称号
静寂のみが支配していた。
世之介は一歩、茜に近づいた。説明を求めたのである。
「どういうことなのでしょう? わたくしには、さっぱり……」
茜の唇はからからに乾いていた。茜は唇を舐め、目を一杯に見開いたまま、呟いた。
「本当に殴ったなんて……! 信じられない」
イッパチが首を捻った。
「でも、喧嘩を仕掛けたのは、あの健史ってお人なんでしょう? だったら偶然でも、殴られることは覚悟していたはずじゃあ?」
「違う!」と茜は首を振った。
「喧嘩で、本当の殴り合いになることなんて、今まで一度もないわ!」
「ええっ!」
今度は世之介は本当に驚いた。
「だって、だって、あの人たち見るからに本当の不良で、あたしに喧嘩を売ってきたときだって、本気だと……」
「ここらで喧嘩というのは、口喧嘩のことよ。お互い、相手を凹ませるために色々と言い合うけど、手を出すことは絶対しない。そんなことになったら、怪我するでしょ?」
茜の説明に、世之介はがっくりと両手を下ろした。茜の両目に、尊敬の色が浮かぶ。
「もし、本気で殴りあう覚悟ができる人がいれば、その人は【バンチョウ】って呼ばれるでしょうね。ここでは、そんな【バンチョウ】の称号を持っている人間は、数えるしかいない……」
茜は、にっこりと笑みを浮かべる。
「あなたは【バンチョウ】よ! 今日から【バンチョウ】って名乗っても良いんだわ! 凄いじゃないの!」
世之介は周りを見回した。
茜以下、二輪車に乗った女性たちは賛嘆の表情を浮かべている。
世之介は呆然と、いつまでも立ち尽くしていた。