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不穏

 山吉弟が2軍監督で兄貴は3軍監督。気心の知れた兄弟間で密に連絡を取ることで選手の好不調・開眼を漏らさずチェックする体制だ。

 二人は一塁側ベンチ前でキャンプの成果を報告しあっている。特に気になるのは弟がまだほとんど見てない育成新人たちだ。


「どうだ、兄貴。育成新人8人は?」

「お前は6位の加賀美を評価してたよな」

 弟は現役時代名捕手だっただけに、ことさら捕手が気になる。

 加賀美は高卒の小柄な捕手。高校時代の打撃成績は白縞並で足も遅ければ肩もさほどでもない。それでもロケッツが指名を決断したのは一芸があってこそ。


「うわさ通り、二塁送球がまったく逸れない」


「佐島スカウトの事だからいつものホラだと思ったてたが、ホントだったんだ」


 加賀美の担当スカウトも白縞らと同じ佐島。佐島は大穴狙いのスカウティングを得意としてるが、その分、箸にも棒にもかからない外れの山も築いてきた。

 今ファーム担当マネージャーの八雲も佐島の肝いりであった。


「去年の八雲とか、5ツール(打撃、肩、足、守備、パワー)が揃った隠れた逸材と佐島さん吹いていたが、今はマネージャーだもんな……。でも加賀美はスカウティングリポート通りだったか……どれどれ……その絶妙な送球コントロールを生で見させてもらいましょうか……」

 ブルペンで投手のボールを受ける加賀美をグラウンドに呼び寄せる。一塁走者は同じく育成新人の市島。弟としては市島の快速も前評判どおりか見極めておきたい。


 呼び寄せられた加賀美は気が弱い性分らしく、弟の強い眼力にかなりビビっている。

 打者役は白縞。弟は白縞の特に何が気になるわけでもないが、とりあえず同期で揃えてみたのか。

 白縞は弟の威圧感に怯える加賀美に小声でアドバイスを飛ばす。

「いいか、加賀美……。第一印象ってのは僕ら育成新人にはかなり大きいウエートを占める。ここでヘマをしたらそれっきり……来年は違う仕事をしてるかもしれないぞ。だからといって過度にビビることはない。なぜならば君は二塁送球だけは完成された飛び抜けた技術なのだから。いわば国宝クラスといっていい。人間国宝に指定された竹細工の名人が二日酔いだからといって得意な竹細工をしくじるか? しくじらないだろ? それと同じ……国宝クラスの送球コントロールを持つ君は、極度な緊張状態にある今でも間違えない!! だから思い切っていけ!」


 竹細工のくだりでイマイチ納得しきれない加賀美であったが、同期の桜の心遣いがありがたいことには変わりない。


 加賀美は目線を一度下に落とし、息を思い切り吐き出したあと、30m先の二塁ベースをぼんやりと見つめる。


「加賀美、二塁送球10本だ。10本連読、捕手からみて向かってベース右下辺りに投げられたら二軍昇格を約束するぜ!!」

 弟からの条件提示に加賀美はまた強く動揺する。

 二軍昇格は確かに三軍選手にとってひとまずの大きな目標であるが、同期の仲間がいて優しい兄貴指揮する三軍が心地いい加賀美にとって、パワハラ弟が統治して知らない選手ばかりの二軍は恐怖が包む場所でもある。


 そう考えてしまうとわざと送球ミスもしたくもなるが、野球の腕一本で生きていく覚悟をもってプロ入りした加賀美にとって “甘え” は許されることはない。

 二軍昇格も地獄なら三軍残留も天国のち地獄(戦力外)ならば、わざとの失敗の選択肢は加賀美の頭から消え去ることになる。


「白縞、初球は振るなよ!」

 弟の呼び掛けを合図にピッチャー役がセットポジションからモーションに入る。それを見た走者市島がスタートを切る。白縞は弟の指示通りスイングしない。高めに浮いたボール、捕手としては腰が浮き投げやすい

コースだ。加賀美はキャッチングからすかさず、二塁送球モーションに入る。

 弟のストップウォッチが押される。送球モーションを測るためだ。

 名捕手だった弟の目には、加賀美のモーションはやや大きく無駄だらけに見える。

 だが、コントロールは悪くない。滑り込む市島の足ぴったり、ボールを受ける野手が取りやすい位置に送球される。

 

「ほお……なかなかだな……まずは合格だ……。モーションタイムも許容範囲だ。あの送球コントロールとタイムなら快速選手も十分刺せる。今まで強肩と喧伝された新人捕手を何人もみてきたが、いざ二塁送球させるとシッチャカメッチャカなコントロールな奴ばかりだった。現役捕手の身としては頼りない後進はこっちの現役が伸びると蜜の味だったが……。指導者になった今としてはこれ以上心強い捕手はいないな。たいした肩でなくとも送球モーションタイムがそれなりでもコントロールさえ間違えなければいくらでも走者を刺せるんだからな」

 まずは合格というところだが、弟は白縞を呼び寄せ何やら耳打ちをする。


「ほお……いいんですか!?」


 白縞は思わずニヤリと笑う。同期の加賀美の成功を願うはずの白縞が弟の策略に加担するとは……。打席に戻った白縞は加賀美のケアを忘れはしない。


「これから僕は監督の言うとおりにする。ちょっと手強いだろうが、君なら大丈夫。初球の自信を保ち何が起きても平常心でいろ……」

 何やら不穏な予告をする白縞に加賀美の汗は止まらなくなっている。

ブックマーク26もある!!

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しかも野球


……………………

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