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第34章

「あー疲れたー」

 康大は砦の屋上で大きく伸びをする。

 この砦に到着してから、康大は働きっぱなしであった。

 ただそれが人助けのためであるなら、心地よい疲労ではある。前日のタツヤとのやりとりによる疲労と比べたら、はるかにマシだ。


「……よう」

「ん」

 ザルマが無言で隣に座る。

 怪我をしながら負傷兵の看護にあたっていたが、その優れた基礎能力のため康大より働いていた。

 それにもかかわらず、康大ほど肉体的に疲労はしていない。その分、精神的な疲労は計り知れなかったが。


「……結局ダメだったよ」

 しばらく男2人黙って並んでいたが、やおらザルマが口を開いた。

 康大は何が、とは聞かない。

 聞かずともわかっていたから。


 ザルマは康大の反応も見ずに話を続ける。

 返事を求めていたのではなく、ただ聞いてもらいたかったのだろう。


「あの時の血は、乳女が言ったように全て他人の血だ。役立たずの俺を兵士達が安全なところまで移動させてくれたんだ。まったく、我ながら反吐が出る。訓練していた事の100分の1の力も出せない。命がかかった場所でも、ただ子供のように剣を振り回すことしかできなかった……」

「・・・・・・」

 康大は何も答えなかった。

 けれど、しばらく黙ってうなだれるザルマを見て、少しぐらいはフォローをする。


「まあでもマシにはなったんじゃないか。以前なら命乞いか逃げ出しただろうから」

「はは、それはまるで赤ん坊が四つん這いから立ち歩きができるようになったぐらいの、ほほえましい進化だな……」

 ザルマは乾いた笑いを浮かべる。

 結局この兄姉は本当に似た者同士で、どちらも自分の無力さにばかり目が行き、有能な点に全く気付けないのだろう。難儀な性格だな、と康大は同情する。

 だったら友人として、せめて多少はマシな気分になる話でもしてやる義務はあるだろう。


「人間状況次第で善人が悪人にもなる。俺だって普通の生活のままだったら、このセカイに来たって人を殺すことにはめっちゃ抵抗してただろう」

 康大はこう思う。

 タツヤのセカイの自分は、彼女がいる時点でタツヤよりはるかにマシな人間であることは確実だが、やはり甘ったるい倫理観にとらわれた役立たずであったのではないか、と。


 自分はゾンビがあふれ、文明が崩壊したセカイでまず倫理観を捨てた。マンションの扉の向こうで助けを求める人達を、全員無視した。ゾンビか人間か判断がつかないにも拘らず、バットで思いっきり頭を殴ったこともある。

 そんなことを繰り返しているうちに、他人の命が軽くなっていった……わけではない。相変わらず人間の命は重く、無益な殺生なんて間違ってもしたくない。


 変わったのは自分自身の命の重さだ。


 切り捨てた人達の分だけ自分の命が重くなり、やがて自分が助かるためなら大抵のことは許される、必要悪として仕方ないと思えるようになっていった。ゾンビ化に関してあきらめきれずに解決法を探るのも、それが大きな理由なのだろう。


「お前はコルセリアのおかげで平和な生活が送れたから、臆病……というか軍人として甘いんだよ。だからまあここは割り切って、自分の得意分野で活躍するようにしたらどうだ。少なくとも俺はそうしてる」

「……分かってはいるのだが」

 ザルマは深くため息を吐いた。


「お前の甘さはコルセリアが大事にしてきたもんだ。姉弟の情があるなら、むしろ大事にした方がいいんじゃないか?」

「しかし男としていつまでも乳母日傘というのは、あまりに情けない。せめて少しでも戦場での活躍を見せられればいいのだが」

「うーん、俺みたいに容赦なく妥協しながら生きられたら楽なんだけどな」

「俺はどう頑張ってもお前にはなれん。とにかく頭で考える前に体が動けるようになるよう、訓練を続けるさ。邪魔して悪かったな」

「うい」

 そう言ってザルマは立ち上がり、どこかへ行った。


「アイツもアイツで色々大変だなあ」

 誰ともなく康大はそうつぶやいた。


 けれど。


「小人が身の丈に合わぬ理想を持つからでござる」


 その呟きにしっかりと返事があった。

 康大が声のした方を向くと、そこにはよく見知ったくのいちが。


「圭阿、もどってたのか」

「如何様。此度の戦の趨勢を決めると思い、死ぬほど急いで支度を済ませてきたでござる。ござるが……」

 久しぶりに会った圭阿は、ひどく乾いた笑みを浮かべた。

 理由は分からないでもない。


「まさか拙者が戻ってくる前に、戦が決着していようとは……。ここに来る途中、凱旋中のあむぜん殿下の軍勢を追い抜いてきたでござる。ただ拙者の見たところ、皆無傷で戦い自体がなかったようでござる」

