11.純血の花嫁
・森の中で フローラ
フローラは森の中で後ろから声をかけられた。「オマエは戦士か、猪人を殺しに来たのか?」
「いいえ、襲われなければ戦いません。」両手を上げて声に答えた。
「女戦士が一人で何をしている?」フローラはゆっくり振り向いて相手をよく見た。ソルより少し年上な感じの猪人だ。
「旅の途中です。連れの猪人と会っていただけないでしょうか。」
「オマエ、猪人を連れているのか!?」
「いえ、私が連れられているんです。」フローラは少し嘘をついた。
猪人は怪しんだ。「連れの女を離しておくわけがない!」
「信じていただけないのであれば、しかたありません。お別れしましょう。」
猪人は片手をあげ引き留めた。「いや待て。ホントにいるなら会わせろ。」
・待ち合わせ ソル
待ち合わせ場所にいたソルはフローラが猪人を連れて来たので驚いた。
「はじめまして、ソルといいます。」
「ボブだ。コイツはオマエの女なのか?」
「はい、長老に半年間、専用妻にしてもらいました。」
「それはすごい。しかし、繋ぎもせず、武装させていてよく逃げ出されないものだ。」
「実のところ、親友づきあいをしています。」
「親友だと!?・・・まぁ、そうでもなければ、こうはならないか。しかし、人間の女と親友づきあいとは・・・。」
いぶかしぐボブにソルが慌てて言った。
「近くに村があるんですよね?連れて行ってもらえませんか?」
「俺も旅人だ。近くの村まで三日かかるぞ。」
「ボブさんも旅をされているんですね。」ソルは感心した。猪人はあまり旅をしない。
「そうだ。それと、アニキでいいぞ。」
「アニキはどうして旅を?」
「あちこち見たくてな。オマエこそ、人間の女と連れだって何をしている?」
「オレは純血の花嫁を探しています。どこで会えるか知りませんか?」
「お母さんだったら、別れてきたばかりだ。」
「え!他の村の者にお母さんと呼んで良いと?」
「あぁ、オレのような者にもお母さんと呼ばせてくれる、すばらしい人だ。」
「お願いです、ここからどう行けば良いか教えてください。」ソルは興奮した。
「それはかまわんが、お母さんに何の用だ?」
「お願いしたい事があるんです。」
「何をと聞きたいところだが、初対面の者に話す内容ではないか。」
「すみません。」ソルは頭を下げた。
ボブと別れ、ソル達はまず近くの人間の村に入った。
・宿で ソル
フローラが宿のソル部屋に入ってきた「近くに猪人の村があるって。でも、この村から女をさらっていく事はないそうよ。」
ソルが「そうか、純血の花嫁がいるからだな。」
「聞きそびれてたけど、純血の花嫁って何?」
「純血の花嫁は、村の猪人の血を薄くしないよう、中央の家から送られてくる猪人の女のことだ。オレの村では、次の花嫁がなかなか来なくて困っているんだ。会って話がしたい。」
「ボブさんは、よその村の者でもお母さんと呼ばせてもらえた、と言ってたわね。」
「明日、会いに行く。ここで待ってるつもりはないよな?」
「もちろん。」
「では、一緒に行こう。」
ソルは複雑な気分だった。危険もあるが、メリットもある。本人が行くと言っているからと割り切ることにした。
・純血の花嫁 ソル
フローラに手枷をはめ、首輪に縄をつけて前を歩かせる。いつもの逆だ。
猪人の集落に、向かっているのだ。
集落のほど近くで猪人の一人がソルに気が付き、声をかけてきた。「よお、その女はオマエのものか?」
「そうだ、戦いの褒美にもらった。」ソルが答えた。
「ホントか?チビのオマエの専用なんてもったいない。オレにも味わらせろよ。」
フローラに気を取られている相手の背後に、ソルはすばやく回り込んで首を軽く絞めた。「戦いの褒美ってのはウソじゃないぞ。」
「わ、わかった。離してくれ。」相手はそそくさと離れていった。
しばらく歩いて、門番の一人に声をかけた。
「旅をしているソルというものです。純血の花嫁に聞きたいたい事があるんです。」
