狂った人形姫 後編
「では、当面の方針を纏めましょう」
放心していた俺を、メイリーズの発言が現実に引き戻す。
集中しなくては駄目だ。
「南方を攻めるは大義名分が必要では無いか?」
それは公国に頼めば簡単に手に入る。
「南方切り取り許可で十分でしょう」
「南の砦はどうする?」
クローディアの一件があるから、出来れば一緒にやっておきたい。
俺が動かないとメイリーズならクローディアが殺される前提で作戦を考えそうだ。大帝国の正室に相応しくない、と言う理由で切り捨てるだろう。
「南方総督まで取りますか?」
「取れるのか?」
「公国程度、意のままです」
それは流石に驕り過ぎだ。
俺の実績と強さをフルに使えば、明日にでも公王の座は簒奪出来る。
だが、その後に起こる問題の対処が面倒だ。
『ここら辺が、過去の主が躓いた理由か』
レイラに聞いて見る。
『目的達成の最適解を出せても、その結果発生する被害計算が出来ないみたいね』
出来れば聞きたく無い回答が帰って来た。
「時間はまだある。確実に足場を固めて動く」
俺が方針を示したら、多少はマシになると信じよう。
「ではその様に」
「他は?」
「兵士。そしてそれを養う土地です」
「資金はほぼ無限だろう?」
「屋敷の地下にある程度では足りません」
どうやって知ったかは聞かないでおこう。
メイリーズでは知りえない情報を知りすぎている。
バックドアから誰かが知識を追加しているのだ。
気になるのは、俺が秘密にしている知識をどうやって神が知っているのか。
全知全能だからなんでも分かる、みたいな神はこの世界にはいないはず。
「あの100倍はある」
資金面での心配は無いと伝える。
魔法金属だから1000倍近いかもしれない。しかし金銀と違い相場変動が激しいから、小出しにした方が高値で売れる。
「なるほど。されど土地は分かり易いステータスです」
「南を切り取る前に何処か手に入れるのか?」
「西などはどうでしょう?」
「あそこは毒沼だぞ?」
「浄化出来ましょう?」
確かに。全世界で唯一人、俺なら出来る。
「出来る」
「功績を捨てるなら、誰にも知られずに浄化する方法があります」
「テレポートを使って、夜の内にこっそりか」
「その通りです」
悪く無い。
宗教の教祖になれ、とかより断然マシだ。
『所要時間は?』
『30分もあれば行けるよ』
「次の満月は4日後か。それに乗じてやろう」
かなり眩しいだろうから、月明かりに紛れてやる。
新月だと俺のシルエットが目立ちすぎて大変だ。
「流石です。月の神は未だ確認されておりません」
「太陽と月は光の神の管轄だろう?」
「月は常におまけ扱いでした。新しい従属神が誕生した、と言って宗教をでっち上げましょう」
「大丈夫なのか?」
「教祖様が《光魔法》を使えば良いのです」
国に保護と言う名目で拉致監禁されない《光魔法》のスキル持ちは辺境でカルト宗教の教祖になるらしい。大半はすぐに討伐されるらしいので詳しい事は不明だ。
「余り変な教義はやめてくれ」
「もちろんですわ! 復活する大帝国の国教になるのです。蛮族とエルフに見える自然信仰を軸に、現世利益を説く庶民派宗教にしましょう」
メイリーズが力説する。
もはや頭の中では宗教組織の構成や教義の雛形が出来ているのだろう。
「任せるから、公開する前に俺に見せろよ」
「もちろんです」
その後、話を詰め、大まかな方針が決まった。
密かに浄化した西の沼地を領地として貰う。
そこで兵を鍛え、南方攻略の先方とする。
兵は奴隷商で買う。
南の砦を含めた南方に強い影響を持つ南方総督の地位に着く。
月の神を主軸とする新しい宗教を作る。
俺が学園に通う間、代理ががんばる。
「後はイライジャとの話し合いで詳細を詰めるか」
「いくらでも欲張れますが、ここは大帝都攻略の前線基地です。完全に潰さない方針なら、しっかり肥え太って貰いましょう」
