第73話 ふわふわ
応接間を出て、階段を上り、上の階に進む。
アバンは食事の準備をしてくるということで、そのまま違うところへ向かった。
階段を上っていて思ったが、エレベーターの無い環境で、病気の人が上の階に居るということは普通なのだろうか。
これでは外にも出られないだろうし、閉じ込めているのか?
「ここだよー」
「おう。それより、紹介してくれと頼んではみたが、いきなり入っても大丈夫なのか? 仮にも王族だろう?」
「大丈夫大丈夫。お姉ちゃん優しいから」
そういうのはあまり関係ないだろう。
でもまぁ、ランが良いと言うのであれば良いのだろう。
ランがドアを開いて、中に入っていく。
奥のベッドに一人、腰掛けている女性が居る。
「お姉ちゃん。こないだ話してたタカシくんを連れてきたよ」
「そうなの? 私、まだ着替えていないわよ?」
病気と聞いたから、寝込んでいるかと思っていたけど、元気そうだな。
細い垂れ目だが、金髪の長い髪が顔にマッチしている。
天然系なお嬢様という感じだろうか。頬に手を当て首を傾げながら、あらあら~とか言いそうだし。
それより、まず胸に目がいってしまう。
デカイ……。
思わず賢者を発動してしまった。
「こんにちは。噂のタカシくんです」
「あらあら~。もう居たのね。こんな恰好でごめんなさい。私は、ランの姉、サラよ。よろしくね」
「こちらこそよろしく」
ただの糸目かと思っていたら、目を瞑っているのか。
もしかして見えない? そう思い、こっそりランに聞いてみる。
「おい、ラン。サラさんは目が見えないのか?」
「うん、そうなんだよ」
「ふふ。聞こえているわよ。そう、小さい頃に突然見えなくなっちゃって。それからずっと治らないのよ」
サラにも聞こえていたらしい。
「うふふ、それよりタカシさん。ランは呼び捨てなのに、私には、さん付けって寂しいわぁ」
「そうだな。分かったよサラ。それで、病気っていうのはそれだけなのか?」
「目が見えないので転んだりして、怪我したことはあるけど、他は至って健康よ」
「そうか。それで、目が見えないから王位はランに譲るのか?」
先日、ランからは姉が病気だから自分が頑張る的な事を聞いていたので、本人にも直接聞いてみる。
「私としては、どうでも良いのだけれど、ランがやる気を出しているみたいだから、それはそれで良いのかなぁって思っちゃって」
「でもこいつ、バカだぞ? 王としてどうなんだ?」
「あはは、タカシくん。それは喧嘩を売ってるんだよね?」
「うふふ、でも私が全てサポートするから大丈夫よ」
ランを無視して、話を進める。
それと一つ気になっていたことがあるので、尋ねる。
「サラ、俺の勘違いかもしれないが、お前は本当にランの姉か? こいつとは耳も尻尾も違うが」
「あぁ、その事ね。タカシさんは、遠い国から来たのかしら?」
「タカシくん、そんなことも知らないの!?」
何かイラっとしたので、ランの頭にゲンコツを入れておく。
「いったーい!」
「タカシさん、獣人はね、生まれた時は親と一緒なの。でも、10歳になった成人の儀で精霊の加護を受けた時にね、姿が変わってしまうことがあるのよ」
先祖返り的なものか? でも後天的なものだし、少し違うか。
「それで、姿が変わった時に目も見えなくなった。というわけか」
「そうなのよ。よく今の話で分かったわね」
「良くあるとこなのか?」
「あまりないわね」
「何か特殊なスキルが備わったりするのか?」
「そうね。私の場合は、少しだけ魔法が使えるようになったわ」
「獣人って魔法が得意じゃないって話だったよな」
「使えても、人間の魔術士には到底及ばないものだけれどね」
それでも同じ種族では誰も出来ないことが出来るんだ。使えるようになった時は、さぞ持て囃されただろう。
「それまでは、ずっと剣の特訓ばかりさせられていたのだけれど、魔法が使えるようになってからは、ずっと魔法の練習ばかりよ」
「そうなるだろうな。ウチの子達も毎日魔法の練習だ」
「あら、そうなの。そういえば、何人か居るみたいね」
そういえば、ミリア達を紹介していなかった。
「紹介がまだだったな。すまん。ウチの魔導士のミリアだ」
「ミリア・ウェールです。よろしくお願いします」
「召喚術士のファラだ」
「ファラ・オスロ。よろしく」
「精霊術士のマリーだ」
「ぽんぽこ! ぽ……」
「皆さん、よろしくね」
マリーがランに睨まれている。マリーは可哀想だが、まだそのままで居てもらおう。
「それにしても、魔導士に召喚術士に精霊術士なんて、すごいのね……声はまだお若いようだけれど?」
「あぁ、まだ幼女だ」
「もう! 私は幼女じゃないです! 立派な……うぅ」
「思い付かないなら否定するな」
「あはは、面白いのね。楽しそうねー。私も加わりたいわぁ」
「おう、良いぞ。サラなら歓迎だ」
あの胸が欲しかったので、即答してしまった。
「ダメ! タカシくん、お姉ちゃんの目が見えないからって、胸ばかり見てるじゃん! 変な事する気でしょ!」
「俺は欲望に忠実に生きるのだ」
「またタカシさんは……もう……」
「あらあら。別に良いのよ。そういう目には慣れているから。こんなもので良ければ触ってみる? なんてね、じょうだ……」
――揉み。
「あんっ!」
「あぁー!」
「もう!」
「ぽん……っ」
揉んで良いって言ったじゃん。冗談だって分かってるけど、折角のチャンスを逃すわけないだろう! 揉むよ!