「チェリーパルティナス本隊が砦が落ちたのを聞いて、引き返したのかな。まあ和平交渉はこれから先だろうけど、そっちは殿下に任せればいいや。俺の知ったこっちゃねえ」

 康大はこれ以上余計な仕事を増やさないよう、部外者に徹しようとする。この後爵位も返上し、アムゼンとは今後ただの顔見知り程度の関係でいたかった。


「康大殿は欲がないでござるなあ。拙者の元々の主なら、この機に可能な限り領土を分捕っていたでござろう」

「いかにもな戦国だな。ところで元々の主ってどんな人だったの?」

「そうでござるなあ。拙者個人ではなく里として仕えていたので、詳しくは知りませなんだ。ただ伝え聞いたところによると、有能ではあるものの残忍な方だったと」

「へえ……」

 圭阿のセカイは自分がいたセカイとはあまりに違っているため、おそらく名前を聞いたところで意味はないだろう。

 ただ、武士道ならぬ忍者道のようなものが残っているのなら、ぽんぽん主を変える気軽さが少し気になった。


「ふと気になったんだけど、前の主との関係がある状態で、ジェイコブさんの部下になったりしていいのか?」

「康大殿の言いたいことが何なのかさっぱりわかりませぬが、特に問題はないでござるよ」

「えっと、何というか二重契約とかそういうことにならないかなあと……」

「康大殿が気にしているのはそこでござるか。じぇいこぶ様と元々の御屋形様が敵対することがあり得ない以上、全く問題ないでござる。忍は権力者庇護を受け、その命令をこなせばそれでいいのでござるよ」

「結構ドライなんだな」

 どうやらこの主のためなら、といった命がけの忠誠はないらしい。

 もっとも、それはあくまで後世フィクションの話で、現実の日本でもあったかどうか分かったものではないが。


「それで康大殿はこれから?」

「とりあえずサムダイとの約束を果たしたんだから……果たし……」

 そこまで言って、康大はある事実に気づく。

 確かにタツヤの侵攻を防ぐことはできた。

 タツヤも再起不能ではあると思う。


 ただ、この状況が果たしてサムダイが言っていた条件に、完全に当てはまるかどうか。あの性悪貴族が納得するだろうか、と。

 何かうまい具合に言質を取られて、言いくるめられる気がしてしようがなかった。


 何より問題なのは、外ならぬ自分自身がそう考える余地が残る結果であったということだ。

 少なくとも、心の底から納得していなければ、あの魔法の効果も薄い。ハイアサースの様に自分に絶対の自信が持てる精神構造がうらやましかった。


「康大殿、如何された?」

「いや、多分このままサムダイのところに行っても、うまくいかないだろうなと思って。何か決定的にアイツ……というよりもっと俺自身を納得させられる結果を出さないと」

「然らばそれでござるよ!」

 圭阿が突然手をポンと叩く。

 表情も何やら楽しそうだ。


「どうしたんだ?」

「あの愚物を追い返したことで拙者の今までの努力が無駄になったと思いましたが、どうもそうではなかったようでござる」

「ふむふむ」

「さむだい卿が言っていた達也の暴走は、ちぇりー殿下の後ろ盾があって初めて成立するもの。これは逆に考えれば、それがなければあの男も暴走はできず、さむだい卿との約束も完璧に果たしたことになります。つまり、あの男と後ろ盾であるちぇりー殿下の仲を衆目の前で決定的に割けば、これ以上決定的なこともないでござる」

「……なるほど、確かに圭阿の言うとおり、そこまでやれば俺も納得できる。でもどうやって?」

「拙者に良い考えがあるでござるよ。念のためお耳を拝借」

「・・・・・・」

 康大は圭阿の耳打ちを黙って聞いた。

 途中あからさまに嫌そうな表情をしたが、話が終わるまで一切口は挟まなかった。

 そしてすべてを聞き終えた後、


「わかった、それでいこう」


 圭阿の提案を全面的に受け入れる。

 ところどころ気にくわない点もあったが、全体を通して理にかなった作戦と康太にも思えた。

 ところどころ気にくわない点はあったが。


 康大に自分の案が受け入れられたことがよほどうれしかったのか、圭阿は鬼の首を取ったような顔だ。


 しかし、その数時間後、偶然顔を合わせたコルセリアからピサの話を聞き、ひどく不機嫌な表情になるのであったが……。

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