「そうか、では、客人用の部屋に案内する。」門番の猪人がソルの横に並んで歩いた。
前を歩くフローラがとても気になるようだった。
案内された部屋でしばらく待っていると、別の猪人が呼びにきた。
「お母さんが会ってくださるそうだ。ついて来い。」
ソルは手枷、首輪をつけたままのフローラに言った。「ここで、待ってろ。」
フローラが黙って頷いた。
純血の花嫁は腹が膨らんでいた。
「ソルといいます。純血の花嫁に会うのは初めてです。」
花嫁が答えた。「初めましてソル。私の名はミルキー。私達は全ての猪人の母であれと言われています。私の事はお母さんとお呼びなさい。」
オレにまだ母さんがいたんだ。「はい、お母さんと呼べる人がいて嬉しいです。」
「私に訊きたい事があるとか?」
「はい、猪人の血が薄いオレは、お母さんと子供を作らせてもらえないと聞きました。本当ですか?」
猪人の母は静かに答えた。「本当よ。私達は血の濃い子供を産まないといけないの。」
「そうですか。」ソルはがっかりした気持ちを抑えられなかった。
「どうして、その事を私に確かめたかったの?長老から聞いたのでしょう?」
「直接、オレの子を産んでくれるよう頼みたかったんです。」
「血の濃い子が欲しいの?」
「いえ。そうではなくて・・・。」ソルは言いよどんだ。正直に話すとどうなるだろう?
「話しづらいの?あなたの想いを聞いてあげたいわ。」
この話はしてもいいか。「お母さん。オレは人間の女に無理矢理、子供を産ませたくないんです。」
「なぜ?」
「無理矢理、産ませると、心を狂わせます。長生きできません。」
「では、花嫁となら無理矢理、産ませなくてすむと。」
「はい。でも、ダメだと解りました。」
「あきらめて、人間の女に子供を産ませまるの?」
「はい。でも無理矢理、産ませるつもりはありません。」
猪人の母はいぶかしんだ。「どうするの?」
「オレの子を産んでも良いという女を探します。」
猪人の母は驚いた。「それはまた、難しい事を。人間はお前を見るだけで逃げ出すでしょうに。捕まえても怖がられるだけよ?」
「それは・・・。」ソルは説明しかけたが顔をそらせた。これを話したらオレもフローラも捕らえられてしまうのではないだろうか。
「ソル、お前は悪い事をしているの?他人に迷惑がかかるような?」
ソルは慌てた。「いえ、そんな事はしてません!オレともう一人だけの・・・。」
言いよどんでしまう。
「もう一人?まあ、話さなくてもいいわ。お前の望みがうまくいく手だてがあるというのなら、それで良い。お前を信じます。」
「オレを信じる?会ったばかりなのに?」ソルが驚いた。
「子を信じられなければ、母の資格はないでしょう?」ソルにほほえんだ。
ソルは感動した。この人を信じたい。「・・・お母さん、ごめんなさい。正直に話します。オレは今、人間の姉さんと一緒に旅をしています。姉さんと一緒なら、人間の村の中にも入れます。」
猪人の母はとても驚いた。「まぁ、あなたには人間のお姉さんがいるの!?」
「はい、同じ母さんから産まれた姉さんです。」
「一緒に旅をって、今は近くの村に待たせてるの?」
「いえ、この村のオレに当てられた部屋にいます。専用妻ということにして、連れ込みました。」
「大胆な事を。ゼヒ、お話したいわ。食事をしながら話ましょう。ここへ連れてらっしゃい。」
・ソルの想い
ソルはフローラを連れて再度、猪人の母の前に立った。武装ははずしてもらってある。
「ソル。手枷と首輪をはずしてさしあげて。ここでは必要ないでしょう?」猪人の母がソルに言った。
フローラは腕をひねり、自分で手枷をはずし、首輪もはずし、ひざまずいて言った。
「猪人全てのお母様。ご配慮ありがとうございます。ソルの姉、フローラでございます。」
「ミルキーです。丁寧なご挨拶をありがとうございます。顔をあげて、二人共席におつきなさい。食事にしましょう。ところで、ステキな仕掛けの手枷ですね。」と猪人の母