ってか、痛い。ファラ蹴らないで。
「タカシさん、お姫様に何してるんですか!」
「え、いいじゃん。減るもんじゃなし」
――揉み。
ついでにミリアも揉んでみるが、やはり全然違う。
「もう! 言った傍から!」
「それで、どうする? 来るなら歓迎だぞ」
「そうね、でも目が見えないことで迷惑を掛けちゃうと思うから、折角だけど遠慮しておくわね。ありがとう」
「そうか……残念だな。もっと揉みたか、じゃなくて楽しい旅になりそうだったんだがな」
「代わりにランを連れて行ってあげてくれないかしら?」
「いや、ランも胸はそこそこ大きいけど、バカだから、いいや」
「そんな!?」
ミリアとランがギャーギャー言っているが、無視しておこう。
元は目が見えていたのであれば、神口で治してあげることも出来そうだな。
そんなことを考えていたら、ドアがノックされる。
「姫様、そろそろ準備が整いました」
「お、アバンありがとうー。それじゃあ、タカシくん、いこっか。さぁ、お姉ちゃんも!」
「ラン、少しだけタカシさんと二人で話したいのだけれど、良いかしら。先に行っておいてくれる?」
「え? 俺と?」
「うー……分かったよ。タカシくん、変な事しちゃダメだよ?」
「あ、あぁ。善処する。お前達、先に行っておいてくれるか?」
「分かりました」
「わかった」
「ぽんぽこ」
マリーがランに睨まれつつ、皆アバンと共に部屋の外に出る。
何だろうか。さっき胸を揉んだから責任取れとか言われるのか?
責任ならいくらでも取るが、縛り付けられるのはごめんだぞ。
何か姿勢を正しているし。真面目な話なのか?
「サラ。それで、話ってなんだ?」
「タカシさん、この度はランを一度ならず二度もお救いになっていただき、本当に感謝しています。ありがとうございます。あと、従者達もタカシさんのお陰でこの土地に帰ってくることができたと聞いています。彼等の一族に代わってお礼を」
「あぁ、その事か。さっきアバンさんにもランにも全く同じことを言われたぞ。俺は、彼等があそこで消えてしまうのは可哀想だったから、勝手にやったことだ。それも気にするな。それと、丁寧な言葉使いじゃなくて良いぞ?」
「うふふ、ありがとう」
「それだけか? だったら、ほら、行くぞ」
手を取ろうとしたら、逆に手を掴まれた。
そのまま両手で握られ、見えない目を開けて、見つめてくる。
真剣だな。こっちが本当に話したいことなのだろう。
「タカシさん、ランをもらってくれない?」
「はぁ!? 突然何言ってんだ。いきなりすぎて意味が分からん」
「実は……まだランには言っていないけど、私が王位を継ぐことはほぼ決まっているの。ただ、目が見えないから妹であるランに補佐をやってもらうって話が出てるの」
「なんじゃそら」
もう既に決まっているのか。知らないのはランだけって可能性あるな。あいつチョロいし。
別に旅に連れて行くのは問題ない。ただ、帰ってきて既に王位継承が済んでいて、自分の居場所が無いと知ったら悲しいだろうな。
あいつが納得するはずないだろうに……。
「だから、俺にランを貰えって?」
「うん。あの子は、旅の話になると必ず貴方の事を嬉しそうに喋ってたわ。だから、好意はあると思うの。別に一緒になれってことじゃなくて、旅に連れて行ってくれるだけでも良い。私はその間に、補佐を育てるから」
「それって遠まわしに、ランが邪魔ってことにも聞こえるが」
「違うの! あの子は小さい頃から、本当は色々なところを旅して、冒険したいって言っていたの。本当なら、今頃楽しく冒険していたかもしれないのに、私の目が見えなくなったせいで、それを諦めて、勉強したり訓練したりすることになったの」
「でも、あいつが望んでやっていることだろう?」
