26. 捕らわれた魔女
「――遅すぎる」
リィナの苛立った声に、オリーが書き物から目を上げる。見ると、リィナが部屋のドア前で腕を組み立っていた。
「ネペタ様のことなら、そんなに時間は経っていないと思うけれど」
「いいえ、遅いです」
ドアを睨んでリィナは言う。
「アーシェルさんは知らないと思いますが、シエルテ様はすっごく方向オンチで、すぐに迷子になるんです。あ、街限定でなんですけどね」
どう反応すれば良いか迷い、オリーは曖昧な返事をする。
「ヴァイスさんと一緒だから心配していませんでしたが、間違いなく迷子になってます」
「断言するんだ……あ、ちょっと」
ひとり部屋を出ていくリィナを、オリーは慌てて追いかけた。
廊下に出たリィナはそのまま屋敷の古い階段を上がり、二階に上がってすぐ正面にある部屋のドアに近付いた。
追いついたオリーが見ている前で、リィナはドアの中央に何故か備え付けられていた金具を二つ、外していく。
その金具に既視感を覚えたオリーはしばし考え、リィナが持っていたトランクの金具と似ていることに気が付いた。
「それって」
「【双子の魔術】が付与された魔道具です。このドアの金具とトランクを閉めてる金具が、えっと、連動していて。この金具を外してドアを開けると、トランクも開くんです」
リィナがオリーを振り返った。
「このドアからトランクの外に出られますけど、アーシェルさんはどうしますか?」
「ネペタ様を探しに行くつもりですか!?」
「もちろんです。守りの刺繍があるから戻っても大丈夫だと思いますけど、不安ならここで待ってますか?」
尋ねられ、オリーは刺繍がされた灰色ケープを肩に掛けながら「わたしも行きます」と答えた。
「なら、アーシェルさんも行きましょう」
リィナがドアノブを回し、開けるとドアの向こうにあったのは“闇”――トランクの中にあった“闇”と同質のものだった。
迷うことなく飛び込んだリィナに倣い、オリーも意を決して“闇”に飛び込んだ。
視界いっぱいに黒が満たされた次の瞬間、急に視界が開けたかと思うと、オリーを襲う浮遊感、のち膝に痛み――。
ベッドに置かれていたトランクから自分が飛び出し、床に膝から落ちたのだとオリーが気付くまで、そう時間は掛からなかった。
トランクがあった広いこの部屋はどうやらホテルの一室らしく、テーブルの上にはホテル名の書かれたルームサービスのメニューが置かれていた。
部屋の中をシエルテの姿を探し回っていたらしいリィナが戻って来たが、オリーに首を振ってみせた。
「やっぱりいませんね。――アーシェルさんの体調はどうですか?」
「……ええ。大丈夫そう」
「よかった。では、外にシエルテ様を探しに行きましょう」
リィナはトランクを持ち、オリーの返事も待たずに部屋を出ていこうとする。
「何かアテはあるの?」
「はい。あります」
「待って!」
慌てるオリーを他所に、鍵も掛けずに部屋を出たリィナは、そのままふかふかとしたカーペットの通路を足早に歩いて行く。
仕方なく部屋の鍵掛けを諦め、オリーもリィナに続いた。
急ぐリィナはエレベーターを素通りして階段を三階から一階へ下りる。
一階に着くと二人は、利用客とベルボーイを避けるようにしてロビーを素早く抜けてホテルを出た。
外はまだ明るい。
「それで、どうやって探しますか。わたしとリィナちゃんで手分けして――」
「その必要はないです。シエルテ様はともかく、ヴァイスさんは方向オンチではないので」
言うや否や、リィナはホテル前の道路で口笛を吹いた。
オリーが周りの視線を気にする隣で、リィナは音程を上げたり下げたりして口笛を吹き二分ほど――突然、羽ばたきが聞こえたかと思うと、ヴァイスがリィナの肩に降ってきた。
「――小娘が出てきてくれて助かぁった。魔女の奴、捕まったぞ」
安堵の色を滲ませながらヴァイスはそう告げた。思わず声を出したオリーとは対照的に、リィナは静かに目を細めた。
「誰にですか」
冷たいリィナの声音に、オリーは背筋をぞくりとさせた。意味もなくメガネを直す。
「警察だよ。理由は知らないが、大人しく連れて行かぁれてた。オレは気が気じゃなくてよぉ」
心配ですよね、と口にするオリーに、ヴァイスはカァカァと鳴いた。
「違うぞ。心配なのは魔女じゃなくて、この街だ。いつ“更地”になるかぁと不安だった」
シエルテが誰の弟子だったか、をヴァイスの言葉で思い出したオリーの顔がみるみる青くなる。
「オレにも良心はあるかぁらな。街に住むカァラス達が巻き添えになるのは気分が悪い。連れてかぁれた警察署が消し飛ぶくらいで済めばいいなぁと、見張ってたんだが」
ヴァイスさん、とリィナが低い声で呼んだ。
「あたし達を警察署まで案内してください」
ヴァイスは頷く代わりに羽ばたいた。
「頼んだ小娘」




