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28. 投げるメイド

 貴族屋敷などを再利用している他の公的機関とは違い、コンクリート造りで建てられていたこの警察署は、一階部分は打ちっぱなしのコンクリート壁になっていた。

 そのコンクリート壁に背を打ちつけ、動けなくなっている警官がリィナの背を指差す。

「だ、誰かそいつを止めてくれ!」

 警官の叫びをリィナはまるで気にすることもなく、居合わせた市民の視線の中、署内奥へと通路をずんずんと進んでいく。

「メイド! 止まれ!」

 受付から追いかけてきた警官三人のうち一人が、リィナを取り押さえようと腕を伸ばした。

「邪魔しないで下さい」

 リィナは警官の腕を軽く捻り上げたかと思うと、そのまま通路の壁に向かって警官を投げ飛ばした。

 さらに迫る警棒を振り上げた警官の顎に躊躇なく裏拳を決めたリィナは、その勢いのまま三人目を鮮やかな回し蹴りで蹴り飛ばした。

 ――通路の床に倒れ、(うめ)く警官達。

 そんな警官達を気にする素振りさえ見せず、リィナはきょろきょろと辺りを見回し始めた。

「……二階?」

 そう呟いたリィナは先を急ぎ――トランクを預かっているオリーは、逃げ出す訳にもいかず、青い顔をしながらもリィナの後に続いた。

「リ、リィナちゃんどこに行くの」

「シエルテ様の匂いがこっちからします」

「い、犬みたいだね……」

「そう?」

 二人は二階へ向かうために通路の先にあった階段を上がり、二階通路へ抜ける。

 ――二階通路からは雰囲気が変わった。

 一階では打ちっぱなしコンクリート壁だった通路の壁が飴色の板張りに変わり、事件解決を表する賞状が並べて飾られていた。

 それだけでなく、二階にある取り調べ室からの逃走を想定してか、二階の通路にある窓には鉄格子が嵌められていた。

 それは、二階にある課が殺人などの凶悪犯を対象にしているからであり、つまりは二階の取り調べ室を使う容疑者は、凶悪犯罪を疑われているということになる。

 二階取り調べ室は出口から最も遠い通路奥――通路奥を目指して進んでいくリィナと怯えるオリー。

 不意に、スーツ姿の男が室内から出てきてリィナ達の方へと向かってきた。

 身体を緊張させたオリーだったが、一階からの連絡がまだないのか、男はメイド姿のリィナ達を素通りしてそのまま足早に行ってしまった。

「……ここだ」

 第一刑事課の取り調べ室前まで辿り着くと、リィナは五つ並ぶ取り調べ室のドア前で、確信を持って大きく息を吸い、叫んだ。

「シエルテ様〜! どこですかー!」



「ぐぅ……くそっ!」

 バード警部は拳の痛みに悶えていた。

 シエルテを殴ったはずの拳は、シエルテの顔に届く前に、まるで壁でも殴ったかのような衝撃を受けて赤く腫れていた。

 ローブの裏地にリィナが縫った本気の【守りの刺繍】は、魔術や呪術どころではなく物理的な脅威でさえも固く防ぐことが出来る一級品だった。

「私が無防備な状態で、こんな所にいるわけがないだろう」

 シエルテの声音に侮蔑を感じて、バード警部は拳だけでなく顔まで赤くさせた。

 拳を固く握りしめ、バード警部が口を開きかけたその時――通路からシエルテを呼ぶ声が聞こえ、シエルテは椅子から立ち上がった。

「迎えも来たようだし、そろそろ帰らせてもらおうか」

 バード警部が何か言うより先――。

 取り調べ室のドアが鍵ごと蹴り飛ばされた。

「いた! シエルテ様」

 起きた事態の把握にバード警部はドアがあった方を振り返った。

 ――そこに、サリシラーフ人の姿を見つけたバード警部の反応は早かった。

 バード警部が、リィナの胸ぐらを掴もうと腕をのばした。

 その手が掴むよりも早く――リィナの拳が、バード警部の顎を真正面から綺麗に撃ち抜いた。

「がっ――!」

 短く声を漏らしたバード警部は、そのまま床に倒れ込んだ。

「ではな。警察署までの道中、車に乗れたのは良い経験だった」

 バード警部の後頭部に向かってそれだけを告げて、シエルテは取り調べ室を後にした。



「怪我とかはしてないですよね?!」

 二階通路を歩きながら、リィナはシエルテの体をあちこち触りながらそう訊ねた。

「よかった……はぁ、シエルテ様。心配したんですよ」

「悪かったよリィナ。――それから、メガネのお嬢さんも」

「いいえ! そんなことは……大丈夫でしたか?」

 シエルテはこくりと頷く。

「問題ない」

 表情や声音から、思ったほどシエルテの機嫌は悪くなさそうだと、オリーは胸を撫で下ろした。

 ――その時、 どこかにある警報器からジリジリと警報音が鳴りだした。

「――おい! 中でバード警部がやられてる!」

 取り調べ室の惨状に気付いたらしい男の声が、シエルテ達の後方からした。

 振り返ることなく進み、階段を一階に下りたところで――乾いた大きな破裂音がした。

「え、あ……!」

 それが銃声だとオリーが気付くのと同時に、二度目の銃声が空気を震わせた。

 待ち構えていたのか。

 一階通路には、満身創痍の警官達が立ち塞がるように立っていた。

 警官達の先頭に警察署前でリィナに殴り倒されていたはずの中年警官の姿があり、その手には弾倉から白煙が上がっているリボルバーが握られていた。

「な、何故……!」

 中年警官が目を剥いて驚く。

 銃口は確かにリィナに向けられ、二発撃たれていた。にも関わらず、弾丸はリィナの眼前で高速回転したまま宙に浮いていた。

 固まる警官達の前で、徐々に弾丸は回転が止まり――やがて通路の床にぽとりと落ちた。

「……リィナを狙ったな?」

 シエルテが低い声と共に半眼をさらに細め、中年警官を見据えた。

 ――次の瞬間。

「ウッ――」

 オリーは突然の息苦しさに胸を押さえた。

 【守りの刺繍】さえ突き抜けて感じる、重苦しい“何か”が身体を強張らせて息さえしづらい――見えないそれが、シエルテの発する魔力であるとオリーが気付くのに、そう時間は掛からなかった。

 警察署全体を包んだ魔力の重みに、中年警官は白目を剥き、口の端からは泡を吹いて倒れた。

 それでもさらに魔力の圧を増そうとするシエルテに、リィナはシエルテの着るローブの端を引っ張った。

 シエルテがリィナに向いた。

「リィナ」

「シエルテ様、あたしは大丈夫ですから。そんなヤツ放って置いて、早く屋敷に帰りましょう」

「……」

 シエルテが息を吐き、魔力の放出が止まる。オリーも大きく深呼吸した。

「……わかった。出よう」

 警官だけでなく警察署を訪れていただけの市民も倒れている悲惨な光景を横目に、三人が警察署を出る直前、背後から声が掛けられた。

「――お、お待ちください!」

 呼び止める声にリィナとオリーが振り返り見たのは、膝に手をつき肩で息をする苦しげな若い男の姿だった。

 男はスーツの上に魔術師の証である黒いローブを身に着けていた。

「しゃ、謝罪もご説明も致しますから、街を滅ぼす事だけは、どうか、どうかご容赦を……!」

 そう言って若い男は膝から床に崩折(くずお)れ、嗚咽を漏らして泣き出した。

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