自己紹介
「あの……、名前を教えてくれない? 仁義を切る前に、名前を教えて貰ってなかったこと気がつかなかったの」
蚊の鳴くようなか細い声になる。顔は恥ずかしさに、真っ赤になっている。頷き、世之介は顔を近づけ、小声で答えてやった。
「但馬世之介だよ、茜さん」
さっと茜は元の位置に戻って仁義を続けた。
「……但馬世之介様の知己を有り難くとも頂き、ただただ、恐悦至極にござんす。今年、十と八歳になる若輩者でござんすが、どうぞ皆々様のお引き回し、ご鞭撻、よろしうお願いいたしやす!」
ぱちぱちと周りから女たちの拍手が湧いた。茜は、明らかにほっとした表情になって立ち上がった。
「ああ、よかった! ちゃんと仁義が切れたわ! 何しろ世之介さんは本物の【バンチョウ】だもんね! こっちも正式の仁義を切らないと、失礼だもん」
「さて」と光右衛門が口火を切った。
「少し寄り道したようですが、これから茜さんは、わしらをどこへ連れて行ってくれる、お積りなのでしょう?」
光右衛門の言葉を耳にして茜は「あっ」と口を押さえる。ぽかり、と自分の頭を打ち、舌をぺろりと出した。
「いっけなあい! 肝心なこと忘れてた! あのね、お爺ちゃん……」
光右衛門は、にこやかに答えた。
「越後屋の隠居、光右衛門で御座います」
茜は頷いた。
「ああ、そう、光右衛門さん。それに……」
問い掛けるように、助三郎と格乃進、イッパチに目を向けた。
「格乃進で御座います。格さん、とお呼びくだされば結構!」
格乃進は、それでも堅苦しく、真っ直ぐ茜を見詰めて口を開く。
「助三郎で御座います。助さんでよろしいですよ」
助三郎は、にっこりと柔らかな笑みを浮かべている。