メイリーズは相変わらず怖い。
だが、その考えは間違っていない。
カッタルイは大帝都を攻略するための前線基地としては最高の立地にある。勇者が作った国のわりには立地が悪いと思っていたが、大きな作戦の一環とするなら理解出来る。
勝田類は叡智の神に会っている。彼女なりに世界を救おうとしたのだ。しかし建国なんて大事業は簡単には出来ない。恐らく南進する前に寿命が来たのだ。
ならば俺がその偉業を引き継いで公国の大望を果たす。大帝国にカッタルイの旗が靡けば、良い供養になる。
「フィリップの王国関係は明日まで保留するとして、メイリーズ達の身分をどうするか考えよう」
王国との関係をどうするかは既に数パターン考えてある。フィリップの話を下に方針を修正する予定だ。
「このまま奴隷で良いではありませんか?」
「サリスとポルル達は解放する」
「公子との話し合いの時に条件として追加しておきます」
サリスは良いが、ポルルは面倒な政治案件だ。
俺の案件の方が優先度が高いから、あっちの案件から強奪させて貰う。
「そうなると屋敷のスタッフ以外の奴隷だ」
学園に通う俺が奴隷を持っていれば醜聞だ。
屋敷のスタッフは公国の独自文化なので、除外される。
ミルファと錬金術士はどうとでもなる。解放して生涯雇用を約束するのが一番簡単な方法だ。出来ればそれ以上の関係が望ましいが、方針の細部次第だ。
簡単に言うと、帝国の伯爵子女であるメイリーズの存在が厄介なのだ。
「……私がライ様の奴隷で無くなると私とライ様の関係が他人になります。そうなると公の場でご一緒出来なくなります」
メイリーズにしては珍しい長考だった。
「そうか。そういうメリットもあるのか」
「公国は貴族を増やしたいですから」
奴隷貴族が家の運営に重要な役割を果たせば、いずれ自由にして婚姻などで取り込む。公国の建国当初からの思想だ。以前言った通り、上手くは行っていない。
メイリーズがこの家の実質的な支配者だ。彼女を切れば、俺の家は立ち行かなくなる。解放しないといけないが、解放するなら家族にしないといけない。
「何か良い案は無いか」
「ライ様が私を妻にしたく無いのは、胸が大きいからだけでは無いのですよね?」
「胸はどうでも良い」
と言うか、この誤解をそろそろ本気で解かないとまずいかもしれない。
「そうなのですか? 胸だけの問題なら切り落とす積りでしたのに」
メイリーズが下唇を出して、残念そうに拗ねる。
「しなくて良いから!」
ついつい声を上げてしまった。
さらっと怖い事をやってのけるから心配だ。
『自分の命すら目的達成のピースなんだから、体を切り刻むなんて普通だよ』
レイラのありがたく無いコメントだ。
『それが普通では困るんだ。主に俺の精神が!』
『精神なら大丈夫だよ。私がいる限り、何があっても狂えないから。そして私は永遠に一緒だよ』
この発言から底知れぬ恐怖を感じる。
ここは定石通り、無視だ。
「それを聞いて安心しました。なら頭の良すぎる女は怖い、ですか?」
「……否定はしない」
頭の良さ以上に純粋に怖いんだが、言わないでおこう。
「それを聞いて安心しました」
メイリーズが途端に笑顔になって言う。
「安心?」
「はい。賢すぎる妻は大過の母となりましょう」
要約すると、皇帝の妻はそこそこの実力者にしておけ、という事らしい。メイリーズが妻になり子を成せば、武則天の様になるのは目に見えている。
「ではどうする?」
ここまで来たら、義姉になる以外方法は無い様に思える。
「フィリップの妻となりましょう」
「義兄上が承諾するか?」
「蛮族との初夜で存分に疲れているでしょうから、承諾させるのは簡単です」
ミススが夜這いする事すら策の内か。
寝不足で判断力が落ちている明日の朝に一気に畳み掛けるか。
俺が義弟になったら、今以上に容赦無くなるのだろうか。
なんか憂鬱だ。




