知らない間に増える資産と失っていく常識
「こういう店って今でも緊張すんのよね~」
僕たちは貴族屋敷が立ち並ぶ高級住宅街のはずれにあるレストランに来ていた。どうみても一見お断りの店だけど、当然のごとくエリザの顔パスで席に案内された。
「アイリスが緊張……?」
「あんた、あたしのことなんだと思ってるのよ」
「……初対面でいきなり勝負を仕掛けてくる野蛮人」
初対面はいきなりアイがいきなり野試合を仕掛けたんだったっけ。
「ぐっ……あの時のことは反省してるわよ! すみませんでした!」
「別にいいけど」
エリザは意外と楽しそうだ。一見ほぼ無表情だけど、僕以外と話しているにしては表情に動きがある。どうやらアイリスをいじって楽しんでるらしい。
「あのね、あたしは御前試合で優勝するまでただの一般人だったの! そりゃ接待だのなんだので高い店に来ることもなくはないけど、その時は接待される側だし、作法なんて気にしたことないわ。けどここって超有名、超高級、迷宮都市で一番の歴史があるって話の店じゃない。流石に人の紹介のそんな店で無作法やらかすのはちょっとね……」
「確かにそう。しっかりしてほしい」
「うぇぇ……。一応最低限のマナーくらいは知ってはいるけどさぁ……」
「あの……僕は正直何もマナーなんて知らないんだけど……」
流れるように席に案内されてしまい、席に着いてから高級店特有のマナーだのの存在を認識した僕は顔が青くなる。
「え? お兄ちゃんは気にしなくていいよ? ここ、お兄ちゃんのお店だし」
「は!?」
「私が今まで持ってた店で経営はルリアに丸投げしてたお店なんだけど、もう軌道に乗ってるし、お店の権利をお兄ちゃんのものにしておいたんだ」
「あ~、そういうこと……って、何で僕の知らないところでそんなことしてるんだ……?」
「え? だってお兄ちゃんと来たいな~と思って」
不思議そうに首をかしげるエリザ。とっても可愛らしいが言ってることがおかしい。
「あんたとんでもないわね……」
一緒につっこんでくれる仲間が増えてよかった。
「そうなんだよ……」
「いや、ケイン兄のその慣れたリアクションもとんでもないわよ……」
「うっ、はい……」
何かを貰うことへの驚きが薄くなっていく自分に気づかなかった。助けてくれ。
食事はとてもおいしかったし、アイもエリザも食事が終わる頃にはくだらない話もできるようになっていて仲も深まったらしい。良い食事会で満足だ。ちなみに食事代は誰も払わなかった。僕の店だからって理由で僕のお金から出たことになっているらしいけどそれはおかしいと思う。
食事会の後、アイと解散して屋敷に戻った。
「いいやつだろ、アイ」
「うん、そうだね。私のことを対等に見てくれる子は少ないから。ま、まだ対等じゃないけどね」
「エリザの方が強かろうと友達になったんだから対等だろ」
「う、確かに……」
僕以外の前ではずっと神託の剣姫として張りつめていたらしいエリザだけど、アイがいいやつなのはとっくに気づいていたらしい。僕もしっかり話すのは久しぶりだったけど、昔と同じ裏表のない性格だし、あれで案外空気が読める。エリザは妹としての性格で接する僕と剣姫としての性格で接するアイが混ざった場で話したおかげで、アイに対しても感情が出るようになってきている気がする。これはルリアさんと話す時も感じているし、ルリアさんもそう言っていたのでおそらく間違いないだろう。
それに、感情が若干とは言え表に出てきているのも、自分が知らない間に僕の妹分だったアイに今も対抗心を燃やしているからもあるだろう。単純な強さじゃなく、心に由来する対抗意識は超然とした剣姫としてのエリザに今までなかった感情みたいだし、そういう変化はいいことだと思う。
「また三人で遊びに行くか」
「そ、それもいいんだけど、えっと、あの……こ、こんどは二人っきりで行かない?」
「えっ? アイとせっかく友達になったんだろ」
なんだか思いつめた様子で切り出したエリザに戸惑う。
「その……えっと、アイリスが嫌なんじゃなくて……お兄ちゃんと二人っきりがいいなって……。前のお出かけは途中で邪魔が入ったし、今日は三人だったし、また二人でお出かけしたいなって……ダメ、かな?」
頬を染めて上目遣いで恥ずかしそうなエリザの姿の破壊力に、顔が熱くなった。これは妹、これは妹と自分に言い聞かせる。
「い、いいよ」
「あ、ありがと……」
とにかく断れるはずがなかった。なんで二人きりをそんな強調するんだ? なんで頬を染めてるんだ……? なんて僕も軽くパニックになっていると、
「じゃ、じゃあその話はまた今度予定立てよっ……! とっ、ところでお兄ちゃん!」
気まずい空気を振りはらうようにエリザが無理やり話題を打ち切ってくれた。話題を方向転換してくれるらしい。
エリザはところで、とは言ったもののどうやら話題は考えてなかったらしく、慌てた様子で何か話をひねり出そうとして――は、と思いついたらしい。
「“勇者”がもうすぐこの街に来るって話、知ってる?」