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昭和の野球

 二軍三軍一時的合併の翌日、追浜練習場で遂に新二軍の本格的な練習がスタートする。


 二軍監督山吉弟は39歳の青年指揮官でありながら、昭和の野球を推進している。

 パワハラ、猛練習など令和の時代にそぐわない練習方針はもちろん内外から批判の意見が渦巻いている。

 弟と正反対な山吉兄が指揮する三軍に慣れた白縞らは、山吉弟の怒号飛び交うグラウンド入りに一瞬足をすくめてしまう。


「噂に聞いてはいたが……」

 新人自主トレの時に山吉弟に挨拶をして面識こそあるがその野球スタイルに初めて触れた白縞は昨日までの心構えでは持たないとばかり、

「よし」

 と短く呟き気合い入れ直す。そしてグラウンドに一礼してから足を踏み入れる。


 アーリーワーク(早朝早出の練習)と称し、希望者は規定の練習時間より早くグラウンド入りし、すでに過酷なトレーニングメニューを消化している。


 希望者だけとはいえ、首脳陣にアピールするしか一軍昇格の道はない二軍選手にとって参加は実際必須。青銅ら一部主力選手のスロー調整やリハビリ該当者を除いて実質全員参加だ。

 白縞ら新人はトレーニングの勝手がわからないために通常時刻からの練習参加が義務付けられている。

 全員同条件なら新人のみアーリーワーク不参加での不利益は生じないはずだが、どこの組織でも抜け駆けして点数稼ぎに走る裏切り者は出てくる。

 遊撃の位置でノックを受けるのは白縞が勝手に? ライバル認定している金田。支配下ドラフト7位で白縞ら育成を見下す嫌味な男は1〜3軍巡回内野守備走塁コーチ小嶋の名物ノックを華麗なグラブさばきでそつなくこなしている。もし少しでもミスがあろうものなら、山吉弟の怒号がすぐさま飛ぶのだから一球たりとも気は抜けない。


「金田め……抜け駆けしやがって……ほんと調子いいやつだよ」


 白縞もすぐにすっとんでノックを一緒に受けたい衝動に駆られるが、トレーニングコーチに渡されたメニューが絶対な新人だ。まずはメニュー遵守でチームに従順な姿勢をみせることを第一だ。


 まずは体をほぐすストレッチやランニングだが、その量が昨日までの2倍と山吉弟特別メニューの洗礼を早くもうける。

 昨日までは和気あいあいでトレーニング中も会話は途切れなかったが、さながら軍隊のようなムードが漂う今現在、白縞からは言葉も笑顔も消える。

 市島ら高卒新人と併走するが三軍練習時にはお馴染みだったお喋りし放題の緩さは完全に消えている。


 グラウンドに響く音楽も昨日までは流行りのJ-POPで今日からはクラシックと差は大きい。

 高校時代もゆるゆるムードの練習しか体験してこなかった白縞は初めて体験する軍隊式昭和トレーニングに何を思うのか。


 白縞は入団直後に野球雑誌で見た山吉弟二軍監督就任記念インタビュー記事を思い返す。

 “パワハラ・暴力絶対反対の世の中ですが、あえて厳しい昭和の野球で行きますよ。だからといって、新聞沙汰になるような事件は起こしませんから(笑)。ぎりぎりをわきまえて叱咤激励、限界ギリギリの練習までに留めておきますから。それでもマスコミやファンからは時代遅れと袋叩きに合うでしょうね。そういった声は結果で黙らせますよ。二軍からバンバン好選手を輩出しますから。選手たちも僕の顔を見たくないなら頑張って一軍に行くか、僕と違って甘々な兄貴が指揮する三軍に落ちるしかないですからね”


 

「許容範囲と言えなくもない……」


 山吉弟の怒号は止まらないが、確かにぎりぎりな範囲には留まっている。飛沫を飛ばしてまでの怒号の内容は身体的特徴のイジリや精神的に追い込むような陰湿なものではない。


「練習だってメニューは厳しいが、沖縄キャンプの故障者は去年のキャンプとほぼ同数と聞いた。それでいて仕上がり万全で一軍昇格した選手は倍と結果も出ている……。間違ってないのか……時代遅れの山吉弟野球は……」

 

 白縞は山吉弟野球に洗脳される寸前だったが、選手全員一網打尽とはいかない。

 三軍の倍走らされている事にまずブチ切れたのは、白縞と同じ高卒育成新人である

小笠原。188cmに94キロの巨漢右腕投手にいきなり倍のランニング量は確かにきついが、なにもいきなり爆発することもない。


「やってらんねーよ……ああクソが!!」

 小笠原はランニングを勝手に辞めて膝に手をついて息を必死に整えている。


 小笠原は恵まれた体格に球速も150キロと既に能力も開花寸前。それでも育成まで売れ残ったのも確固たる理由があってのものだ。

 精神面があまりにもヤワでも高校でも問題ばかり起こしていたになら、最近の人格最重視の球界から低評価されてもおかしくない。


「やっぱりあいつか……」

 

 反逆者にはしかるべき罰がくだるが、今は時代が時代だ。昔ならコーチの一人が飛んできて小笠原を蹴り飛ばしていたろうが、今そんな仕置きをしたら大問題に発展する。


 一人のコーチが飛んできたには来たが、男はニコニコ穏やかな笑みを浮かべている。この状況で笑顔は逆に恐怖を増すが、その顔が作りでなく慈悲深いなら小笠原も仕置きの恐怖に怯えながらも受け入れる。


 コーチの名は鴨志田二軍作戦担当兼メンタルコーチ。

 試合中の作戦担当の他、山吉弟の恐怖政治をその抜群なコミュケーション能力で緩和する役目もあり、むしろそのために特別に招かれた齢50の男。


 不満顔でへたり込む小笠原の肩をポンポンと叩き一言、二言声をかけただけで、小笠原は面倒くさそうながら重い肉体を上げ、ランニング再開の意思を示す。


「一見問題はこれにて落着だが、あれはあれで恐ろしい……。どんな魔法の言葉をかけたかわからないけど一種の新興宗教的な洗脳にすら思えてくる……。鴨志田コーチが魔法使いで教祖なら二軍は、二頭の異常な存在をトップに成り立つおかしな組織になりかねない…」


 白縞は新たな脅威を目の当たりにして、ランニングの速度を気持ち速めだした。


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