39.世界最高の戦士VS四番打者
四番に任せておけば安心、と言う雰囲気が野球にはあると思うんです。アイツでもダメなら仕方がない、といった感じの。だからこそ責任感と言うか精神的な強さを求めるタイプの四番は大好きです。
「世話になったお礼はさせて貰うぞ!!」
「ふん、世界最高の戦士も存外に執念深いのだな?」
今度はセレソンとドラフト一位の戦いが加熱する。
セレソンは借りを返すと言い放った。その言葉の意味はセレソンの記憶を塗り替えた張本人がこの旧ドラフト候補三人だと言うことだ。突如彼の前に姿を現したかと思えば、記憶を弄ってそのまま退散。
ただ闇雲にその存在を晒すのみの三人の行動になんに意味があるのかと俺が疑問を抱くとカワズニーは「単純に詰めが甘かったんだろうね」と教えてくれた。
つまり本来は先輩のようにセレソンの記憶を塗り替えた時点で『誰に』と言った部分も消すつもりだったのだろうが、単純に失敗したのだろうと言うのがカワズニーの推測だった。
セレソンはそれらの借りを返すべく飛び回っては敵に接近して銃弾を発砲する、そして弾丸が尽きればマガジンにそれ補充して再び発砲。
対するドラフト一位は丁寧に弾丸を木製バットで弾き返す。
本当にその繰り返しだった。
だがどちらもその実力を100%発揮していないように見える。そう感じるほどに二人の表情は穏やかだったから、戦闘と言う非現実に身を置く二人には似つかわしくないほどだと思った。
「しまっていこーーーーーーー!!」
その後ろでドラ3こと府中雅史が捕手らしい能力を発揮する。これは『扇の要』と言う能力で檄を飛ばした味方の身体能力を底上げするものだ。
日本では捕手はフィールド上の監督であり、監督からの指示を直接受ける立場。
味方を鼓舞する雅史の姿はまさに野球で見る捕手の姿そのものだった。
セレソンと旧ドラフト一位の戦いをキャッチャーのプロテクターを装着しながらピッチャーの球を待つように腰を落として雅史は観察していた。
そして隙を見つけてはマスクを外してから盗塁を阻止するようにドラフト一位に向かってボールを投げる。
これもまた俺の良く知るキャッチャーの動きそのものだった。
だけど……わざわざ視界が狭くなるマスクを装着する必要あるだろうか? そもそも都度マスクを外す行為がタイムロスにしか思えないのだが?
更に言えばこの殺伐とした空気の中で「しまっていこー」とか檄を飛ばされても俺にはシュールなギャグにしか思えない。
俺はやはり雅史はバカだなと実感しながら大きくため息を吐いて見ていた。
それでもやはり戦闘の肝はアタッカーを務めるセレソンであることは間違いない、それは紛れもない事実だ。俺はセレソンの洗練された動きを必死になって目で追いかけてドラフト一位との戦闘を観察していった。
「ドラフト一位と言ってもプライドは持ち合わせないのだな?」
「どう言うことだ?」
「そうだろう? 俺を襲った時は三人で自信満々な様子だったが一人になった途端にセコいやり口になってよ」
「……雑魚が、殺すぞ?」
「寂しいんでちゅねー、バブバブ」
セレソンは何とも分かりやすい挑発を始めていた。
「ベロベロバー」と聞こえてくるような仕草を見せて旧ドラフト一位を小バカにし出す。するとそのドラフト一位はこれまた分かり易く怒りで表情を歪めていった。これまではセレソンの弾丸を弾くべく小さく構えていた彼だったが、どっしりとしたバッティングフォームへと移行する。
「ふう」まるで彼自身に落ち着けと言わんばかりに息を整えて迎撃のスタンスを取り出した。
「四番とはチームを精神的に支えるもの、つまりチームメイトの誰もが納得出来る人間以外が座ることは許されない」
「それで?」
「野球の本質がスポーツである以上、得点せずに勝ちはない」
「だから?」
「俺はただ無心になって来た球を仕留めるのみ!!」
旧ドラフト一位は無駄を極限まで削ったスイングをしてきた。美しく綺麗な、それでいてゾクッと背筋が凍りつきそうなスイング。彼のスイングは無音だったのだ。
旧ドラウト一位は『すり足打法』か。
セレソンはそれを目の当たりにして「ヒュー」と小さく口笛を拭きながら後方へ飛んで躱す。そして余裕を見せつけるように旧ドラフト一位に賛辞を送った。
「凄いじゃないか、まるで殺気も気配も感じ取れない、暗殺者のそれだ。俺の拳銃も顔負けだよ」
セレソンはあくまで余裕の姿勢を崩さない。彼はどうやら事前に予測しながら回避行為を取っているらしく、とにかく初動が早いのだ。
なんと表現すべきか、まるで人の考えを読んだかのような、未来でも見えるかのように旧ドラフト一位がスイングを始めるよりも先にセレソンは動き出すのだ。
セレソンは左に飛んでまたしても拳銃の引き金を引いて発砲を試みた。ドラフト一位は右打ち、セレソンから見るとスイング後は左に隙が出来る。だがセレソンの攻撃は発砲を待たずして失敗することとなった。
旧ドラフト一位は右肩をセレソンに預けて前進して距離を詰めてきたのだ。するとセレソンは「うっ」と声を漏らしながらバランスを崩して驚いた様子を見せた。
気が付けば旧ドラフト一位は再びバッティングの構えを取り、呼吸を整えてバットを振り抜く。するとまたしてもセレソンは後方へ回避行動を取った。
そして思い知ることになった。
旧ドラフト一位はこれを狙っていたのだ。
彼のスイングを回避すべく後方へ飛んだセレソンだったが、なんとセレソンは背中に森に生える大木を背にしてしまったのだ。ドカッと背中に木の感触を感じ取ってセレソンは初めて表情を大きく歪めることになった。
どうやらセレソンは誘導されていたらしい。
ドラフト一位は無駄な動きをせず、ただひたすら無音のスイングをしながら敵を追い詰めていく戦法を得意とするようだ。彼の言葉通り、球ではないが『敵を仕留める』事のみを追求する最も厄介なタイプだ。
一つのことを追求して極めることは野球選手だけではなくあらゆるスポーツでも脅威となり得る。この男はそう言った類の人種だったようだ。
俺は旧ドラフト一位から目が離せなくなって、吸い込まれるように彼の姿を凝視していった。
「俺は大阪府の名門・大阪農林の元四番打者、低原直泰。日本でもプロ野球ドラフト一位指名を受けた男だ」
どうやら彼は三人の旧ドラフト候補の中でも一味違うようだ。