「うん。でも、その結果が、毎日私のお世話をすることになるってあんまりじゃない……」
あいつ、そんな目標みたいなものがあるにも拘わらず、呑気にダンジョンなんかに入っていたのか。馬鹿だな。
でも本人の気持ちも聞かずに、旅に連れて行く行かないと決めるのは、まずいだろう。
「サラの口から、王位は自分が継ぐから、ランは好きに生きろって、直接言えないのか?」
「一応、何度かそれらしい事は伝えたのよ。でも、あの子、真っ直ぐな性格だからね……あの子の手を借りているのは事実だし……」
「あいつバカだからストレートに伝えないと、理解しないぞ?」
「そうね……」
バカだってことは、否定はしないのかよ。それにしても、何かお悩み相談室みたいになったな。
「お前の目が見えるようになれば、あいつに強く言えるのか?」
「それは……無理よ。治らないもの」
「はぁ……言えるのか、言えないのか、と聞いている」
「い、言える……と思う……」
さっさとお悩み相談室を閉店したかったので、神口を使うことにする。
いきなり目に光が入ると危ないかもしれないので、部屋を暗くする。
「今から、とある魔法を掛けるが、成功するかどうかは分からない。もし成功したなら、さっき良い思いをしたので、サービスだ」
「え、魔法……さっきから何をしているの?」
胸を揉ませてもらったのでサービスということにしておこう。
窓を閉め、隙間から入ってきている光も次々に遮断させる。
昼間だから、顔が見えるか見えないか程度で良いだろう。
準備が整ったので、魔力を込め、神口を使う。
「サラ・フォン・クドラングの目が見えるようになる」
「え、な、何ですか!? 何をしたんですか!?」
「目を開けてみろ」
「うぁ……。眩しい……ま、まぶしい!?」
俺からしたら、すごく暗いんだが……。これで眩しいのか?
まぁ、良い。それより、見えるようになったようで安心した。
これからは医者としても食べていけそうだな。
「サラ、俺の顔を見ろ。そして話を聞け」
「は、はい。見える、見えるわ!」
「今回はサービスだ。今後、また俺を頼ろうとするならば、それ相応の対価を用意しろよ? 但し、その依頼を受けるかどうかは内容次第だ。それと、このことは絶対に秘密だ。分かったな?」
「は、はい……。対価と、秘密、ね。でもこれ、なんなの!?」
面倒な事は嫌だが、稼ぎ口は必要だ。家も買いたいし。
あとは、いきなり目が見えるようになったことへの言い訳だな。
「あの、ラン達にはどう説明しましょう」
「適当に考えてくれ。別に、さっき居た面子には言っても良いが、外部には絶対漏れないようにな」
二人きりで部屋に居て、皆と合流したら目が見えるようになっていたというのは、言い訳すること自体無理だろうが、別に良いか。
蝋燭に火を灯して、少しづつサラが光に慣れるよう調整しつつ、言い訳を考える。
「それより、タカシさんすごいのね。高位の治癒や治療でも治らなかったのに、一瞬で……」
「あぁ、今呪いを勉強しているからな。その実験ついでだ。ウチのマリーがぽんぽこ言っているのも、俺の呪いだ」
「呪い!? 私、呪いに掛かっていたの!?」
「知らん。だが、そういうことにしておいてくれ」
結局何も思い付かなかったので、サラの目が慣れたところで、言い訳は呪いだったことにして、ラン達の元に行くことにした。
部屋から食堂に着くまで、廊下ではぴったり寄り添い、腕を組まれて移動する。
「おい、もう見えるんだから、そんなにくっつかなくても良いだろ? またファラに蹴られる」
「うふふ。嬉しいくせに。サービスですよ、サービス」
「真似するな。まぁ嬉しいけど」
「うふふ」
目が見えるようになった途端、性格変わってないか?
まぁ良いか。しばらく、このふわふわを堪能しよう。