「普段はオレが人間の村中で使っています。オレが村人から襲われない為のものだと思っています。」ソルが説明した。
「確かに、それはお姉さんをここの者から守ってくれることでしょう。」
「はい。」
「では、フローラさん。二人の出会いを聞かせていただけますか。」
「はい、お母様。」フローラは説明した。
「・・・ソルの母と兄弟に対する思いの強さが重要なようですね。」と母。
「はい、母さんの事を子を産む道具のように言われていたら、今のようにはなっていないと思います。」とフローラ。
「そうなのか?」とソル。
「そうよ。ソルは、お母さんが大好きでしょ?」とフローラ。
「ソルが母を慕う気持ちは私への言動からも、よく解りますよ。」と母。
「え?オレが何か言いましたか?」ソルは焦った。
「お母さんと呼べる人がいて嬉しい、なんて、お母さんのほうが喜こんじゃうわ。」
ソルは照れて頭をかいた。
・母の願い ソル
「ソル。お姉さんと旅を続けなさい。フローラさん、息子をお願いします。」と母。
「はい、もちろん。弟ですから。」とフローラ。
「ソル。子供をたくさん作って、あなたの思いを伝えなさい。人間と争わずに仲良くやっていける猪人の一族ができるわ。」
「争いを嫌う女の戯言と言われるけど、こんな言い伝えがあるの。」
"いつか人間の心を持った猪人が現れ、人間との争いを止め、共に栄えるだろう。"
「おまえが、そうなるかもしれないわね。」
ソルはあわてて言った。「そんな。オレは人間の心など持っていません。オレは身も心も猪人です。でも、子供には人間と仲良くさせます。」
「フローラさんの子孫との村ができたら。中央の家を訊ねさせなさい。ソルの名と私の名を伝えれば、招き入れられるようにお願いしておきます。」
「はい、そのとおりにします。」
「フローラさん。」母が呼びかけた。
「はい。」とフローラ。
「私の願いが中央の家に聞き入れられましたら、その時は、娘をお願いします。」
「!!」フローラはとても驚いた。
「私のできうる限り。ありがとうございます。」フローラはふかぶかと頭をさげた。
ソルは意味がわからず、不思議な顔をした。
ソルは部屋でフローラに訊ねた。
「娘をお願いしますってどういう事なんだ?」
「お母様は、ソルと私の子孫達の村に純血の花嫁を送るように、中央の家にお願いしておく、とおっしゃたのよ。」
「そうなのか!?なんで血の薄いオレの子孫に?」
「それだけ、猪人と人間とが仲良くやっていける村に期待されているのよ。つまり、言い伝えを実現してくれって事よ。私達、猪人全体の未来を託されたのかもよ。」
「そんなにすごい話だったのか!?」
「実現したらの話よ。まずは気楽に嫁探しからよ。」
・襲撃 ソル
集落を出てしばらくしたところで、猪人三人に立ちふさがれた。
猪人の一人が言った。「やいチビ、先程の礼だ。見逃してやるから、その女を置いて行け。三対一じゃ勝てないだろう?」
「フローラ、オレはお母さんを泣かせたくない。」ソルが訴えた。
「そうね。ここで殺したら、悲しむわよね。なるべく、殺さずに済ませる。」フローラは答えながら、腕をひねった。ガチャッと音をたてて枷が落ちた。首輪もはずしにかかる。「オイッ、自分ではずせたら、手枷の意味ねぇだろ!」猪人が叫んだ。
「コイツとは親友で、枷はただの飾りだ。」ソルが剣を抜きながら答えた。
「猪人と人間が親友だぁ!?ふざけた事を!!」
「確かめてみな。」
数分後、うめき声をあげる二人を置いて、一人が集落の方へ逃げて行った。
「逃げるぞ。」ソルがフローラに声をかけた。
「そうしましょ。もうっ、あなた達のせいでさい先悪いスタートになっちゃったじゃないの!」
フローラは猪人達をしかりつけて、人間の村の方向へ走りだした。
「簡単にいかないのは、しかたないだろ。」苦笑したソルもフローラに続いて駈け出した。