人の恋路を邪魔しちゃ駄目だよ」
「ケルミス伯爵令息の恋路はどうでも良いです。わたくしは、お友達のシャーロット様の心をお守りしてます」
ミュリエルがそう言うと、ウォーレン嬢はやれやれ、と言った感じで肩を竦めた。
「せっかく伯爵令息に見初められたんだから、素直になりなよ婚約者ちゃん。しかも騎士志望だなんて、ただのご令嬢に取ったらありがたい話でしょ?」
……どこから目線なのか?
唖然からの呆然、となってしまう。
「ただのご令嬢、とは?」
「家を継がないご令嬢なんて、所詮家の道具じゃない。私達みたいに剣を取って仕事に就ける訳でもないんだし、いい家に嫁げるだけ良かったじゃない」
そう言って、シャーリーに顔を向ける。
「ライアンが言ってたよ。お兄さんの後ろにいるしか出来ない、優秀じゃないお嬢様なんだって。可愛い顔してて得したね?そこにいるだけで良縁が来るんだもんなー、私達なんて日々鍛錬を続けて、ようやく騎士になれるってのに」
ふと気付いたように、ミュリエルを見た。
「そう言えば、ミュリエルさんって修了式で婚約破棄された人だよね?可哀想。令嬢らしく大人しくしてれば、楽して過ごせたのに。可愛げがないと、嫁きおくれになっちゃうよ?」
それ、地雷ーーーーーー!
これにはライアンも含め、サロン中が凍りついた。
あの婚約破棄騒動を見て、ミュリエルを「可哀想」などと言う人間がいたとは……!
もはや怖い。助けて、殿下!
ミュリエルの口元が引き攣ったことはわかったらしい。
取ってつけたように「ごめん、言い過ぎたね」と謝った。いや、謝ってるかこれ?
「私こんな性格だから、女子から嫌われちゃうんだよねー。男友達ばっかり多くて、令嬢扱いされないんだけど。『お前といると気楽だな』って言ってもらえるし、それでいいかなってなっちゃう」
自虐っぽく言っても、全然自虐になってない。
むしろ自慢気。
学園の騎士科の未来が危うい……。
ミュリエルが深呼吸した。
顔を上げ、笑った顔は完全に貴族のモノだった。
「ウォーレン嬢は勘違いなさってます」
「何を?」
「あなたが女性に嫌われるのは、相手が女性だからじゃありません。あなたが女性にだけ失礼極まりないからです」




