29. 血脈
「改めまして。ローリンド警察署に出向中の、魔術師組合アイエラ支部副支部長ラモン・フェンデスと申します」
警察署をすぐにでも出たかったシエルテ達にくっついて、シエルテ達が泊まるホテルのロビーまで移動してきた黒いローブのラモンは、テーブルの向かいに座りそう自己紹介した。
小太りだからか冷や汗なのか、ラモンはハンカチで額を拭う。
「この度は、一部警官による暴挙をご寛恕いただき真にありがとうございます」
「……」
謝罪に対して何の言葉もないシエルテに、ラモンは小刻みに震えながら話を続ける。
「い、今現在、この街とその周辺で事件が相次いでまして……そのせいで、その、多少強引な捜査を――」
「多少?」
リィナが不機嫌を露わにそう言うと、ラモンの喉が鳴った。
「まずはシエルテ様に誠心誠意謝るべきでは」
「は、はい。も、申し訳ございません――」
まったく、と憤りをため息にして吐き出したリィナに、震え上がるラモンの姿を気の毒に思ったオリーが口を開いた。
「この人が悪いわけじゃないですから、ね?」
「……」
「そう言っていただけると……失礼ですが、貴女様も魔女様の弟子でいらっしゃる――」
ラモンが言い終わるより先に、オリーは手を振って否定した。
「違います! わたしは大学で魔術史の研究をしているオリー・アーシェルと申します」
オリーが名乗ると、途端にラモンの表情に喜色が浮かんだ。
「アーシェル家の方ですか!」
「え、ええ」
「こんな所で会えるとは。僕も貴女と同じくアイエラルド辺境伯家の子孫でして。とは言っても、アーシェル家とは違い、僕は辺境伯家の分家の子孫なので血は薄いですが」
「えっと……」
困惑顔のオリーに、ラモンは「もしかしてご存知ない?」と戸惑いを見せた。
「アーシェル家はアイエラルド辺境伯家があの戦乱の折、王都へと逃げ延びた辺境伯家の血筋なんですよ」
「そう、なんですか」
「ローリンド・アイエラルド辺境伯の息女が城の地下にある脱出路で逃がされ、王都へ報告と救援要請に向かったと。けれど、すぐのアイエラ奪還は叶わず、父の辺境伯の死亡も明らかとなり、そのままある貴族家に王家の勧めで嫁入りしたと聞いています」
「それがアーシェル家」
こういう話が好きなのか、嬉しそうにラモンが頷いた。
「アーシェル家は伝統ある名家であり、王家への忠義も篤い家だったからと」
オリーは眼鏡を触りながら、照れたように顔を赤くした。
「ただ古いだけの家ですよ。羊を追いかけ回して暮らしてるような」
「いえいえ。アーシェル領の羊毛はとても品質が良いと――」
「――聞きたい事がある」
突然口を開いたシエルテに、ラモンだけでなくオリーにも緊張が走った。
「魔道具屋の先代が封じていた魔術について、知っているか?」
「あ、はい。城の地下にあった魔術陣のことですよね?」
「魔術陣……」
「そこの事ではなくてですか?」
「いや、それだろう」
思わずラモンはオリーの顔を見た。
この街の存続がシエルテの機嫌ひとつで決まる状況で、シエルテは無表情が続いていた。
シエルテの機嫌が、表情や声色からわからないラモンにとって、自身のシエルテへの対応、答えが正解か不正解かを教えてくれるのは、未だに冷ややかな目で睨んでくるリィナではなく、オリーだけだった。
オリーもラモンの意図を汲みながら、首を振った。
「その魔術陣が作動している。止めた方がいい」
「なんと!」
「もしかして、ネペタ様が疑われた殺人事件とも関係がある、のですか?」
助け舟を出したのかと責めるようなリィナの視線から顔を背けて、オリーは訊ねる。
答えたのはラモンだった。
「その事なのですが、魔女様が取り調べを受けた殺人事件は私の担当になっていません。――私が警察署に出向している理由は、起こった事件に魔術行使が疑われた場合に協力するためなのです。……今朝方あった殺人事件は一件だけ。被害者は医師の老人。死因は銃撃による失血死」
「シエルテ様だったら、わざわざ銃なんて使いませんよ」
ごもっともですとリィナに答えながら、ラモンはハンカチを額に当てた。
「警察も、事件と魔術の関係を疑ってはいなかったはずです」
「殺されたのは、本屋で私に怒鳴ったあの医者だ」
シエルテの言葉を聞き、リィナとオリーは同時に「あ」と声を上げた。
「――失礼な人でしたね」
「――あのおじいさんが」
「……ふむ。私があの医者と言い争っていたと誰かが警察に話たのか。その目撃証言だけで、私が犯人だと信じているようだった」
ラモンが神妙な顔をした。
「魔女様を取り調べていたバード警部は、私も知っている男なのですが、一族が代々辺境伯軍の騎士でして」
ちらり、とラモンはリィナを見た。
「サリシラーフ人に対して、だいぶ恨みがある男なのです。もしかしたら」
「私怨?」
オリーの言葉にラモンは頷いた。
「おそらくは。……ただ。最近、この辺りで薬物が蔓延していて取り締まりが強化されているのですが、その売人がサリシラーフ人だと言われていまして」
「はぁ〜……」
深い、深いため息をリィナが吐いた。
肩を震わせ泣きそうな顔をするリィナの、銀髪をしたその頭をシエルテは慰めるように撫でた。
「リィナちゃん」
その様子に心配してオリーが声をかけるが、シエルテが首を振った。
「心配いらない。リィナのコレは怒りで震えているだけだ」
言われてオリーがよく見ると、リィナの拳は固く握られており、「クソ叔父」と呟く声まで聞こえてきた。
「……やっぱり、あの村はあたしが燃やします」
説明を求めるオリーとラモンからの視線に、逡巡した後シエルテが語ったのは、シエルテとリィナがアイエラまで来た理由だった。
――そもそもは、ストゥルテ王国より北にある小国で出会ったサリシラーフ人から聞いた話だった。




