仁義
茜は一歩さっと引き下がると、腰を沈め、両足をがばっと蟹股に広げた。左手を後ろに構え、右手を前に突き出す。
「お控えなせえっ!」
ぐっと下から世之介の顔を見詰め、叫ぶ。
世之介は訳が判らず、ただ、ぼんやり呆然と、茜のきりっとした顔を見返しているだけである。
もう一度、茜は叫んだ。
「どうぞ、お控えなせえっ!」
叫んだ後、世之介を見上げたまま待っている。何を待っているのか?
「若旦那……」
イッパチが話し掛けてくる。世之介はイッパチに向かい、囁いた。
「イッパチ、あの茜って娘のしていること、判るのかえ?」
「へい! あっしは、あのお嬢さん、若旦那に向けて仁義を切っているんだと、考えておりやす」
「仁義? なんだい、そりゃ?」
「挨拶でござんすよ。若旦那も真似されたらいかがで? 茜さん、困っておられるようでげすよ」
言われて世之介は、茜の仕草をぎこちないながらも、真似をすることに決めた。腰を沈め、右手を覚束なく突き出す。
さっと茜の頬が紅潮した。
「早速のお控え、有難うござんす! 手前、生国と発しますは、番長星にござんす! 番長星、と言っても広うござんす。北番長星は常陸の国、大宮村に生を受け、那珂川にて産湯を使い、姓は勝又名前は茜と申す、不束者でござんす! 此度は奇遇なことに、あんさんの……」
茜の言葉が途切れ、困惑の表情になる。




