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27. 警察署にて

「聞いているのか!」

 シエルテを連行したバード警部は、大声を上げながら取調室の粗末な木製机を叩いた。

 ――アイエラの北側にある、元は貴族の屋敷や所有物だった建物が建ち並ぶ官公庁区画。

 その一画にある警察署へ、シエルテは連行されていた。

 明かり取りの窓さえない冷えた取調室には、シエルテとバード警部が向かい合って座るだけで、他の警官の姿はない。

「認めろと言われてもね。何のことだが先に答えて欲しいのだが?」

 まるで怯える気配のないシエルテに、バード警部は苛立たしげに舌打ちをした。

「まず、私をここへ連れてきた容疑は?」

「言っただろう殺人だ」

「それは言ったうちに入らない。殺されたのはどこの誰で、いつ、どこでだ」

 バード警部が無表情で椅子から立ち上がった。

「この街の医師が殺された。その医師は今朝、隣町の本屋でお前とサリシラーフ人と、口論していたという目撃証言がある。知らないとは言わないだろう」

「……まさか、あの老人か?」

 ブレナンの本屋で会った老医師を思い出し、シエルテは思わずそう聞き返した。

「白昼堂々、タイアンキ医師は胸を刺されて死んでいた。そして、今朝は隣町にいたはずのお前がここアイエラにある。……隣町からタイアンキ医師を追ってきて刺し殺したんだろう?」

 睨みつけるように見下ろすバード警部を、しかしシエルテは鼻で笑った。

 ――瞬間、バード警部は怒りの表情で再び机を叩いた。

「何がおかしい!」

「君の頭だ」

「なっ――」

「ふむ。昔はそれなりにあったが、こういう扱いは久しぶりだ。――私はね、なるべく国やら役人やらは敵に回さないよう心がけている。これまでの経験から、あいつらはいつまでもしつこく追いかけて来て、鬱陶しいからだ。だが――」

 シエルテは目を細め、バード警部を見上げた。

「殺人容疑? あんまりくだらない事を言わないで欲しい」

「……」

 鋭く冷たいシエルテの眼差しに、バード警部は思わず喉を鳴らした。

「今の私は“彼女の願い”を叶えるために生きている。人間の治療をするのも、なるべく人を殺さないのも。だが、私は人間を赦してはいない。街を更地にする事が優先順位として低いだけだ。だから――」

 バード警部の背筋に冷たいものが走った。

「街を消し飛ばされたくなければ、言い掛かりはやめてもらおうか」

 魔術師なのだろう格好の少女が放つ気配に、バード警部は気圧されていた。

 ――軍人家系であり、代々辺境伯に仕えていたバード警部はサリシラーフ人が嫌いだった。

 前時代的で胡散臭い魔術師もだ。

 それが被害者と直近で口論していた――敵国サリシラーフ人とつるんでいるような魔術師だ。例え冤罪であったとしても問題にはならない。

 一、二発殴ってやれば認めるだろうと、認めずとも犯人でないことがわかればいい……犯人だということにしたって構わないだろう。

 そのはずが、この逆らい難い雰囲気はなんだ――とバード警部は内心で困惑していた。

「け、消し飛ばす? 何の話だ」

 シエルテはため息を吐くと、バード警部の顔をその半眼で見た。

「疎い私でもわかる。私が殺害したという直接的な目撃証言も、証拠もないのだろう?」

「……」

「この取り調べも独断だ。だから君ひとりしかここにいない……おそらくは悪感情だけでこんな事をしたんだろう。幼稚だな君は」

「貴様……!」

 バード警部の手が、シエルテに振り下ろされた。



 ヴァイスによる空からの案内でリィナとオリーが警察署に辿り着いた頃には、アイエラの街は赤く染まり始めていた。

 ――ローリンド警察署。

 治安維持という仕事が軍から警察に移された際に、城に残り最後までサリシラーフ軍と戦い果てた辺境伯の名を与えられた警察署。同じ区画に建ち並ぶ他の官庁に比べて新しいコンクリート造りのその建物前で、リィナは入り口に立った制服警官に向かって肩を怒らせ近付いた。

「先程、黒いローブの少女が連行されて来ましたよね。返して下さい」

 ぽっこりと腹が出た中年の制服警官は、最初こそ面倒くさそうに返事をしたが、リィナの姿を見て下卑(げび)た笑みを浮かべた。

「お前、サリシラーフ人だろう」

「だから何ですか?」

「いやいや、“花”を売りたいなら勤務時間外にしてくれよ」

「格好を見てわかりませんか? 花屋ではなくメイドですけど?」

 中年警官の言葉の意味がわかっていないリィナを庇うように、オリーが慌てて前に出た。

「連行された容疑者と面会させて下さい」

「あー、刑務所で同じ独房になれば会えるだろうなぁ」

 取り合う気のない中年警官の様子に、オリーは苛立ちから口の端を痙攣させた。

「あのですね、わたし達はあなた方の為に言っているんです。いつ、この警察署ががれきの山に変貌するか――」

 その時、駆け足で署内から出てきた別の警官が、中年警官に耳打ちをし始めた。

 中年警官は耳打ちした警官に頷き返し――リィナに視線を向けた。

「そのまま大人しくしてもらおうか」

 そうリィナに告げると、中年警官はリィナに近付く。その手には手錠を持っていた。

「リィナちゃんを逮捕するつもりですか」

「拘束するだけだ。何しろ野蛮なサリシラーフ人だからな。かまわないだろう、捜している少女も中にいるんだ。都合が良いだろう?」

「――必要ありません」

 庇うオリーの手をリィナが下げた。

「あなたに手錠を掛けられなくても、あたしはひとりでシエルテ様を迎えに行きます」

 リィナは自分の顔前で握りこぶしを作ってみせた。

「邪魔する方は全員、ぶっ飛ばします」

「おお、それは怖いな」

 中年警官はにやけながら、腰の拳銃に手を掛ける。

 リィナがお辞儀をした。

「まずは目の前のあなたから。――歯を食いしばってください」

「ぶ――」

 言うや否や、リィナの拳が中年警官の顔にめり込んだ。

 耳打ちした警官は身構える間もなく、腹に一撃を食らって倒れ伏した。

「さあ、アーシェルさん行きましょう」

 倒れ伏し、うめき声を上げる警官二人を前に、にっこりとリィナは笑う。

「……」

 オリーは口元を手で覆った。

 恐ろしいのは魔女だけじゃなかった――オリーは、警察署内に突撃していくリィナの背にそう思い知らされながら、後に続いた。

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