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初めての好き

 



 今日はお兄ちゃんと買い物に行くことになった。昨日ルリアとした話のせいで、朝からお兄ちゃんの顔が見れなくて、挙動不審になってたらお兄ちゃんが私の気分転換にって、外に連れ出してくれることになったのだ。もう今は血が繋がってないってことはもうこれって完ッ全にデートじゃ……なんて緊張してたけど、お兄ちゃんと一緒に歩いてるとなんだか安心してすぐに緊張もなくなりすっかり楽しくリラックスできてた――のに、デート開始早々邪魔が入ったのだった。




「アイリス、前にあんなに手酷く負けたのにもう忘れた?」

「あれから一年半も経ってんのよ。あの時のあたしとはわけが違うの」


 ここは、町はずれの森にある冒険者ギルドの訓練場。私の名前を出したら簡単に使用許可が下りたらしい。

 この立ち合いで使用する武器は刃引きした訓練用の剣。この世界では装備の強さも本人の強さのうち、強力な魔法の装備を使うのはズルくはないんだけど、私とアイリスがフル装備でやり合うと殺し合い以外の何にもなりようがない。私は訓練場の隅に乱雑に積み上げられていた中から普段使っているのに近い長剣を手に取る。アイリスも二本の小剣を見繕ったみたい。


 私とアイリスが知り合った――初めて戦ったのは、とも言う――のは一年半前だ。

 身の程知らずの腕自慢が私に無茶な勝負をふっかけてくることは良くあることなのだけど、アイリスはその一人だった。

 当時のアイリスは、身体能力は高いし、魔力も多いけど、剣は力任せ、速さ任せ。魔法も出力が高いだけでコントロールが甘くて無駄が多すぎた。私は身体能力も魔力もアイリスより高くて、剣の駆け引きでも魔法の使い方でもアイリスに勝っていて、私の完勝だった。なんでもアイリスは幼少期から商会のキャラバンで山賊やモンスターの相手をしていたらしく、格下相手に染み付いた戦い方だった。正直酷い立ち回りだ。だけど、私に負けたのは、アイリスが弱いわけじゃなく私が強すぎたから。どう考えてもアイリスは才能の塊で、近いうちに急成長して有名になるだろうなんて思ってたけど、まさかそこから半年で剣聖になるとまでは思ってなかった。




「はいはい、おふたりともバチバチするのは構いませんが、模擬戦なのを忘れないでくださいでありますよ? 訓練場を崩壊させたり相手を大けがさせたり再起不能にしちゃったりしたら負けにするでありますからね?」

 パチパチと手を叩きながらルリアが間に入ってきて水を差してくる。

「ホントにやる気かよ……お前らただの模擬戦だよな? 大丈夫だよな?」

 私やアイリスみたいな戦いを生業にしてる人間にとっては、こういう試合と言うか軽い決闘みたいなのは大げさなことじゃないし、ちょっとしたコミュニケーションみたいな側面もなくはないんだけど、お兄ちゃんはいろいろ心配みたいだ。こっちの世界でガチの剣士として百年も過ごしたおかげで、すっかりバトル漫画のキャラみたいな思考になってしまった自分がちょっと面白い。

「お兄ちゃん、心配しないで。私たちみたいな剣士にとって試合なんて日常茶飯事だし、そもそも私が負けるわけないんだから」

「ま、ケイン兄は安心して特等席であたしの勇姿を見届けるといいわ」

「模擬戦だからな! 絶対に無茶するなよ!?」

「大けがさせたら負けってルールなんだし、大丈夫だよ」

「そうそう、負けになったら意味ないしね」

 お兄ちゃんはこっちの世界のヒトなのに、前と一緒で心配性だなぁ。

「あ~、もう! 信じるからな!?」

「ケイン様、こう見えて――じゃなくて見ての通り、お二人とも一流の剣士です。うっかり勢い余って、みたいなことは起きようがないでありますよ。そもそも訓練用のなまくらではお二人に致命傷を負わせることすら難しいでしょうし。それに事態がこじれてるのは妹が次から次へと湧いてくるケイン様のせいなのにいつまでグダグダ言ってるでありますか?」

「人聞きの悪い言い方やめて!? はぁ……わかったよ、おとなしく見ててればいいんでしょ」


 お兄ちゃんが納得してくれたところで、私とアイリスがお互いの方に向き直る。あとルリアはお兄ちゃんに雑過ぎるから後で折檻だね。


「アイリス、あれからたった半年で武芸大会を優勝したのは確かに凄いけど、私が出てたら優勝はできてなかったよ」

「わっかりやすい挑発ね。あんた、出てもいない大会のたらればでイキるような単純バカじゃないでしょ。なのに無理して煽ってきて、お兄ちゃん取られるのがよっぽど嫌みたいね」

「……当たり前。だからあなたには消えてもらう」

 認めよう。私は焦っていた。お兄ちゃんを取られるかもしれない事態に。とにかくこの子に負けたくないんだ。私のお兄ちゃんを、こっちの世界でこの子のケイン兄に上書きされてしまう気がして。

 さっきガラの悪い奴らに絡まれたときのことを思い出す。私のことを覚えてなくても、こっちではどんなに私が強くてお兄ちゃんが弱くても、さっきお兄ちゃんは確かに私を守ってくれようとした。やっぱりお兄ちゃんは私のお兄ちゃんだ。絶対にアイリスに取られたくない。


「はい、それでは合図で始めてくださいでありますよ~」

 二人の距離は約五メイル、私たちくらいの強さからすると、ほぼ密着って言ってもいい。

 アイリスが双剣を逆手に構えた。腕と剣が竜の翼みたいに見える、迫力のある構えだ。体内を流れる魔力が熱エネルギーになってゆらゆらと陽炎を立ち昇らせていて、一年半前とまるで違う、竜の剣聖の名に恥じない存在感だ。

 対する私は一番スタンダードでシンプルな正眼に構える。戦闘モードになった私の魔力が、冷気になって周囲に満ちていく。その冷たさに思考がクリアになっていくのを感じる。


 今の私――お兄ちゃんと結婚できるんだ、って認識してしまった私は、お兄ちゃんに守ってもらえたことにドキッとしちゃってた。今まで親愛の情でしかなかった暖かい気持ちとは違う、今まで感じたことのないそわそわ苦しいような、それでいて胸が熱くなるような一度も感じたことない気持ちだった。前の私とは違う好きだって気づいたんだ。

 百年間待ってる間、色んなこと、良いことも悪いこともこれでもかってくらい想像したけど、お兄ちゃんは期待通りに私が好きな優しいお兄ちゃんだった。なのに違う好きまでくれたんだ。お兄ちゃんが好きな気持ちがもうめちゃくちゃに膨らんでワケ分かんないくらいになってたところだったのだ。

 な、の、に――アイリスときたらッ……!



「はじめっ!」


「横入りなんて絶対許さないんだからぁーッ!」




 私は憤懣やるかたない気持ちを剣に乗せて、アイリスに叩きつけた。




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