37.踏み潰された怪物
制御出来ないものを才能と呼ぶのか、と言う議論です.寧ろそう言った制御の仕方を指導するのが監督次第。要は出会いが全てになってしまうのではないでしょうか?
狂ったように久保はバットを振り続けた。
彼のフライボール革命打法は文字通り周囲の地面を抉りながら土をフライに打ち上げ続けた。ハイエニスタはと言うと、土の汚れを嫌ったのかまたしても華麗なフットワークで舞い散る土を回避して後方へと下がっていく。
そしてもはや彼のお決まりのポーズ、眼鏡を持ち上げながらため息交じりに敵にその行動の真意を問いただす。
「なんの真似かね?」
「眼鏡の度数が合っとらんのかな!? 自分の周りをよく見てるんだな!!」
俺は久保の怒鳴り声に言われるがままにクルリと周囲を見渡してみた。驚くべきことが起こっている、俺はその光景に驚愕してしまい絶句してしまった。
そして俺は理解。いや、強制的に理解させられてしまった。
安藤を殺したのは久保だ!!
安藤が撒き散らす土はまるで礫の如く周囲の木々を貫通していく。コイツはパワーを活かして土を弾丸ライナーに変えていたのだ。
久保が僅かにバットのヘッドが低いスイングをし始めたことで衝撃が地面へと伝えているようだ。
久保のことはその巨体からパワー系打者だろうと憶測はしていた。だがこれは想定外のパワーだった、人間のスイング一つで土で木や人の胸を貫くなど誰が想像出来ようか?
ハイエニスタはと言えば僅かピクッと右目を痙攣させるも、変わらずフットワークを維持しながら回避行動を繰り返す。代わり映えしない、同じことをずっと繰り返す。
それでもハイエニスタは一切の焦りを覗かせない。
それほどまでに彼の動きは常軌を逸していたのだ。そして久保もまた同じことをひたすら繰り返す。ただ土を弾丸ライナーに見立てて周囲に放っては木々を破壊していく、そして地面を伝わって衝撃がハイエニスタに襲いかかる。
スピード対パワー、図式としてはとても分かりやすい。それだけに拮抗が保たれる。
そんな拮抗の中で久保はまるで暇を持て余す喫茶店の女子の如く殺伐とする雰囲気の中で攻撃の手を一切緩めないままハイエニスタに話しかけていった。
「やはりパワーは罪だな」
「その身なり、そのガタイでナルシストかね?」
「パワーとは!! 暴れてナンボ!! 人にぶつけてこそ華なり!!」
「……その暑苦しい価値観、どこから来るものなのか。貴様の品性はゴリラと一緒かね?」
「貴様もパワーをバカにするか!? 俺は窮屈に生きるのはもう懲り懲りだ!! この異世界で自らのパワーを爆発させると決めている!!」
久保はまるで信仰するかのように自らのパワーに酔っていた。そして彼は自らの過去を口にし出す。ハイエニスタはこの戦闘で何度目か、眼鏡をクイっと上げて久保の言葉に耳を傾けていく。
久保は地元愛知でも有名な強打者だった。彼は高校通算58本塁打を記録した全国区の強打者で高校卒業後は地元のプロ野球チームからも声がかかるほどの逸材だったそうだ。
だが彼のパワーはとにかく規格外で、元々中学生の時点で備わっていたそれは高校入学と同時にグングンと増していく。周囲の予想を遥かに上回る速度で彼は成長してチーム内でも頭一つ抜きん出た巨体へと成長してしまった。
そう、急激に成長してしまったのだ。
彼の不幸はここから始まり、次第に彼自身でもそのパワーを制御出来なっていく。制御出来ないパワーほど恐ろしいものはなく、彼は無意識のうちに周囲を傷つけてしまったらしいのだ。
つまり彼が触れただけと思ってハイタッチをしても、その相手の骨を折る。校内の練習試合でも久保とクロスプレーをしただけでチームメイトは大怪我を負う。
彼は何もかもが規格外過ぎたのだ。
次第に彼はチーム内でも孤立してしまい、遂には監督さえも彼を封印するかのように扱い出す。そして事件は起こった。
久保はそんな扱いに我慢出来ず監督に直談判するも、その過程で監督に掴みかかって全治二ヶ月の重傷を負わせてしまった。
久保はこの事件を契機に高校野球から身を退くことになった。
彼が日本で起こした犯罪とは傷害だったのだ。それから彼は荒れ狂うようになり、いつの間にかドラフト候補となって異世界に転移させられた。
だが彼は安藤や稲本のと違い、俺には彼が彼の過去を後悔していないように思える。俺はそれが不思議で仕方がなくなり、眉を顰めたがその答えを久保自身の口から直ぐに知ることとなる。
「俺は悪くない、悪いのは脆い周囲の連中だ!! 俺は、……俺は!! 断じて悪くないぞ!!」
ここに来て久保が初めて感情を剥き出しにしてきた。これまで溜め込んできた怒りが決壊するダムの如く一気に放出されていく。
ああ、そうか。そうだったのか。
久保は自らの心を守るため、その精神を崩壊させないためにずっと一人で肯定し続けて来たのだろう。自分は悪くない、そう主張することで押しつぶされることから必死に抗っているのだ。
彼は酷く脆い。心が脆い。
そうやって久保自らが心に言い聞かせて続けている様に俺には見える。彼もまた純粋なのだろう。俺は安藤を殺害した張本人である久保を快く思っていなかった。
だが彼もまた被害者だった。願わくば久保に納得出来る敗北を、と俺は心の中で叫んでいた。
悲しいな。
才能を持って生まれたが故にはみ出される。稲本もそうだったが過ぎた才能は時として周囲の人間を狂わせるのか。俺は天を仰いで小さくため息を吐く、才能がない方が幸せなのか、或いはその逆か。
努力とは必ず報われるとは限らない。だが全ての才能が受け入れられるとも限らない。俺は久保を直視出来なくなって顔を歪めて視線を外すと、今度はハイエニスタの声が聞こえてきた。
俺の願いが届いた訳でない。
だがハイエニスタは相変わらず「はあ」とため息を吐きながら呆れるように数回首を振って久保に話しかけていた。
そして終始落とさないようにと彼自身が注意していたメガネをその場に放って、自信満々に久保に言い放った。
「貴様の自慢のパワー、俺が真正面から堂々と打ち破ってやろう」
ハイエニスタの体が見る見るうちに大きくなっていく。これまでスピードを活かした戦闘スタイル故に均衡の取れた体付きだったハイエニスタだったが、彼は久保をも上回る筋骨隆々な体へと変貌していったのだ。
突然の出来事に俺は思わず目を見開いて驚いてしまった。なんとハイエニスタの眼鏡は彼の全力を制御するためのリミッターなのだと言う。
世界最強の戦士対五番打者の戦闘は思いもよらぬ理由からパワー勝負へと移行していった。




