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美の一族といわれた令息

おかしいなあ。書いてるうちにサミュエルがヤンデレならぬヤンデルになったぞ…。

サミュエル・アダム・ロブウェルはオーラリア王国で王族に並ぶ有名な名門一族の次男として生まれた。

どれくらい名門かというと、父が宰相で、姉が隣国に王妃として嫁ぐくらいだ。姉のセシリアは「オーラリアの真珠」と呼ばれ、隣国から王妃として熱烈に乞われて嫁いでいったが、最近では「リンダブルクの至宝」とまで言われているらしい。ちなみに各国の外交官たちは裏で「リンダブルクの主砲」と呼んでいるらしい(兄談)。姉は美しい淑女の面の下に父と同じ冷酷な政治家としての顔をもつような人なので、楽しくリンダブルクで活躍しているようでなによりだ。


ロブウェル公爵夫人の母の生家も領地こそ大きくないものの、父と同じく叔父が国の要職についており、叔母の手によって発展した領地は国内有数の経済地となっている。


そして何より、兄弟そろって父譲りの美貌(自分で言うのもなんだが)を持っている。姉や兄は幼いころからその容姿や家柄に集まる貴族たちをうまくいなしていたが、サミュエル自身は自分の家柄と顔に寄って来る連中を信用などすることはできず、いささか人嫌いを患って成長してしまった。特に姉とサミュエルは父と同じプラチナブロンドで、同性のサミュエルは少年期を過ぎたあたりから、父の若いころに瓜二つだと言われてきた。兄と妹は母と同じ赤銅色の髪なので、兄弟で集まると、それだけで目立つ。あまりのわずらわしさに学園に入学するときには平凡な茶色の髪に染め、前髪で顔を隠し、猫背で歩くようにしていた。名前も、父方の祖母の旧姓を借りて使っていた。


こどものころから勉強はできたため、学園も飛び級を使って2年以内に卒業してしまおうと思っていた。しかし、サミュエルはここで一生を左右する出会いを果たす。


ゾーイ・オズボーン子爵令嬢。

豊かな領地を持つオズボーン子爵家の令嬢で、濡れ羽色の美しい髪と白い肌にそばかすのある愛らしい顔立ちの少女だ。ひょんなことで出会った彼女は、見た目を偽った野暮ったいサミュエルの人嫌いの変わった性格を全く気にかけることなく、自然に彼と友人になった。真面目ではあるがあまり要領のいいタイプではないので、よくサミュエルが課題や授業の復習に付き合っていた。お互い貴族であるので、必要以上に距離は近づかず、しかし友人としては適切な距離を保った友人関係を築けたのはゾーイが初めてだった。(乳兄弟のオリバーは例外だ)


ゾーイはずっとサミュエルを友人だと思っていたようだが、サミュエルは違う。当初の友情は1年目に恋になり、すぐに愛になった。笑ったときに少しだけ見える八重歯が可愛い。しっかり者のくせにたまにおっちょこちょいなところが可愛い。顔や生まれではなくサミュエル本人をみてくれる。そばかすを気にしているところも、たっぷりとしたブルネットの髪を毎朝一生懸命撫でつけているところも愛しい。


当初さっさと卒業さえできればいいという考えだったが、できるだけゾーイと過ごしたくて、教授にスカウトされて彼のもとで薬学や医学を学ぶことにした。これが意外とサミュエルの性に合っていたようで、あれこれと研究し、教授とともに実用化させていくに至った。ものによっては世間に公表できない効能のものもあるが、そんなものの一部は父や兄に売り込んで収入にしていた。貴族として民の税を使うだけでなく、それを民に還元するという母の教育方針と父の助言のもと、サミュエル自身が開発し権利を持っているものを販売するための商会を作り、母が懇意にしていた孤児院から賢く信用できるものを経営に、人のあしらいがうまいものを店頭に立たせるというように、人を雇うことにした。おかげで表には出ないが商会のトップとしてサミュエルには一定の稼ぎができた。いくら公爵家のものとはいえ、次男は長男のスペアか婿に行くしかない。両親はそのように育てはしなかったが、サミュエルとしては公爵家はしっかり者で朗らかな兄に任せ、自分は適当なところへ婿に入ればいいと思っていたのだが、ゾーイを愛してしまった。


商会設立の際、タイミングよく父からの「もし婿に行くのが嫌なら、公爵家の持つ伯爵位を1つ譲るぞ」という言葉に飛びついた。(父に情報が筒抜け)

サミュエル自身は貴族位に関心はないが、ゾーイやゾーイの父には爵位があった方が魅力的だろう。


そうやってあれこれ動いているさなか、ゾーイ本人の口から、彼女の婚約を知らされた。


「サミュエル、聞いてくださる?私、婚約が決まったの。」


笑顔でこの言葉を聞かされたとき、サミュエルの中に真っ黒な炎が吹きあがるのを感じた。ゾーイと別れるとすぐに屋敷に帰り、すぐに兄の部屋を訪ねた。


「どうした?そんなに慌てて。」


表面上全く表情の変わらないサミュエルのわずかな変化を読み取るのが、母と兄は上手い。


「兄上。人を貸して欲しい。」


挨拶もそこそこにすぐに話題を切り出したサミュエルに、兄は苦笑した。


「なんだ?サム。可愛い黒猫ちゃんのことか?」


兄にも筒抜けだったようだ。しかし今はそれどころではない。


「ゾーイに婚約者ができてしまった。」


「まあ、彼女も貴族だからな。遅いくらいじゃないか?」


悪戯な顔で兄が言う。


「まともで彼女が幸せになれるような男なら、喜んで彼女を見守る。でもそうでないなら…!」


「落ち着くんだ、サム。とりあえず何人かそっちに行かせるから、好きに使いなさい。」


来た時と同じく、珍しいほど慌ただしく出て行く弟の後ろ姿を見ながら、兄はゆっくりソファの背もたれに背を預けた。


「その『彼女が幸せになれるような男』かどうかを判定するのは本来彼女自身なんだがなぁ。あれじゃあどんな男だって彼女に相応しくない!と言うだろうに。」


のんびりと呟いた声はもちろんサミュエルには届かなかった。


彼女が婚約した男を調べてみると、かなり女性関係にだらしのない男だと言うことがわかった。それだけでなく、女にねだられるままに宝飾品を買い与えてしまうようで、金のためにオズボーン子爵家との縁が欲しかったようだ。


少し…。そう、ほんの少し男に高級娼館の女をけしかけただけでその女にのめり込み、子を成し、そして駆け落ちという形でゾーイを裏切った。


やはりあの男はダメだったようだ。できるだけ早く彼女にふさわしい男となるため、爵位を継ぐ準備と経済基盤の確保に奔走する。


だが、婚約が破棄されてすぐ、また彼女の新しい婚約者が決まった。


今度の婚約者も少し探りを入れるだけで、かなり悪どいことをやっているのがわかった。しかも他国と繋がり、何かを企てているようだった。父に報告し、父の方で調査を続けた結果、あちらにも感づかれたのか、伯爵家は事故に見せかけて暗殺された。


この時ばかりは自分の失態を悔やんだが、ゾーイは婚約者のいない令嬢に戻った。可哀想に口さがない連中に言われた心無い言葉に傷つくゾーイを慰めるのはサミュエルだけの特権だった。少しでも好きになってほしくて、兄の助言のもと小さな贈り物をしたり、褒め殺しを試みたりしたのだが、自己肯定感の低い彼女は全くと言っていいほど気付いてくれなかった。そこも可愛い。しかし二度も婚約が破談になったゾーイにまた婚約を申し込んでくるような輩はいないだろう。そう高をくくっていた。


ようやく商会が軌道に乗り、王立研究所の職員の地位も確立し、ようやっとゾーイを手に入れようとしたところで、またもゾーイの縁談が決まった。ゾーイの父はよほど人を見る目がないようで、今回も問題のある伯爵家だ。しかも結婚式までの期間が異様に短かった。兄に協力を仰ぎ、父に話をつけ急いで捕縛の手はずを整えたが、一族郎党捕らえるためにと結婚式の日に捕縛の日程が決まった。父に無理をいって捕縛時に立ち会わせてもらえることになり、引き換えに最近作ってしまった「飲むとなんでも素直に答えてしまう薬」を父に渡した。これは事前の実験では副作用がほとんどなかったのだが、臨床数が少ないため、父に使ってもらってデータを取らせてもらうことになっている。


バージンロードの先にいたゾーイは趣味の悪い、いやに露出の高いウェディングドレスを着せられていた。

あんなものは似合わない。ゾーイのために、母と王妃陛下に頼んで、最高のドレスを用意してある。唖然とするゾーイは姿が全く違うサミュエルに声で気づいたらしい。攫うように彼女を抱き、用意してあった馬車の中に乗り込む。初めて触れた彼女はすっぽりとサミュエルの腕に収まった。


用意してあったゾーイとの新居に到着する。そこにはサミュエルの乳兄弟であり、執事となったオリバーと侍女たちがいる。


「お帰りなさいませ。」


「ああ。彼女を頼む。」


すべてを知るオリバーは、短い指示だけで的確にサミュエルの意思をくみ取って動く。

しばらくすると、あの趣味の悪いドレスの代わりに、サミュエルが用意したドレスに着替えたゾーイがやってきた。


「あの…貴方…本当にサミュエルなの…?」


まだ状況が全く飲みこめていないらしい。


「ああ。君の知るサミュエル・アダム・ロブウェルだ。」


自分の正体を明かす。


「ロブウェル…って…宰相様の?!」


「僕の父は宰相ディミトリアス・ロブウェルだね。」


ゾーイは驚いて、その目を大きく見開いていた。

動けないゾーイを、サミュエルがソファへと促し座らせる。


「貴方…いえ、貴方様のお髪の色は…」


隣に座ったゾーイは、サミュエルの正体を知って、委縮してしまったようだ。


「この髪は目立つから、学園では染めていたんだ。顔もできるだけ隠してた。昔のように話してくれないのか…?」


「ですが、私は子爵家の者で…いえ、もう伯爵家ですから…」


ゾーイは悲し気に顔を伏せた。


「君の婚姻は無効だ。」


「え…?」


もちろん何の手も打たないサミュエルではない。事前に父と国王に話を通し、彼女の婚姻の無効を証明する書類を用意していた。

執事が恭しく書状を渡してきた。そこには、国王の名のもとに、ゾーイの婚姻は無効であると書いてあり、国王のサインの下には宰相のサインも書いてある。


「君はまだオズボーン子爵家令嬢だ。婚姻歴のないね。伯爵家は一族で犯罪に手を染めていた。だが、調査の結果、君たち子爵家は無関係であることが証明されている。」


室内に二人きりになる。


「ねえ、ゾーイ。僕はね。心に決めていたことがあるんだ。君に次に会えたら、必ず結婚を申し込もうと。」


「はい…え、結婚?!」


ゾーイは心から驚いていた。これまでのアプローチに本当に気づいていなかったらしい。


「ゾーイ・オズボーン。僕と結婚してくれませんか?公爵位は継がないけれど、結婚と同時に公爵家の爵位の一つを譲られるのと、王城勤務の研究者をやっているから、今まで通りの生活はさせてあげられる。」


「え、でも…私、何度も婚約破棄して、そのうえ式も…公爵家の貴方には相応しくないわ…」


ゾーイは目に涙をためている。あまりにも可愛くて、つれない彼女の涙をふいてやる。


「誰がなんと言おうと、僕は君が欲しいんだ。父も了承しているし、国王陛下の許可もある。家族も君に会えるのを楽しみにしているんだ。」


「サミュエルなら、どんな女性だって手に入るのよ…?わざわざ私のような地味な女を選ばなくても…どんな綺麗な人も選べるのよ?」


こめかみにサミュエルが唇が落とす。


「僕は他の誰でもない、ゾーイがいいんだ。それに、君は僕の世界で一番かわいい。こんなにかわいい女の子は君だけだ。いつも言っていただろう?」


サミュエルは美しい令嬢と結婚したいのではない。ゾーイと結婚したいのだ。これ以上はもう待てない。ここで結婚を了承させなければ。


「ゾーイ。僕はとってもお買い得だと思うんだ。君しか愛さないし、一生大事にする。仕事もしてるし爵位も持てるから苦労はさせない。好きなだけドレスも宝石も買っていいよ。しばらくこの屋敷に住むことになるけど、もっと華やかなところに行きたいなら新しく屋敷も用意する。」


得意ではない言葉を尽くしてゾーイに愛を乞う。うるんだ目のゾーイは、小さく息を吐くと、力が抜けたように結婚を了承した。


サミュエルは強くゾーイを抱きしめる。よかった。もしこれで結婚を了承してくれなかったら、ゾーイがサミュエルの子を孕むまで何日でもここに閉じ込めておくしかなかった。子ができれば、情の深い彼女はここに留まるだろう。サミュエルとしてはそれもなかなかに魅力的な選択肢だが、できれば幸せそうに笑ったゾーイと愛をかわしたいので、これで彼女に悲しい思いはさせなくて済む。


結婚を了承した彼女をもう子爵家に返す必要はない。すぐに婚姻届を渡してゾーイに署名してもらい、提出する。これでゾーイはサミュエルのものだ。この屋敷は規模こそ大きくないが、セキュリティに重きを置いていて、敷地は高い塀におおわれ、窓は大きく開かないよう細工がしてあり、出入り口は正面玄関と厨房の勝手口しかない。使用人も身元のはっきりした者のみ雇っている。これからはここが2人の愛の巣だ。もしゾーイがもっとにぎやかな街へ行きたいといえば用意するが、ここと同じようになるだろう。

誰にもゾーイを奪われたりしないようにするには仕方ないのだ。


子どもも特にほしいとは思っていないので、作る予定もない。爵位は公爵家に返せばいいので跡継ぎは特に必要ない。

ゾーイ次第ではあるものの、子が生まれればゾーイはそちらにも心を傾けるだろう。ゾーイの関心を得るのはサミュエルだけでいいのだ。


結婚式を終えた後も、ゾーイは「まだ夢のようだ」と言っていたが、夢にはさせない。


毎日可愛がるほどにゾーイは美しくなっていく。誰にも奪われないように、もうこれ以上ゾーイが傷つくことのないように大切に守るから、サミュエルの隣で幸せそうに笑っていてくれさえすればいいのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 怖くて面白かったです。さすが宰相一家の一員ですね。最後に屋敷の様子を説明されて、余計に怖くなりましたwww
[良い点] もし子供が出来たのなら、女の子であれと思ってしまいますー 男の子ならきっと嫉妬の対象になる…ヤンデルこわいこわい
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